第12話
大変申し訳ございません。
予約投稿の設定ミスで1日間違えておりました。
深夜に気付いたものの後の祭り。
「あのさ、今夜、久々に二人で飲みに行かない? 久しぶりにサフィアと話がしたいし」
「え?」
「ね、どう? ちょうど仕事も片付いたし、私も話したいことあるし。最近、忙しかったでしょう?」
「……うん。行こうか。たまには、ね」
二人は街の裏通りにある馴染みの小さな酒場へと向かった。灯りのともったガスランプが、歩道に並ぶ影を揺らしていた。路地裏にひっそりと構える、小洒落た酒場。木製の看板に描かれた葡萄の紋章が、優しい灯に浮かび上がっていた。
「ね、今日はわたし奢るから!」
路地裏の酒場に入る手前、レイナがにやりと笑った。
「どういう風の吹き回し?」
サフィアは片眉を上げる。
「たまにはいいでしょ?」
「……目的丸見えなんだけど」
「へへ、バレた?」
二人は肩を並べて笑いながら、木の扉を押し開けた。店内は小さなランプが灯るだけの落ち着いた空間で、奥の席に腰を下ろすと、葡萄酒の香りがふわりと漂ってきた。
「それじゃ、お疲れ様ー」
「お疲れ様。久しぶりねこういうの」
軽く乾杯を交わすと、レイナはいきなり切り込んでくる。
「で、カイのことだけどさ」
「え?」
サフィアが思わずグラスを置くと、レイナはニヤッと口元を上げた。
「最近、よく名前聞くし。例の偏屈天才技術屋。あんた、けっこう気にしてるでしょ?」
「……気にしてないとは言わないけど」
「ふーん」
レイナは意味深に唇を吊り上げ、わざとらしく覗き込んでくる。
「ていうかさ、呼び方がちょっと柔らかいんだよね」
「え? 普通に言ってるだけ」
「ほら、今も耳まで赤い」
「お酒のせいですー」
サフィアは慌てて否定するが、レイナは愉快そうに笑う。
「ほんっと、分かりやすいなあ」
「……あんたに言われたくない」
軽口を交わしたあと、レイナは少し真剣な顔に戻った。
グラスを指先で転がしながら、ふっと視線を落とす。
「でもさ、サフィアって、誰かに頼るの苦手でしょ。強がってばっかり」
「別にそんなことないけど」
「そういうとこ。下手なんだよ、甘えるの」
サフィアは苦笑を浮かべる。
「……わたし、甘えるとか、よく分かんないんだけど」
「だからこそ、そろそろ覚えてもいいんじゃない?」
レイナは軽くグラスを傾けてから、ぽつりと続けた。
「大事な人ができたとき、そのままだと困るよーきっと」
「あー……まぁ、どうなんだろ? 出来ないわよ。そんなの」
サフィアは言葉を失った。
冗談めかした口調なのに、妙に胸に刺さる。
「……そっちはどうなの? 最近、誰かといい感じとか」
「おっと、それは企業秘密でーす」
レイナは肩をすくめて笑い、すぐに真顔に戻った。
「てか、今日はあんたの話を聞く日だから。残念だったわねサフィア」
「……」
しばし沈黙が落ちる。
レイナはグラスの縁を指でなぞりながら、柔らかい笑みを浮かべた。
「……時間って、いつまでもあると思っちゃダメだよ」
レイナの言葉が胸に残り、サフィアは無意識にグラスを揺らした。
氷が小さな音を立てる。
「なんか、今日は妙に真面目ね」
サフィアが笑おうとすると、レイナは肩をすくめた。
「お酒のせいかな。普段は言わないことまで口に出ちゃう」
「じゃあ、明日になったら忘れてくれる?」
「んー、どうかなあ。忘れるかも、忘れないかも」
レイナは悪戯っぽく片目をつむり、また葡萄酒を口に運んだ。
その仕草に、サフィアの緊張が少しほぐれる。
「……でもさ、結婚とか、考えたことないの?」
唐突に投げられた言葉に、サフィアは思わず息を呑んだ。
「け、結婚? 相手もいないのに?」
「そう。婚姻って、ただの男女のことだけじゃないでしょ。結婚したら、色々便利だったりするじゃない」
「……まあ、それは、理屈では分かってるけど」
グラスの中身を見つめながら答える声は、自分でもわずかに震えているのがわかった。
「だからこそ言うんだよ。サフィアはひとりで全部抱えすぎ」
レイナの視線は真剣だった。
その眼差しに気圧され、サフィアは言葉を探せずに黙り込む。
「あ、それにね」
レイナはわざと軽い調子に戻した。
「婚姻って、案外恋よりずっと実用的なの。盾にもなるし、道を拓くことだってある」
サフィアはグラスを指でなぞりながら、小さく息を吐いた。
「まぁ、契約だしね。……って、そんな簡単に言わないでよ」
「簡単じゃないよ。だからこそ大事なんだってば」
レイナは真顔で言い切り、すぐにまた笑みに戻る。
「ほら、飲も飲も。難しい話はこの辺で」
軽くグラスを掲げられ、サフィアも仕方なく笑った。
「……ほんと、調子いいんだから」
「それが取り柄だからね」
カラン、と澄んだ音を立てて、二人のグラスが重なった。
灯りの中、琥珀色の液体が揺れて煌めく。
けれどサフィアの胸には、レイナの言葉がじんわりと残っていた。
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