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運命なんてお断り ~薔薇の瞳の魔道具師、虚弱体質の魔法使いを拾う  作者: 錫乃


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【14】良薬は面倒な客の口に苦し

薬草店に着くなり、メイベルはフードを目深に被ってえずいている魔法使いに手桶を渡した。

家の中に気配がないようだから、ローゼスは妖精探しに出かけているのだろう。


「貴方、街道沿いでお見掛けした魔法使い様ですよね?」

「? ……あ、君は、あの時の……ぅっ……」


メイベルが予想した通り、シャルティアまで移動中に街道沿いで野営していた際に泉の傍で倒れていたのを介抱した魔法使いだった。顔はフードで見えないままだが、着ている魔法使いのローブに施された装飾が同じだったので気が付いたのだ。


「知り合いだったのか?」


同行者の一人が問いかける。声から女性だとは思っていたが、フードを下ろしてメイドのヘッドドレスが見えた時、メイベルは思わず一瞬動きを止めてしまった。明るい金髪を綺麗に結い上げた女性の首元には白いブラウスの襟も見えているし、もしかしなくとも外套の下はメイド服かもしれない。

連れの魔法使い本人はまともに話ができる状態ではないので、ざっと出会った経緯をメイベルが説明した。


「なるほどな。重ね重ね、世話をかけてしまっているな」

「体調が悪い方を見たら放っておけない性分なので。

お茶は飲めますか? 薬草で作ったものなので少しは吐き気が収まると思うのですが」

「う……うぇっ……気持ち悪……」

「……ちょっと今は無理そうですね」


魔法使いの背中をさすりながら、もう一人の同行者の男性が言った。外套の下に鎧を着こんでいるようだから、こちらは騎士か傭兵かもしれない。

仕方ないかと薬棚からローゼルムの精油を取り出そうとしたメイベルの手が、躊躇いで止まった。

あの時、魔法使いの身体に触れた手から急速に魔力を吸い取られた感覚が蘇ったのだ。

それに、とメイベルは背後のフードを被ったままの魔法使いを振り返る。

その身体に触れないように気を付けながら、そっと手を翳してみる。


「体内魔力が極端に減っていますね。何か魔法を使われましたか?」

「首都の郊外でだが、探索魔法を使っていた」

「探索魔法……」

「あと、ちょっとだけ高いところに上がるのと、そこから落ちた時に落下速度を下げるために風魔法を少々……」


飛翔のための風魔法は、さほど魔力は使わずに済む類のものだったはずだ。

探索魔法の方も普通は魔力をあまり消費しない。広範囲使用が前提な部分もある魔法だから、それで魔力消費が激しいようでは使い勝手が悪すぎる。そのため、極力魔力消費を抑えて長時間・広範囲で展開できる術式が研究されてきたからだ。それでもあまりにも長く、広く探索を行えばある程度は魔力消費はするだろうが。


「魔力が枯渇寸前までとか、どれだけの広さで展開したのよ……」


思わず漏らしたメイベルの呟きを、同行者の女性が否定する。


「枯渇……? そこまで広範囲ではないはずだ」

「街道を北上しながらちょくちょく探索魔法は使ってましたから、確かにだんだん魔力が減ってるっぽくはあったのですけど」


女性の言葉を補足するように、騎士風の男性の方も証言してくれた。街道を北上しながらというから、初めて会った時も探索魔法を使ったあとだったのかもしれない。


「それでも、この者なら魔力が枯渇することはない。

魔素の循環によりいつもならすぐに回復しているからな」

「ああ……なるほど」


魔法使いの強さの指標の一つが扱える魔力の量がどのくらいかなのだが、常に身体にたくさんの魔力を溜めておいてそれを使う魔力保有型の魔法使いと、周囲の魔素を取り込み循環させることで瞬間的に魔力を生み出して使う魔力循環型の魔法使いがいる。どちらも、使える魔力量が大きければ大きいほど広範囲、もしくは強力な魔法を扱えるようになる。

女性の説明から察するに、倒れているこの魔法使いは魔力循環型の魔法使いなのだろう。

ちなみに、メイベル本人もだが、アシュリーは保有魔力量が多いタイプだった。


フード男の不調の原因はおそらく、魔法を使って澱みまみれの魔素を大量に体内に取り込んでしまったからだろう。

だがそれにしては、体内の魔力が回復していないのが解せない。

確かにシャルティアの魔素は澱んでいる。だが少々魔素を取り込んだくらいでここまで悪化するほどの濃さまでは至っていない。澱みで倒れるまでになるほど大量の魔素を取り込んだのなら、とりあえず魔力は回復していなければおかしい。


「ぅ…………」


苦し気な魔法使いの声にメイベルは我に返った。ひとまず疑問は脇に置いておき、澱みをなんとかしてやらないといけない。

街道沿いで処置したように、酷く澱みに当たった今の状態ではローゼルムの精油を触媒にして浄化の魔法を使うのが一番手っ取り早い。

ただ、浄化の魔法で澱みを排出させるには、どうしても体内の魔力を消費する。今の彼の魔力量ではすぐに体内魔力が枯渇して魔力切れを起こしてしまう。

魔力を補う効果がある魔力回復薬なら彼らも手持ちがあるようだが、一般的な魔力回復薬は、周囲に漂う魔素を体内に取り込む量を通常より増加させることで、減ってしまった魔法使いの体内魔力を補うというもの。シャルティアの魔素の澱みが原因となって不調を訴えているなら、通常の魔素取り込み型の回復薬では逆効果だ。


(この前みたいに直接私の魔力を渡すって手もあるけど……)


魔力を吸われる、というより食われるようなあの感覚は、正直恐ろしかった。

それに、浄化魔法を使えば、シャルティアに来たばかりの時のように神殿兵の持つ魔力検知器に引っかかる可能性がある。


「魔法使いの方ならお判りでしょうが、シャルティアの魔素には澱みが含まれているようなので。魔力循環型のこの方は、魔力を補うために魔素を循環させて、一緒に澱みを取り込んでしまわれたのでしょう。

一般的な魔力回復薬は魔素の循環を促進するものですから、具合は悪くなる一方でしょう。

なので、魔素取り込み型ではなく、体内における魔力生成を助けるだけの回復薬を用意しましょう」

「そんなものがあるのか?」

「ええまあ。魔素取り込み型の回復薬よりだいぶ非効率なので、あまり一般には出回ってはいませんが」

「自然回復するのを少し早めるだけ、ということか」

「そんな感じですね。

あと今の症状の改善に有効なのは、体内の澱みを排出するのを助ける薬草ですかね」


体内から澱みを排出、と聞いて、今度は騎士の男の顔色が悪くなった。


「それはもしや……下剤の類ですか? それとも嘔吐薬?」

「うぇえぇっ……」


騎士の質問に合わせたかのように絶妙なタイミングで声を漏らしたフード男に、一瞬その場にいた者の視線が集まった。が、すぐにメイベルがその考えを否定する。


「いえ……澱んだ魔素というのは、毒物を経口摂取した時のように胃の内容物を出させればよいというものではありません。今現在は酔っているかのような症状で嘔吐をもよおされていますけどね。

あくまで、体内から魔力を放出することでいっしょに澱みも排出させないと」

「だが、そうしたら今より体内魔力が減って今度は魔力切れになるのでは?」

「その通りです。現状すでにかなり魔力が減った状態のようですから、一気に魔力を放出したりすれば、すぐに魔力切れに陥るでしょう。魔力生成促進型の回復薬で体内の魔力をじわじわ戻しつつ、戻った魔力を使って少しずつ澱みを排出していくしかありません。

とにかく今は、魔力を取り戻すことより、澱みを排出することを優先しましょう。

だからしばらくは魔法は使わないようにしてください」

「はぁ!?」


メイベルの言葉に、今までで一番大きな声で魔法使いが反応を見せた。


「僕に……ぅっ……魔法を使うなって言うのか……っ……!?……うぇっ」


息苦しさを少しでも和らげようと思ったのか、はたまた魔法使い相手に魔法を禁じたのが我慢ならなかったのか、男がローブのフードを脱いで後ろに下ろす。

怒りをあらわにした魔法使いは、燃える炎のように真っ赤な髪と澄んだ青い眼の、とんでもなく整った顔をした若い男だった。

ただ、綺麗な顔なだけに、手桶を抱え込んで蹲っている今の状態がなんとも残念極まりないのだが。

メイベルとしては、薬草師としての立場で症状と対処をそのまま伝えているだけなのでさも当然だという顔で頷いた。


「今、貴方の体内に魔力がほとんどないことはご自分が一番良くご存知でしょう。

その状態で不用意に魔法をお使いになったらどうなるかも、良くお分かりですよね?」

「うぅっ…………」


しばらくむぐぐと唸っていた魔法使いだったが、メイベルの言う通り魔力が底をつきかけているのは間違いないことなので、結局は現状を認め折れるしかなかった。


ヨシ、と頷くと、メイベルは魔力生成促進型の回復薬に必要な薬草を棚から集め始めた。

それをそれぞれ計量してから浄化効果のためのローゼルムも加え、薬研に放り込んでゴリゴリとすりつぶし粉末状にする。

出来上がったものをとりあえず一回分取り分けて水を入れた小鍋に振り入れて煮出した後、手早く濾したものを少量マグに移した。


「とりあえずこれで最初に飲む分は足りるでしょう。

すっごく苦いのでそのままは難しいでしょうから────」


メイベルが言い終わる前に、赤い髪の魔法使いが彼女の手から奪うようにしたマグの中身を一気に呷った。その途端、盛大に顔を顰めて悶える。


「!?!?!? にっが……!!!」

「……苦いって言ったでしょう?

だからお茶でも水でもいいので薄めて飲んでくださいって、言おうとしたとこなのに、せっかちさんですね」

「~~~~~っ」


先ほどまでとは違う理由で口元を押さえて悶えている魔法使いに、あきれ顔のメイベルが水を差しだした。

だがしかめっ面の魔法使いは何やら意固地になってしまった様子で、「にが、く……ない!!」と言って、頑として受け取らなかった。

面倒だなこの人、という表情を隠そうともしないメイベルに、同行者の二人は苦笑しながらも丁寧にお礼を述べた。


「連れが世話になった。対価はこれでよいだろうか?」


女性に差し出されたのはフェアノスティ国内で流通する大金貨で、メイベルはぎょっとする。

大金貨は通常の金貨の価値の十倍。一般家庭なら三か月分の生活費くらいの金額である。


「こんなにたくさんはいただけません! そもそもが、私がお節介を焼いただけですので」


押し返そうとしたが、女性の手により包み込むようにして大金貨を握らされてしまった。


「見るからに厄介ごとの種になりそうな我らに救いの手を差し伸べてくれた。

感謝する。これはその気持ちだと思ってくれ」


しかたなく、メイベルはそれを受け取り礼を言う。

そして、紙切れに走り書きをして、先ほど調合した薬草の包みと一緒に差し出した。


「薬草を煮出す手順は先ほど見ていただいた通りです。実際は、もう少し時間をかけて煮詰めた方がいいでしょう。

それと街中で騒ぎを起こした後ですし……もしも逗留先が見つけづらかったとしたら、この宿を訪ねてみてください。

フェアノスティ王国の北、カラビの街に本店があるマルゴ&メリー商会の運営する宿ですから、事情を話せば宿泊を断られたりすることはないと思います」

「……お心遣い感謝する」






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