表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
運命なんてお断り ~薔薇の瞳の魔道具師、虚弱体質の魔法使いを拾う  作者: 錫乃


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/20

【15】サヤの森の赤ガエル



フェアノスティからの旅人三人組に出会った日の数日後、メイベルは独り外出の準備をしていた。

準備と言っても何日も遠出する訳ではないので、小さな水筒と念のための携帯食の包みが一つ、あとは摘み取ったローゼルム一束を空間魔法を施したメイベル特製鞄にしまうだけだ。

家の一番奥にある部屋をそっと覗き込むと、昨日妖精探しから帰ってきてからずっと、椅子に座って眠るように動かないローゼスが見えた。

メイベルと手分けして神域周辺の調査をしていたローゼスだったが、少しずつ状態が悪化してきているのか、こうして椅子で休んでいることが増えたように思う。動いていれば魔力を消費し、それにより澱みの影響も受けてしまう。出来るだけ停止状態をとっていた方がローゼスのためにはいいのかもしれない。

忍び足で近づいていき、椅子に座った彼のすぐ傍に跪く。間近で見るローゼスの顔は、相変わらず整っていて美しい。その藤色の瞳が見られないのも、彼と話ができないのも寂しいが、ローゼスを守るためには致し方ない。


「今日は神殿の西側、サヤの森の方に行ってみるね」


小さくそう告げると、メイベルは入ってきたとき同様足音を忍ばせて部屋を出た。

そして、いつもの外套を纏うと、ローゼスの部屋の戸に向かい「行ってきます」と言って玄関を出た。


朝日はまだ昇りきっておらず、辺りは明るくはなっているが通りにはまだ人は昼間ほどはいない。

それでも少なくない人数が出歩いているのだが、外套の認識阻害機能のおかげですれ違うメイベルの方には誰も注意を向けることがない。


通りを西に向かって歩くことしばし、人がまばらになり森が近くなってきた。

神域の周りはぐるりと結界が張られて、神域を包み込んで市街地と王族が住む建物群や神殿を隔てている。結界自体は目に見えないが、結界の線上には柵が張られていて神域の境界線を示している。またその内と外に跨って森が広がっていて、柵の外側の森でなら街の者が花を摘んだり薪を拾ったりするのも許されているそうだ。

サヤの森と呼ばれているのは、神殿の真西側にあるあたりだ。下草を踏みながら、前もって地図にローゼスが印をつけてくれた地点を目指す。

こうやってローゼスの古い記憶を頼りに、泉や池のような水場が多い場所を二人で順に見て回り妖精の姿を探しているのだが、彼の記憶自体二十年くらい前のものだ。地形が変わっていてもおかしくない。実際、あったはずの湧き水が枯れていたり、地図にも載ってない池があったりした。そしてそのどれにも、今のところ目的の白い妖精の気配はなかった。


大地の奥深くには、竜脈と呼ばれる太い魔素の流れがある。地下を流れる水脈は竜脈からの影響を受けて魔力が含まれることが多く、もともと湧き水の近くには妖精や妖のものが集まる傾向がある。だが残念なことに、シャルティアの水辺はほぼすべて澱みが溜まった状態であった。

白い妖精探しの際はローゼルムの葉を持ち歩き、澱みの溜まった水辺に入れる。そうすることで、次訪れる頃には少し澱みが解消されている。水辺のどこかに白い妖精がいるのなら、水脈を辿って澱みが晴れた水辺へと来てくれないだろうかと考えてのことだった。

前回サヤの森に入ったのは五日ほど前のこと。民家の庭先ほどの広さの、そう深くない泉があるのを見つけ、ローゼルムの葉の束を沈めておいたので、今頃は少しは澱みが減っているはずだ。

すぅ、と息を吸い込んでみると、やはり前よりこの付近の澱みが晴れているのを感じてほっとする。枝の下を潜り泉があった方へと進んで行くと、泉を覆い隠すように生えている灌木の手前に、ここに居るはずのない人物を見つけてぎょっとした。

数日前、薬草茶を調合して渡したあの魔法使いが泉の傍で口元を押さえて蹲っていた。

三度目となるその光景に、メイベルは眩暈を覚え額に手をやる。彼の様子を見るに、容態は悪化している上に、魔力はほぼ回復していない。


「……貴方、何やってるんです?」

「君は、薬草店の……」

「渡した薬草茶、飲まなかったんですか?」

「飲んだ。飲んだが……」

「じゃあなんで前より悪くなってるんですか!?」


メイベルが剣呑な表情を浮かべた時────


「……おいこっちだ、こっちで声がしたぞ」

「!?」


背後の林から聞こえてきた声に二人同時に口を閉じた。

耳をすませば複数の足音がこちらに近づいてきているのだとわかった。もしかしなくても神殿兵だろう。


「貴方まさか、そんな状態で魔法を使ったんじゃ……!」

「そう広範囲ではない、この近辺一帯に探索魔法を……」

「使っちゃってんじゃん!! そりゃ神殿兵も飛んでくるわ!

ちょっと、ひとまずどっかに隠れてくださいっ!」

「は!? 僕は別に(やま)しいことをした覚えは……!」

「いいから早く!!!」


メイベルは着ていた外套を脱いで彼の頭から被せて目の前の灌木の向こうへとどんっと押し込んだ。すぐさまバッシャーンとちょっと大きめの水音が聞こえた気がするが、同時に背後から「誰かいるのか?」という声が掛かったので慌てて振り返って灌木に背を向けた。


「はい! います、私は薬草店の娘のメイベルで────」

「あれ? メイベル?」

「マテオさん??」


木々の向こうから姿を現わしたのは、神殿兵のマテオだった。


「どうしたの、こんなとこで。ああ、薬草採取に来たのかな?」

「そうなんです。えっと、マテオさんこそどうしてここに?」

「いやね、この森の辺りで魔法の使用があったって連絡が来て、調査の応援に来たんだけど」

「そ、そうなんですね! お仕事、お疲れ様です」


メイベルは愛想笑いでごまかしながら、さきほど背後に隠した人物がどうか見つかりませんようにと願う。


「なんかさっき、大きな水音がした気がするんだが……」

「さっきそこに、もうすっごくでっかいカエルがいたから、それが泉に飛び込んだんじゃないですかね」

「カエル??」


言いながら、訝しげな顔のマテオがメイベルの背後の灌木に目をやる。片手でそっと枝を分けて向こう側を覗き込むと、確かに小さな泉の水面と、そこに広がる波紋が見えた。


「なるほど……カエルに驚いたのかい?」


笑いながら問いかけてくるマテオに、メイベルの方も苦笑いでごまかすしかない。


「昨日、小神殿前でフェアノスティから来た旅人が騒ぎを起こしたって言うし。

もしやそいつらがこの国で何か企んでるんじゃないかって、神官様たちもピリピリしてるんだよ。

メイベルもしばらくは神域近くには来ない方がいいかもしれないよ」

「……そうですか、わかりました」


何処までも、この国ではフェアノスティ王国とその民が敵視されている様子に、メイベルは複雑な気持ちになる。

私もフェアノスティから来たんですよ、と喉元まで出かかったが飲み込む。

まだ白い妖精が見つかっていない以上、波風を立てて身動きがとりづらくなるのは避けたかった。


「とりあえず、街まで送って行こう」

「いえいえ、独りで大丈夫ですので……」


慌てて断ろうとしたとき、木々の間を抜けてきた別の神殿兵がマテオを呼んだ。


「あっちで四ツ目鹿が出たらしい。急いで応援に行くぞ!」

「四ツ目鹿!? こんな神域の近くにどうして魔獣が……」


四ツ目鹿は文字通り四つの目を持つ鹿に似た姿の中型魔獣だ。基本向こうから襲ってくることはないので危険度は低いが、怒らせると二本の角で雷を打ち出してくるのが厄介だ。


「メイベル、ここは危ないからすぐ街に戻るんだ。

ごめんね、送ってあげたかったんだけど……」

「すぐ街に向かうので私のことはお気になさらず。お仕事、頑張ってください」


マテオはどこか嬉しそうな顔で頷くと、「行ってくるね」と言い残して同僚の後を追って木立の向こうへと姿を消した。

下草を踏んでいく足音が遠くなったのを確かめてから、メイベルは「はぁ~~っ」と長いため息をついた。

ひとまずごまかせたことに安堵して、再度泉を覆う灌木を掻き分けて中を覗き込んだ。


「見つからなくてよかったですね、だからこの国では魔法は使うなって言ったで……しょ……て、あれ?」


先ほどマテオが覗き込んだ時も見つからなくてホッとしたが、あらためて見てもローブ男の姿が見えない。認識阻害の外套を被せはしたが、完全に姿が消えるという訳ではないのに。

どこかに移動したのかなと思った時、視界の端に何やら赤いものが見えてさらに首を伸ばして中を覗き込んだ。

すると、灌木の影ギリギリの場所、泉の浅い部分に座り込んでいるカエル────もとい、びしょ濡れ状態の魔法使いがこちらを睨んでいた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ