【7】魔法使いのいない国
ブクマと星をありがとうございます。
たいへん励みになります。
「魔法使いが、いない?」
「正しくは、職業として魔法使いを名乗ってる奴がいない国、だな。
シャルティアでは、一定以上の魔力があって魔法を扱える者は皆、シャルト神殿に所属して神職もしくは神殿兵になる決まりだ」
「えっ……全員が、ですか??」
メイベルは思わずローゼスの顔を見たが、彼も驚いた様子で首を横に振っていることから知らなかったのだろう。
驚く二人に、マルゴ商会長が続けて説明する。
「創世神シャルトにより異界から呼ばれた妖精たちが魔素に流れを生み出すことで魔力ができるのだから、その魔力を使うこと自体、神殿の下で行うべきだってことらしい。神官様は癒しの魔法が使えるらしいしな」
シャルティアの神官たちが傷や病を癒す魔法が使える、というのは有名な話だ。ただ、魔法使いであった母の蔵書の中にもそのような魔法に関する記述はなかった。
もちろんそれだけで絶対に存在しない、とは言い切れない。魔法についてはまだまだ研究しつくされてはいないのだから。
とにかく、魔法研究に打ち込んできた母の知らない魔法があるかもしれないというのは、自身は魔法使いではないメイベルでも興味を惹かれた。
「ただ、癒しの魔法を受けられるのは信徒だけで、おまけに神殿内で行われていることについては信徒は口外しないのが暗黙の決まりらしくてな、詳しくはわからん。
それに、そもそも信徒になるには神の国の民でなきゃならなん」
「それはまた……」
思っていた以上に、シャルティアは、というか、シャルト神殿は信徒以外には閉じた場所らしい。
「首都ベーゼの半分ほどは、大神殿と皇王のいる皇王殿を中心とした神域って呼ばれる閉鎖区画だ。
神域外でも、首都の中では魔道具含め、一切の魔法の使用がシャルト神殿の管理下に置かれてるって話だ。
魔道具師てことは、魔法使いでもあるわけだよな?
シャルティア国内に入る魔法使いは、観光だろうが商人の護衛だろうが神殿に届け出が必要で、まぁまぁ行動が制限されるんだ」
「監視される、ってことですか?」
「平たく言えばな。うちも隊商の護衛に魔法使いを雇うがシャルティアを通過するたびに毎回手続きを踏んでる。
面倒だが、最近、竜壁以北では魔獣の出没が相次いでてな、魔法使い抜きの護衛陣だと心もとないんでな」
「魔道具も、って、生活魔道具はどうしてるんですか?」
「基本、神殿が管理していて民には貸し出してるらしいぜ。
昔はここまで厳しくなかったんだけどな、今の皇王サマの代から、魔法使用に対しての監視が厳格になった。
だから、表立って魔法を使う必要があるわけじゃないなら、魔道具師だとか魔法使いだとかがバレないようにした方が面倒がないと思うぜ」
うわ、と思わずメイベルが声を漏らした。
複雑な魔法陣が必要な魔道具は、確かに高価で希少なものだ。
だが、照明や点火のレベルの簡易魔道具なら、フェアノスティでは平民も何とか手に出来るくらいには出回っている。
シャルティアではそれらまですべて神殿の管理下にあるというなら、魔道具を作る魔道具師も、十中八九神殿に所属していることだろう。
もちろん、信徒でもない余所者がそれらを街で自由に売ったり修理したりするわけにもいかなそうだ。
メイベル達がシャルティアに行くのは、ローゼスに魔力を送ってくれている白い妖精を探し、不調の原因を探るためだ。
妖精が見つけられるかもだが、ローゼスの不調を解消する方策を見極めるのにもどのくらい時間を要するのか見当もつかない。
長期戦覚悟で、なんなら現地で魔道具店を開いて腰を据えてやろうとローゼスと話していたのだが、行く前からその手段は潰されてしまったわけで。
困ったように顔を見合わせる二人を見て、マルゴ商会長がニヤリと笑う。
「そこで、だ。親切なおっちゃんからコレを渡しておく」
言いながら、会長が懐からピッと一枚のカードを取り出した。
「それは?」
「うちの商会の従業員証さ。
神域は閉鎖区画で信徒以外は入れないが、神域以外のベーゼ市街地にゃ観光や交易のための旅人も、俺らみたいな商人たちだってたくさんいて、そいつらの大半は信徒じゃない。だからベーゼにはシャルティア国民じゃない者、信徒じゃない者もけっこう多いんだ。ただし、通り過ぎてく旅人と違って街に住むってなると外国人でもちゃんとした身元引受人を立てなきゃなんねえ。
ベーゼ滞在中それを持ってりゃ、あんたらの身元はマルゴ&メリー商会が保証出来るって寸法さ。
兄貴から聞いた話じゃ、メイベルちゃんは魔道具師が本職だけど薬草も育てられるって話だよな?」
「……はい、まあ」
「だったら薬草師ってことにすんのはどうだい?」
「薬草師、ですか?」
きょとんとなったメイベルに、マルゴ商会長は続けて言う。
「信徒なら神殿に行って癒しを受けられるらしいが、無償ってわけじゃないらしくてな。
ベーゼに滞在してるだけの外国人と同じで、シャルト神殿の信徒連中もちょっとした体調不良や怪我なんかは薬草を煎じたりする民間療法で治すんだよ。
アシュリーさんのお使いが長引きそうなら、そこで店を開いたらどうかと思ってよ。
ベーゼ市街地でよさそうな物件を探しておこう。
魔道具屋はやめといたほうがいいが、薬草を扱う店ならそこまで目も付けられねぇと思うぜ?」
「ありがとうございます……でも、どうしてここまでしてくださるんですか?」
願ってもないその申し出は心底有難く、自然と頭が下がる。
だが、理由のない親切は、逆に信頼がおけない。
真っすぐ疑問をぶつけたメイベルに怒る様子も見せず、マルゴ商会長はニカッと笑った。
「アシュリーさんは命の恩人だって言ったろう?
俺ぁ義理堅いんだ、受けた恩は返さねぇとな。
命の恩人の娘さんのためになら、このくらいお安い御用ってもんさ。
ローゼルムンドの希少な薬草が新鮮な状態で手に入るかもって商売人的な打算だってあるしな。
それに、詳しくは聞いてねぇし聞かねぇけど、なんか、訳ありなんだろ?」
メイベルとローゼスの顔を交互に見ながら、マルゴ商会長は声のトーンを押さえてそう言った。
「……ありがとうございます。マルゴ商会長」
「おうよ」
白い歯を見せて笑う商会長はやはりどこかカシム村長やウィルに似ていて、なんとなく心がほっとして嬉しくなる。
自分でも意識してなかったが、村から離れた心細さを感じていたのかもしれないなとメイベルは思う。
肩の力を抜いて出されたお茶を一口飲んだ時────
「ところで、二人は夫婦、もしくは恋人ってところか?」
「ぶふ……っ!」
驚いてちょっと吹き出してしまったメイベルに、ローゼスがさっと横からハンカチを差し出し口元を拭う。
されるがままのメイベルと心配そうなローゼス。その距離の近さを見て二人の関係性を推察したマルゴ商会長だったのだが、見込みが外れたかと首を傾げる。
「え、違うのか? 悪ぃ、俺はてっきりそういうんだと思ったんだが」
謝る商会長にまだむせているメイベルが身振りだけで大丈夫と伝える。
そんな彼女に代わり、ローゼスが説明しようと口を開いた。
「私はアシュリー様よりメイベルの世話を────」
「親子、親子ですっ」
ローゼスが言おうとした言葉に被せるように、呼吸が戻ったメイベルが言い切った。
言われたローゼスも驚いた様子だが、マルゴ商会長も少し面食らって尋ねてきた。
「それは、親子っていうことにする、ってことか?」
「はい。変ですか?」
「兄妹の方がまだわかる気がするんだが……」
「もし親子に見えないって言う人がいたら、『うちのパパ若いでしょ?』って言いますから。
ね、いいでしょ? ローゼス」
真っすぐ目を見て頼んでくるメイベルに、ローゼスは困惑しながらも頷いた。
「まぁ、そう言うんなら、他の従業員連中には二人のことは“親子”って説明するぜ?」
「はい、それでお願いします」
「ならこれは、兄ちゃん……じゃなくて、ローゼスさんに渡しといたほうがいいのか」
顎に手をやって少し考えた後、マルゴ商会長は従業員証の裏にローゼスの名を書き、商会長の印章を押したものを差し出した。
「これで、あんたらは表向き、マルゴ&メリー商会の従業員ローゼスと、その娘メイベルだ」
「………………はい」
ローゼスが言いかけた言葉で本物の親子ではないというのは丸わかりだったろうが、マルゴ商会長はそれについても聞かずにおこうと決めたようだった。
神妙な面持ちで従業員証を受け取ったローゼスを見て「うむ」と一つ頷いてから、商会長は今度はメイベルの方に話しかけた。
「ベーゼの店舗兼家は二人が暮らせるくらいのものでいいんだよな?」
「はい。できれば、薬草を育てる畑か庭があると嬉しいんですけど」
「よーし、よさそうなのを選んでやるからおっちゃんに任しときな。その代わり、薬草の栽培が軌道に乗ったら商会の方にも回してくれよ?」
「もちろんです! 頑張って育てますね」
「おっ、いい返事だなぁ!」
メイベルとマルゴ商会長が話している間、ローゼスは従業員証に書かれた自分の名前をじっと見つめていた。
確かめるように指先でそっとなぞっていると、メイベルが横からひょいと彼の視界に入り込んだ。
「ローゼス?」
怪訝そうな顔のメイベルに、ローゼスがふっと笑う。
「薬草の種、持ってきて正解でしたね」
「そうだね。魔法禁止だって言うなら魔道具作りもだけど、薬精製用の魔法陣も使わない方がよさそう。商会長さんの言うように、やるなら薬草店かな」
「そうですね」
今日のところはゆっくり休めと言ってくれた商会長にあらためて感謝を述べ、二人は宿へと向かった。
思っていた以上に順調に進む旅の行程にホッとするメイベルだったが、隣を無言のまま歩くローゼスの様子が気にかかった。
タタッと前に回り込んで、メイベルがローゼスの歩みを止め、彼の顔を見上げた。
「ねぇ、ローゼス」
「はい」
「もしかして、嫌、だった?」
「…………え?」
「親子ってことにしてって、言ったこと」
「あ……」
真っすぐ見つめてくる菫色の瞳に、一瞬ローゼスがたじろいだ様子を見せた。
秀麗な顔に迷いの表情を乗せて口籠った彼を見て、メイベルの表情も曇る。
「私とローゼスじゃ、恋人や夫婦は無理がある気がするし、兄妹だと、ローゼスも母様の子供になっちゃうじゃない」
「……主様の子供は、メイベルだけですものね」
「そういうことじゃなくてさ……。
ローゼスと母様が親子っていうのは、なんか違うな、って。
だから、家族の中で兄妹でも、夫婦でもないなら、親子かなぁって……思っちゃったんだもん」
そう言うと、今度はメイベルの方が俯いて黙り込んでしまった。
秋の日が傾き、夕闇が濃くなって足元に長く伸びた影も輪郭が朧になりかけている。
メイベルの見つめた先、地面に落ちた自身の影に、ローゼスの靴先が入ってきた。
「嬉しかったです」
振ってきた呟きにメイベルがぱっと顔を上げる。
視界に飛び込んできたローゼスの表情からは、先ほどまでの憂いは消えていた。
「…………ほんとに?」
「ええ、とても」
良かったと胸を撫でおろしたメイベルに、ローゼスも藤色の瞳を細めて笑んだ。
幼い頃したようにそっと頭を撫でてくれる手の感触に、メイベルも照れながらも嬉しそうに笑った。




