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運命なんてお断り ~薔薇の瞳の魔道具師、虚弱体質の魔法使いを拾う  作者: 錫乃


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【4】魔道具師と魔法人形は旅に出る


メイベルの冷えた身体を温めるため、ローゼスは急いで暖炉に火を入れ、台所で湯を沸かした。

暖炉の前の長椅子に座って温かいお茶の入ったマグを受け取りながら、メイベルはローゼスに尋ねてみる。


「ローゼスから見たシャルティアって、どんなところだった?」


ローゼスは目を伏せて考え込んで、すぐには口を開かなかった。

置いて行かれそうになったのもあり、藤色の瞳が自分を映してくれないのが悲かったが、それでもぐっと堪えてメイベルは彼が返してくれる言葉を待った。


「……ここや、フェアノスティよりも北にある国ですから、とても寒くて。北部地域は冬には外出もままならない時期もあるくらい、雪が深くて。でも、首都の周りは、創世神シャルトに与えられた守護の恩恵により温かく、実りのある土地も少しですが広がっています。

北の五つの氏族は武を誇り、南の七つの氏族は交易で財を成し、それぞれが国を支えている。

何より大きく影響力を持つのが、シャルト神殿と、十二の氏族の中から創世神シャルトに選ばれた皇王です」

「神様が、王を選ぶの?」

「そうです。

シャルティアは、フェアノスティとは、というより、他のどの国々とも違う創世神話を信じる国なのです」

「創世神話、って、あの?」


原初の頃、混沌とした世界に創世の妖精王が竜や妖精と共に降り立ち安寧をもたらしたというのが、フェアノスティをはじめとする多くの国家で信じられている創世神話だ。

フェアノスティ王国は創世の妖精王から加護を得て、妖精の巡る地の守護を任された、というのがメイベルが昔読んだ童話にも書かれていた。


「シャルティアの神殿では、世界を創った妖精を創世神として崇めています。

創世神はシャルティアの民を選び、彼の地を世界の中心、神の国とした。シャルティアの民は創世神に選ばれたのだ、と」

「似てるようで、なんか違うね。

フェアノスティで言うところの創世の妖精王様が、シャルティアの神様ってこと?」


フェアノスティの創世神話でも、妖精王は世界を創った存在だとされる。だから、『創世神』という呼称も、間違ってないのかもしれないとメイベルは納得しかけたのだが。


「シャルティアの創世神は、白い髪に薔薇色の瞳だと言われています」


へぇ私の瞳とおんなじなのね、と言いかけたメイベルの頭に疑問符が浮かぶ。


「妖精王様は、白絹の髪に金の瞳、じゃなかった?

フェアノスティの伝承と違うじゃない」

「そうです。加えて、シャルティアの神には、シャルトという名前があるのです。

世界を創造するほどの高みにおわす存在であるあの方には名前は無いと、シャルティア以外の国には伝わっています。

だから、シャルティアが崇めているのは、他国に伝わる妖精王とは別の存在なのです」


やけに断言するのね、とメイベルは思った。

創世の時代のことなど誰も直接目にしていないし、世界を創った誰かにも会った者はいないのだから、どちらがほんとかなんてわからないのではと思う。

シャルティアという国を中と外の両方から知るローゼスだからこそ辿り着いた考えということだろうか。


「私は、自分に課された使命をあの国に置いて、逃げてきてしまった。だからこそ、今この状態に陥っているのです。

いつかは過ちを正すため、戻らなければならないと、覚悟はしていました。

でもその時は、私独りで行くつもりでした。主様(マスター)や、貴女を巻き込むまいと……」


まだ言うか、とメイベルはローゼスの顔をじとりと睨む。


「母様が今の貴方の言葉を聞いたら、なんて言うと思う?」


剣呑な目つきになった少女にたじろぎながらも、ローゼスはアシュリーのことを思い浮かべて考え、苦笑しながら答えた。


「きっと……すごく怒られるでしょうね」

「よくわかってんじゃん」


指先でつんっと額を突かれ、ローゼスがすみませんと謝った。

少し冷め始めたお茶をすすりながら、メイベルは彼の端正な横顔を窺い見た。

ローゼスはずっと、アシュリーを『主様(マスター)』と呼んでいた。妖精の加護を得た魔法人形であるというなら、アシュリーは本来の主ではないはずなのに。

母とローゼス、二人の間には余人が入り込む隙間がない絆が、家族であるメイベルにすら分からない、触れられない、何かがあるように感じていた。それはきっとローゼスの主が母だからなのだとメイベルは思っていたが、違ったようだ。

どうやって二人は出会ったんだろうと考えていて、ふと、別の疑問が浮かんできた。

空になったマグを卓上に置きながら、メイベルは心に浮かんだ疑問をぶつけていいものか少し迷った。


「ねえ、ローゼス」

「なんでしょう」

「貴方と母様は、私が生まれる前に出会ったのよ、ね?」

「はい」

「じゃあローゼスは、私の父親がどんな人かも、……知ってる?」


どことなく言いにくそうにそう聞いてきたメイベルに、ローゼスはちょっと驚いたようにぱちぱちと目を瞬いた。


「……初めて、訊かれましたね」

「うん。

正直、父親のことをあんまり意識したことなかったから。

私には母様とローゼスさえいればよかったもん」


父が不在であるというのは事実として受け止めていたが、メイベルの中ではただそれだけのことでしかなかった。

だが、ローゼスの故郷である国の話を聞いたり、母とローゼスの出会いについて考えたりするうちに、あらためて思い至ったのだ。

何らかの理由でシャルティアを離れた魔法人形のローゼスがフェアノスティの王都で母と出会い、後に生まれた自分も含めた三人でこの薬師の村に住むようになる。そこまでの流れの中に、もう一人、別の人物が介入していなければ自分はこの世に存在しない、という事実に。

尋ねられた方のローゼスは、また少し考えるように藤色の目を伏せた後、メイベルの隣に腰かけてぽつぽつと話し出した。


「彼は……学院時代の主様(マスター)の教え子です。

気が弱く、あまり目立たない生徒でした」

「ふぅん、そーだったんだ」

「自分に自信がなくて、泣き虫で、口下手で人と話すのもあまり得意じゃなくて、そのくせ寂しがりで……」

「え、待って待って、それもうほとんど悪口じゃん。

母様はそんな人のどこを好きになったの?」

「私にも、わかりません」


眉尻を下げて困ったようにローゼスが笑った。


「でも、二人でいるときの主様(マスター)は、とても幸せそうに笑ってらっしゃったように、私は思います」


当時のことを思い出したのか、眩しい物を見るかのような表情になったローゼスを見て、メイベルはほっと息をついた。

ローゼスが記憶している二人の様子が険悪なものではないのなら、それは素直にうれしいことだと思えたから。

メイベルが隣に並んで座ったローゼスの肩に、ぽすんと額を乗せてふふふと笑う。

笑うメイベルの茶色の髪にローゼスの手が乗せられて、大切そうにそっと撫でた。


「早くまた母様に会いたいなぁ」


ローゼスの前でなければけして零すことのないメイベルの本音だった。


「私も会いたいです」


メイベルの前でなければ言葉にすることのないローゼスの本心だった。


「早く、目覚めてくれたらいいのにね」

「はい……」


 * * *


メイベルとローゼスは、その夜たくさん話をした。

シャルティアについてローゼスが知っていること。

そこに行ってから何をするのか、何に気を付けるべきか。

何を避けるべきか、そのために今のうちに準備できることがあるか。


森や山の魔獣の様子がおかしくなっている現在、アシュリーが眠り、メイベルとローゼスが離れることで、ローゼルムンドの護りが薄くならないように手を打っておく必要もある。

メイベルは思いつく限りの魔道具を用意するため、自室兼作業室にしばらく籠りきりになった。

そうして数日かけて準備に目途が立ったころ、二人揃って村長宅を訪ね、アシュリーが眠ったことと、旅に出ることを告げた。


「『魔法使いの眠り』……そうか、アシュリーさんが」


少し驚いたが、村長のカシムは薬師としての知識で『魔法使いの眠り』について知っていた。薬でどうにかなるでもないことも、眠った魔法使いがその後どうなるのかも。


「アシュリーさんならきっと、おはようなんて言いながら何もなかったみたいに笑って姿を見せてくれるよ」

「そうだよね……ありがとう、おじさん」

「二人の行先は、北だったかな?」

「北方の薬草のこととか、街道を北へ向かいながら見てこようかなと思って」


二人で話し合って、ローゼスのことは念のため伏せておくことにした。

ローゼスが機能不全を起こしているなんて言ったら、二人で旅に出るのを止められそうな気がしたからだ。

街道を行くと聞いたカシム村長は、だったらと一つ提案をしてくれた。


「北へ向かう街道沿いのカラビの街に立ち寄るといい。そこで、私の弟が交易商をしているから、紹介状を書こう。

街道を北上するにしても隊商と一緒に移動する方が安全だろうし、シャルティア入りも楽だろう」

「え、でも……」

「心配性のお節介おやじの胃の腑に穴が開かないようにするためだと思って、受け取っておくれよ」

「……ありがとうございます」


ちょっと待っていておくれと言ってカシム村長が立ち上がり文机に向かうと、代わりにウィルがメイベルの前にドカッと腰を下ろした。


「……戻ってくるんだよな?」


むすっとした顔で腕組みをするウィルは、機嫌の悪さを隠そうともしない。

への字の口元は、寂しい時や自分も仲間に混ぜてほしい時の幼馴染の癖だと、メイベルは知っている。

自分に相談もなしにメイベルが旅に出ると決めたことが寂しかったのかもしれない。


「戻ってくるよ、ローゼルムンドには母様がいるんだもの」


どんな形でも一度はここに戻ってくることにはなると、メイベルも思う。

ただそれがいつになるのかはわからない。それに、また同じ暮らしに戻ることはないような、そんな予感がしていた。

もしかしたらウィルも同じ予感がしているのかもしれない。


「気を付けて、いってこいよ」

「ローゼスがいるから大丈夫だよ」

「それは、わかってるけどさ……メイベル、俺さ」

「うん?」

「ずっと、お前と一緒に、村で生きていけると思ってた」

「うん」

「一緒に年取って、笑って……今よりもっと、剣や弓の腕も上げて」

「うん」

「ローゼスよりもっといい男になって」

「それは、無理なんじゃないかな」

「無理って言うな……ったく、結局俺はお前ん中じゃ兄貴みたいな存在のままだったな」

「ウィルはどっちかっていうと兄じゃなくて、自由気ままな弟じゃない?」

「なんで俺が弟なんだよ……」


はあ、と小さくため息をついた後、ウィルはメイベルの薔薇色の瞳を真っすぐ見て笑った。


「いつかまた会った時、絶対にローゼスよりいい男になったって言わせてやるから、覚悟してろよ」


困ったように、でもどこかすっきりとした顔で笑う幼馴染に、楽しみにしてるね、とメイベルも笑った。

カシム村長が戻ってきて、書き終えた紹介状をメイベルに差し出した。

『マルゴ&メリー商会』と書かれた文字に、ローゼスが一瞬視線を止めたが、特に何も言わなかった。


「建国の祝祭は楽しんでからいくのかい?」

「いえ、今夜出発します」

「夜の森を歩くつもりかい? 夜明けを待ってからの方が安全だろう?」

「最強レベルの魔獣除け護符を用意しました。それに長居してうっかりここを離れたくなくなったら困るでしょ?」


茶目っ気交じりにそう言って見せたら、カシム村長は寂しそうな顔になりながらも頷いてくれた。


「……道中、気を付けていくんだよ」


全部を話せない後ろめたさを隠すように、メイベルは努めて明るい顔でお礼を言って村長宅を辞したのだった。




村の中心部から流れてくる建国祭の賑やかな音を聞きながら、メイベルは狭い家の中を見回し荷造りに抜かりがないのを確認すると、玄関扉を閉じて魔法で封印を施した。


「忘れ物はありませんか、メイベル?」


歩み寄ってきたローゼスに尋ねられ、メイベルは振り返りながら明るく笑う。


「それ、何回目の確認? ほんと、ローゼスは心配性ね」

「忘れん坊の誰かさんのせいですよ」


ローゼスは揶揄うように言い返しながらも、その藤色の瞳を細めて柔らかく笑った。それを見たメイベルもニッと歯を見せて笑う。

持ち物はメイベルは肩下げ鞄ひとつ、ローゼスもまたそう大きくない背負い袋がひとつだけ。どちらもメイベル手製の空間魔法を施した大容量保管庫で、旅に必要と思われる携帯食料や着替えからアシュリーから譲り受けた蔵書や論文など魔法に関する書物の他、念のため準備したものすべてが詰め込んである。

メイベルはローゼスと並んで、家の横に寄り添うように建つ研究室の前に立った。

ほんの数日前まで、母アシュリーが資料を片づけたり見つけた懐かしい物を見て笑ったりと忙しく動き回っていた研究室は静まり返り、明かりもついていない。それでも二人は中に居る大切な家族の存在を確かに感じ取っていた。

アシュリーが内側から張った完全防御結界が健在である限り、この建物は朽ちたり崩れたりすることなく、この姿を保ち続けるだろう。

自分たちが目的を果たして北から戻るのが先か、アシュリーが目覚め結界を解いて出てくるのが先か。

どちらにしても、家族である自分達はいつか必ずまた会えるから。


「行ってきます」

「行って参ります」


それぞれ出発の挨拶をすると、二人は北へ向かう街道を目指して歩き出した。




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