【5】揺らぐ大門
メイベルとローゼスが竜壁山中を街道を目指して歩き出した頃────
フェアノスティ王国の王城で開かれている建国祭の舞踏会を見下ろしていた黒髪の魔法使いの所に、とある人物から使いが来た。
煌びやかな会場を眺めるにも飽き飽きしていた魔法使いは、すぐさま呼び出しに応じて指定された場所に向かった。
そこにはすでに、数人の関係者が揃って彼の到着を待ちわびていた。
「お待たせしました。なかなかの面子が揃っていますね」
「ことがことだけに、な」
返事をしたのは揃った面々の中でもひときわ小柄な銀髪金眼の少年。
少年の言葉には何も返さず、魔法使いはその場にいる者達を順に見ていく。
ここにいるのは皆、妖精の世との境目である“門”に関係する特殊な役目を担っている護人と呼ばれる者達だ。
銀髪の少年以外には、黒髪のエルフと、彼と並び立った灰色のローブに身を包みフードで顔を隠した長身の男。
そして最後の一人、使いを送ってきた張本人は、地平線に生まれたばかりの太陽が放つ色に似た美しい金髪の持ち主だ。
閉じられていた彼の青い眼がすっと開くと、集まった人々は息を殺して彼の言葉を待った。
「今しがた、王国内各所に送った使いに対しての返答が、すべて揃った。
現状、不安定になっている“門”は、王国内にはない。王都の“大門”以外はな」
「他に影響が出てないのは、いい知らせとも言えるか……」
銀髪の少年が呟いた。
「あの国から流れてくる魔素に澱みが混じるようになってからもう久しい。
この数年は、澱みは濃くなる一方だ」
「あちらの護人は仕事をしていないのか?」
魔法使いの問いに、少年はゆるりと首を横に振った。
「いや……あの国にはそもそも護人はいない。
フェアノスティ各地の門と同じで、番人である妖精がいれば問題ないはずだったんだが……
いずれにせよこれ以上放置するのはまずい。対処の必要がある。俺が現地に行ってアイツを……」
「君が今フェアノスティを離れることは護人の長として認められない」
金髪の人物がピシャリと告げた言葉に、少年の金色の目がすうっと細められる。
鋭くなった視線を真っ向から受け止めながら、金髪の人物は重ねて告げた。
「君はフェアノスティの“大門”の守護者だ。“大門”にも揺らぎが見える今の状態で、この地を離れてもらっては困る」
「けど…………」
「では、僕が行こう。護人の中じゃ、僕が一番身軽だ」
二人の会話に割って入ったのは黒髪の魔法使いだった。
金髪の人物以下、その場の面々がひたと若者を見る中、銀髪の少年はほんの一瞬目を見張った後、固く目を閉じる。しばしの沈黙の後、眉間に皺を刻みながら、は、と重い息を吐くとゆっくりと目を開いた。
「シャルティアに先行している人物がいる。メイベルという名の魔道具師だ」
「魔道具師? 魔法使いじゃないのか?」
「彼女は……魔素の浄化が行える」
「浄化……その人は森のエルフなのか?」
「いや、エルフではない」
そう言ったのは黒髪のエルフだ。
エルフは同族以外にはあまり好意的でないものなのだが、同族でないと言いながらもその美しい顔には柔らかな笑みが浮かんでいた。
「その者はエルフではないが、魔力と魔素の両方の澱みを晴らすことができるのだ。
我らに近い性質の魔力を持っておってな、習ってみたいと言うので試しに教えたら、思いのほか上手にできるようになったのだ」
話しながらその時のことでも思い出したのか、エルフがふふふっと楽し気な笑みを浮かべた。
釣られたように、隣に立つ灰色ローブの男もフードから覗いた口元を仄かに綻ばせているし、他の二人も似たり寄ったりの表情である。
「……どうも、僕以外は皆さんその方のことをご存知のようですね?」
その様子を見た魔法使いが少し不機嫌そうな声で言う。
魔法使いが尋ねるのに答えを返す者はなかったが、それぞれの反応を見るに肯定と捉えてよいようだ。
「なんだ、除け者にされて不貞腐れるとは、其方もまだまだ子供だのう」
黒髪のエルフに揶揄うように言われ、魔法使いはますますムッとなった。先ほども叔母に『幼子に交じって対面式に参加しろ』と言われたばかりだというのに。
ただ、この面子の中では魔法使いの青年が最年少で、かつ他は皆人外の長命者ばかり。若干二十歳の身では子ども扱いされても文句が言えないのも事実なので反論もできない。
それに、ここで何か言おうものならもっと子ども扱いされ揶揄われるのがオチだと、魔法使いはとりあえずだんまりを決め込んだ。
へそを曲げたのを必死に隠そうとして黙ってしまった若い魔法使いに苦笑しながら、灰色ローブの男が言う。
「まあ、我々は歩き始めたような頃に幾度か会ったことがあるだけだがな。
一番最近会ったことがあるのは其方であろう?」
その言葉に、少年はガシガシと銀の頭を掻きながら「まーな」とぶっきらぼうに答えた。
「まだ年端も行かない子だが腕のいい魔道具師だ。特徴的な鮮やかな薔薇色の瞳をしてて、おそらくローゼスっていう男と一緒に行動しているはずだ。
澱みに当てられやすいお前にとっては、願ってもない協力者となるだろう。
二人を見つけ出し、協力を仰げ」
「……わかった」
少年と魔法使いのやり取りに鷹揚に頷いて、金髪の人物が問いかけた。
「同行する者を選び出そう。推薦したい者はいるか?」
「お任せいたします」
「わかったよ。ではすぐに出立準備をしておいで」
魔法使いが退出していった扉が閉まるのを見届けると、エルフと灰色ローブの二人は転移門を開いて住処へと帰って行った。
二人きりになった部屋で、金髪の人物が少年に問いかけた。
「君はてっきり反対するものだと思っていたよ。あの子のこともだが、アシュリーの娘のことを殊更気にかけていただろう?」
少年が懐から取り出した手紙。そこに記されている友の字に目を落とした。
『私の愛する者達は北に向かう
もしも彼らが助けを必要とすることがあれば、可能な限りの助力を願う』
たったそれだけの、短い手紙だった。
届いたのは北の山が雪に閉じ込められるより前の、秋の終わり頃。おそらくアシュリーが眠りにつく前に送ったのだろう。
「時を同じくして北の地に向かうこと自体、巡り合わせなんだろう。
互いが互いの救い手となってくれることを願おう」




