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運命なんてお断り ~薔薇の瞳の魔道具師、虚弱体質の魔法使いを拾う  作者: 錫乃


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2/20

【1】薬師の村の魔道具師


フェアノスティ王国の北端、サザランド北方辺境伯領。

その領地の端の端のそのまた端っこ、北大陸を南北に分断するように横たわる竜壁山脈の南側の峰に、ローゼルムンドという小さな村がある。

元は、その辺りに自生していた貴重な薬草を目当てに、何人かの薬師が移り住んで集落ができたのが村の始まりだといわれている。自生していた薬草に加え、薬師たちはそれぞれ様々な薬効のある植物を持ち寄って自分たちで育て、それを材料にして薬を作って暮らしを立ててきた。

本来なら勝手に村を作って人が集まり始めたら、領主である辺境伯家からいろいろ手も口も出されそうなものだ。

だが、ローゼルムンド村がある辺り一帯は魔素が濃く魔獣も多いために、人がめったに踏み入らない山の中。加えて、村で作られているのは傷に効く薬や腹痛や頭痛といった簡単な病を治すようなよくある薬ばかりだが、材料となる薬草の質が良いことに加えて特殊な魔法陣を使った精製法を用いているためか、他で売られている物よりも格段に効き目が良いと評判だった。それこそ、ひとたび山を下りて竜壁の麓の街に行けば飛ぶように売れたし、山を分け入ってまでわざわざ薬を買い付けに来る商人もいるほどだ。

特殊な場所にできた特殊な村だからこそ、辺境伯家もとやかく言うより、敢えて放任して村の特産薬の恩恵に預ったほうが有用と判断してくれたのかもしれない。


そんな薬師の村の外れにある小さな家で、メイベルは母と同居人の三人で暮らしていた。


一家の長である母アシュリーは魔法使い。黒髪と金眼をもつ、年齢不詳の美女である。

訪ねてきた友人知人に助言をしたり、村に降りかかった厄介ごとに魔法で対処したりしている他、魔獣や危険な獣が入り込まないように村全体を覆う結界を張ったりもしている。

広範囲の結界を張り、それを維持し続けるほどの技術と魔力を持つ魔法使いなど、そうそういない。

実際、メイベルを生む前まではけっこう名の通った魔法使いで、王都の学院で講師もして年若い魔法使い達に魔法を教えていたんだとか。

でもメイベルにとって母アシュリーは、放っておくと食事の時間も忘れていたり、水も飲まずに研究室に籠って脱水で倒れたりする、魔法研究以外のことは興味が希薄なとても手のかかるヒト、であった。

そのくせ「こう見えて割とすごいんだよ、あたし」なんて長椅子にたらりんと寝転がりながら言うものだから、メイベルはいつも「またなんか言ってるなー」くらいに聞き流していた。


一方、娘のメイベルは魔道具師である。

“魔道具”と言うのは文字通り、魔法を発動することで動く道具のこと。魔法使いが創り出す魔力の結晶体である“魔晶石”に、魔法の根源を図案化した魔法陣を刻むことで“魔晶石”内部に込められた魔力もしくは使用者が流し込んだ魔力を動力源として動く。

魔法陣による魔法の発動は、同じ魔法を魔法使いが行使するよりずっと消費魔力が少なくて済む。そのため、明かりをつけたり火を灯したりといった簡単な魔法を発動させる魔道具ならそれほど魔力を多く持っていない普通の人にも扱えて、必要な魔晶石も小さいものですむのでフェアノスティ国内なら安価とは言えないが一般家庭でも手が出せる。メイベルが扱うのはそういう類の庶民的魔道具だ。

村人達のように薬を作る仕事に就くこともできたのだが、アシュリーから『村人の職分を侵さないように』と内々に言われていたので、薬師になる道は選ばなかった。

もちろん母のような魔法使いになるという選択肢もあったのだが、メイベルはいわゆる『普通の魔法』にあまり興味が持てなかった。

それならばと、アシュリーが蔵書の中から初歩的な魔道具についての知識を解説した本を探して渡したところ、メイベルは大きな薔薇色の瞳をきらっきらに輝かせながら、その本を驚くべき速さで読み進めていった。

魔道具創りに必須の材料は魔力の結晶体である魔晶石。これは非常に希少かつ高価なもので、普通の平民家庭で子供の遊びのために手に入れようとすることなんてまずない。だから大抵の場合は解説本を読むことができてもそこから実践するまで至らない。

だが、幸いと言うべきか、メイベルには強い魔力を持つ母アシュリーがいた。母が有り余る魔力で割と簡単に魔晶石を作り出してしまえたため、材料に困るということがなかったのだ。そうしてメイベルはどんどん解説本にある課題をこなしていき、ついには巻末に載っていた『照明魔道具を作ってみよう!』という最終課題もサクッとクリアしてしまった。

幼い子にとって『できた!!』はものすごい活力源になる。それを機に、メイベルは更にどっぷりと魔道具作りにハマったのだった。

村の内外で使う照明や着火といった生活魔道具の制作や修理を請け負ったり、アシュリーが村の外に張っている獣除けや魔獣除けの結界魔法の弱小版を組み込んだ護符型魔道具などを作って狩人たちに販売したりするのが、メイベルの主な仕事だ。また、たまに思い付きで作った自作魔道具の販売をすることもあった。

その傍らで、以前からあった畑を少し広げ、栽培が難しいとされてきた希少な薬草の栽培手法を研究し、育てた薬草を村人に卸したりする薬草師のような仕事もしていた。


もう一人、一緒に暮らしているのがローゼスという同居人だ。彼は人ではなく、母の所有する人型の魔道具────魔法人形だ。

灰茶の髪に日に焼けていない肌と、男性にしては細めな体躯に、藤色の瞳をしたたいへん見目麗しい素顔をしている。

王都時代にアシュリーが見つけた古代の遺物だとかで、アシュリーの魔力を送られて動いている。動作原理や自立思考回路も大変難解で資料も一切残されておらず、解析したアシュリー以外には理解できない類のものらしく、メイベルは彼の動作回路部分には絶対触れるなと厳命されている。

ローゼスは外見も精巧に作られている上に動きも会話の受け答えも滑らかで、ぱっと見、人にしか見えない。機能もいろいろ備えていて、炊事洗濯は完璧、剣技や体術も扱えるので並の男よりも強い。魔法が扱えないことを除けば、まさに万能である。

人と見まごうほど精巧な魔法人形など魔法王国フェアノスティ全土を探しても他にはいない。

小さな山村にそんな希少な魔道具があると知られたら他所から厄介ごとが舞い込む可能性が高いからと、ローゼスが魔法人形であることは村長以外には伏せて、表向きは魔法使いアシュリーの弟子であるが訳あって魔力を失ってしまった青年、ということにしてあった。

技術の結晶体のような存在が間近にいたから、メイベルが魔道具作りに関する魔法技術に興味を持ったのは自然な流れだったのかもしれない。

さらなる知識を求め、隙を見て母の研究室に忍び込み論文を読み漁っては魔道具を自作するメイベルと、手順を踏み間違えば大事になりかねないのだから実験するなら自分が見ている時にと説教する母。二人を苦笑しながら仲裁するのも、ローゼスの役目だった。

魔道具を勉強し始めた頃、メイベルは好奇心に負けて一度だけ、禁を破ってローゼスの動作回路基板があると思われる首の後ろに触れようとしたことがあった。だがメイベルの手が首に触れるや否や、ローゼスはその場で動かなくなってしまった。動転したメイベルが半泣きでアシュリーを呼び、何とか事なきを得たが、当然母にはこっぴどく叱られた。

メイベルは母のいつも以上の剣幕にも驚いたが、それ以上に突然動かなくなったローゼスに肝が冷えた。優しくて大好きなローゼスを自分の失敗で失う可能性があるのだということを思い知り、二度とローゼスの動作回路には触れないと、幼心に固く誓ったのだった。


そんな三人の暮らす家には時々、アシュリーの古い友人知人が訪ねてくる。

突然ふらっとやってくる彼らは、ちょっと変わった人物が多い。


長い黒髪と若葉色の瞳が息を吞むほど美しいけど、ときどき何考えてるかわからない森のエルフ。

森の妖精(ドライアード)の初咲の花だ。花粉を振りかければどんな男も虜にできるぞ?」

「いらない。」


尊大な態度、でも優しい大きな手でよく頭を撫でてくれた、銀髪蒼眼のフェアノスティの高位貴族だという男。

「だんだん其方の母の幼き頃に似てきたな、小さいの」

「小さい言わないでよ、おじさん」


珍しい魔導書を見つけては母と議論を交わしにやってくる、やたら魔道具に詳しい旅好きなハーフエルフ。

「メイベル見てくれ!

この前行った南大陸の国の土産屋で見つけたんだ。一回嵌めたら合言葉を言うまで外れなくなる両手用の腕輪!」

「なにそれ見せてーーっ!!」

「どう見たって拘束具じゃないか! メイベルに変な物を渡すんじゃない、この魔道具馬鹿っ!」


母の知人たちの中でも一番よく訪ねてくるのは、銀髪の少年だった。

幼いメイベルが彼の名前を呼ぼうとするたびに舌を噛むので、「呼びにくいんなら、ナーでいいよ」と言ってくれたので、メイベルだけ特別に“ナーくん”と呼ばせてもらっている。

ナーくんは、古代の魔法や技法のことをよく知っているそうで、アシュリーが自分以外で唯一ローゼスの調整をさせる人物だった。

メイベルが初めて出会ってからずっと、ナーくんは少年の姿のまま全く変わることがない。メイベルは幼心にも、この少年が唯人ではないのだと感じていた。

少年は村に訪ねてくるたび、メイベルの育てている薬草の苗を一鉢貰い受けて行く。なんでも彼の知り合いの子が体調を崩しやすい体質だとかで、ローゼルムというその薬草が効くのだそうだ。

ローゼルムは村の名前の由来にもなっている、紫色の茎に濃い緑の丸い葉の特殊な薬草だ。山で自生していたのを持ち帰って研究し、その栽培方法を村人に伝えて栽培に成功した薬草はいくつもあるのに、ローゼルムだけはなぜかメイベルの畑以外ではすぐに枯れてしまう。だから、今のところ栽培するのに成功したのはメイベルだけだ。

メイベルが世話している畑以外の土では枯れてしまうローゼルムだが、メイベルの畑の土ごと鉢に移植してやれば、しばらくはもつ。

薔薇色の小さな花をつけたローゼルムの鉢植え、それとメイベルが抽出したローゼルムの精油も受け取り、ナーくんはその爽やかな香りを堪能する。


「ローゼルムは妖精が好む植物なんだ。微かに魔力を帯びているし、周囲の魔力の澱みを晴らす浄化効果があるからな。

だから、周りに魔獣が出るようなこんな山の中でも、この村一帯は比較的安全なんだ」

「澱み? ってなに?」

「妖精たちが魔素に流れを生み出して魔力が生まれるって、教わっただろう?

魔力の素である魔素は、妖精が創り出す流れに乗れない状態だと澱みを孕む。

水が入れ替わらない池の水が、徐々に腐って濁っていくように。

魔素が動くことによって生み出されるのが魔力。だから澱んだ魔素から生まれた魔力もまた澱みを含んでいる。

ローゼルムの香りは、魔素とそれにより生まれる魔力、両方の澱みを浄化できるのさ」


大人びた口調と表情でそんなことを言うナーくんに、メイベルが「ナーくんって、ナニモノ?」と訊いたことがある。


「何者だと思う? 当ててみな、メイベル」

「えぇーー、うーん、母様と同じ魔法使い?」

「魔法は使えるけど、違うかな」

「金色の目だし、ひょっとして、妖精王様だったりして?」

「はははっ、まさか……違うよ。金色の目なら、お前の母だってそうだろう?

それに、あの方とは髪の色が違うだろ?」

「妖精王様は白絹の髪なんだもんね。じゃあどうしてそんなに、古代の魔法技術に詳しいの?」

「そりゃあ、俺は“世界の(ことわり)”を知る者だからな」

「こと……なに? すごく賢いってこと?」

「すごくすごく、長く生きてるってことさ。魔法を扱う者の外見が年齢と違うってことはよくあるんだよ」


むぅ、と唸ってますます眉間に皺を寄せたメイベルに、ナーくんは「そのうちわかるさ」と母よりも濃い金色をした目を細めて笑うのだった。


時折訪ねてくる人と母の蔵書を介して外の世界を感じるだけで、薬草だらけの村に、家族三人での穏やかな暮らし。

訪ねてくる知人のうち誰かが彼女の恋人でメイベルの父なのではと勘繰る者もいたようだが、アシュリーはその手の質問をすべて笑って否定していた。

父親という存在を別段意識しないまま、メイベルは不便も不足も感じずに大きくなった。




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