【12】白い妖精を探して
また来ると言ったとおり、マテオとギレルはかわるがわる顔を見せに来た。たぶん、巡回中メイベル達の家の近くを通る度に立ち寄っているのだろう。
二人の内、ギレルの方とは歳が近いのと、ミミズ型耕作魔道具『ミミちゃん』に興味をもって色々聞かれたもあって良く話すようになった。出会った翌日、あらためて乱暴に連れて行こうとしたことを平身低頭で謝ってくれたのも大きかったかもしれない。
ギレルは生まれも育ちもシャルティアで、国外には出たことがない。それは彼だけでなく、大抵の神皇国の民はそうなのだという。
「俺はできれば外国も見てみたかったけど」
「……そうなの?」
驚いた顔になったメイベルに、少し照れたように頭を掻きながらギレルが笑う。
「昔は、魔力量が多いとフェアノスティの王都にある学院に留学もさせてもらえたらしいんだよなぁ」
「フェアノスティに? 今はそういうのないの?」
「ないな。先代の皇王様の時代まではあったらしいんだけど。
妖精の創り出す魔力はすべからくシャルト神の恩恵。だからフェアノスティの魔法使い達はその魔力を盗み取っているんだって、神殿の教場で教わったし」
「…………なるほどね。なのに、なんでフェアノスティの学院で学んでたのかしら?」
「そーなんだよなぁ。でも実際、魔法技術はフェアノスティの方が発達してるし、学べるとこは学んでたのかも。
今も、街道を通じて民間の交易は盛んに行われてるし、国交自体だって絶えてるってわけではないから。
俺もその時代に生まれてたら留学できてたのかなぁって」
「行ってみたいんだ? フェアノスティに」
嫌いなのだと思っていた、という言葉は吞み込んでおいた。
神殿に籍を置くギレルがフェアノスティに留学できないのが残念そうなのが意外だったのだ。
「フェアノスティじゃなくても、シャルティア以外の国も見てみたい。
あと、フェアノスティ王都で出来立ての甘味が食べてみたい!」
拳を握って付け加えたギレルに、結局そっちが目当てかとメイベルがぷっと噴き出した。
シャルティアの人たちは、フェアノスティに対して良い感情を持っていない。
この国に来る前にも聞いていたが、実際に街を歩いてみてそのことは肌に感じていた。
マルゴ&メリー商会のようにフェアノスティ王国に本店があり王国の品々を扱っている店もいくつもあるし、割と繁盛もしている。でも、人々の心の底には、フェアノスティに対しての反発が根強いようだ。
端っこ中の端っことはいえ、メイベルの村はフェアノスティ王国に属している。生まれ育った国に悪感情を向けられるのは、誰だって嫌だ。
留学してみたかったなんて言っているギレルだって、出会い当日のように警戒心を強めている状況下では、フェアノスティに対して否定的な言葉を吐いていたのだから、きっと心の底から友好的という訳ではないのだろう。
(たとえお菓子の味だけでも、故国の全部が否定されてないというだけ、まだマシかな)
いろいろな会話を通してある程度打ち解けられた頃、メイベルはギレルに魔力を検知する魔道具について質問してみた。
「フェアノスティでは見たことないのか?」
「うち、山の中の辺鄙な村だったから」
魔道具師だというのを隠しているのを心の中で詫びながら訊いてみると、案外あっさりとギレルは答えてくれた。
彼の説明によると、神殿兵が携行している魔力検知魔道具は、一定以上の魔力の流れを検知した時に反応するらしい。
「生活魔道具一個一個の魔力にまで反応していたら、それこそ街中ならずーっと鳴りっぱなしになるだろ?」
「……たしかに」
引っ越し当日は、嬉しくて備品の魔道具を片っ端から作動させてみたのだ、と言ったら、それについてもギレルはすんなり納得してくれた。素直すぎるくらい素直で、誤魔化しているメイベルはますます心苦しくなったが、こうなったらとことん利用させてもらおうと腹を括った。
「ミミちゃん何個くらいまでなら同時稼働しても神殿兵さんを煩わせずにすむかな?」
「一体何個持ってきてんだよ!?」
「何個って、けっこういっぱいだよ」
「お前な……じゃあ、実験してみればいいんじゃね?」
「手伝ってくれるの?」
「何回も神殿兵に押しかけられるのは嫌だろ?」
ギレル監視の下でミミちゃんを一個ずつ追加していき、検知器がミミちゃん何個目で反応するかを調べてみた。おかげで、どのくらいの魔力量までなら検知器に引っかからないかの目安が分かった。その限界値までなら、魔法や魔道具を使っても神殿からはお目こぼししてもらえる可能性が高いということだ。メイベルは実験に付き合ってくれたギレルに感謝しつつ、心の中で謝っておいたのだった。
その一方で、魔力を極力消費しない魔法陣も研究してみた。
アシュリーもそうだったが、メイベルも保有魔力量は多い方である。村人に使ってもらう前提のものならいざ知らず、自分で使う魔道具では魔力消費の効率化など考えたことがなかった。だが、神殿兵が持っている検知器が魔道具を使う際の魔力にも反応してしまうのなら、今まで通りとはいかない。マテオ達に見せたミミちゃん以外にももちろん、メイベルはシャルティア滞在中に使えそうだと判断した自作魔道具をたんまり持ってきているのだから。
いろいろ試してみた結果、すぐ使う予定がある魔道具については極力低魔力で動くよう魔法陣の改良が終わった。他の魔道具も空いた時間に改良を進めるとして、ひとまず準備段階は終了だ。
今日からはいよいよ、シャルティアに来た最大の目的、“白い妖精”捜索のために行動を起こす。
家の周りを取り囲むように育てたローゼルムを摘み取ってメイベルが家の中に戻ると、机に広げた手書きの地図にローゼスがいくつも書き込みを入れていた。
メイベルが魔道具の改良をしていたこの数日間、ローゼスはベーゼ市街とその周辺を歩き回っていた。
紙や羊皮紙が貴重なのもあるが、国防機密の観点からも、都市や国の地図は一般にはあまり出回っていない。
ローゼス自身が記録していたおおまかなベーゼの情報と、実際に歩き回って見聞きした通りや区画の名前、周辺の森や林の配置など、出来るだけわかった内容を自作の地図へと書き込んでいったのだ。
重点的に探すのは、市街地、そして森や林に点在する泉や湧き水。
ローゼスはシャルティアにいた頃、水辺で白い妖精に会っていたのだという。
「水属性の妖精なのかな?」
「彼を見かけるのはいつも泉や池など、湧き水のある場所でした。
最後に会ったのも……神殿の泉です」
「神殿かぁ……神域内は、信徒じゃないと入れないんだよね?」
「はい。ですが、神域外の森でも彼に会ったことはあります。探してみる価値はあると思います」
二人で相談した『白い妖精捜索作戦』、その概要は────
・白い妖精がいそうな泉や湧き水の場所に絞って捜索する。
・神域に近い場所が澱みが濃いようだから、神域から離れた市街地周辺の泉から調べていく。
・もしも澱みが酷いようならローゼルムで浄化も行って、浄化後しばらく経過したら、妖精の気配が戻っていないか確かめるためまた行ってみる。
・浄化担当はメイベル、その後再び行ってみるのはローゼスもしくは二人で行う。
────というもの。
非効率極まりない気もするが、手掛かりになるのがローゼスの古い記憶だけなのだがら、今現在のシャルティアの現状を調べ、できることから始めなければ仕方ない。
捜索に当たって、一番頼りになりそうなのが『認識阻害魔法』付き外套だ。最優先で低魔力消費仕様に改良した魔道具で、地図への書き込み情報収集のために外出したローゼスにも、テストを兼ねて着用してもらっていた。
これを着ている間は、周囲の人から着用者に対する意識を薄れさせる。身体が透明になるわけではないので着用者の姿は見えているが、誰であるのか認識させず、見た人にとって気にも留めない存在だと感じさせる効果がある。
もしも誰かにぶつかったとしても、相手は着用者への認識が朧気な状態なので「誰かにぶつかったな、知ってる人だっけ、まあいっか」くらいのぼんやりとした意識しか持たれずに簡単にやり過ごすことができてしまうのだ。
『認識阻害魔法』の記述を母の蔵書で見つけた当時、幼いメイベルはかくれんぼやいたずらくらいにしか用途を見いだせなかった。
だが、人にあまり見られずに首都内を移動したい現状においては何とも便利な魔法だ。おそらく、諜報員など、今のメイベル達のように術者が隠密行動をとりたい時などに使うためのものなのだろう。
ローゼスと二人、最初の捜索地点の確認をして、摘み取ったローゼルムの束を手にお揃いの外套を羽織る。
「よーし、ちゃっちゃと白い妖精を見つけて村に帰るよっ! いざ、捜索開始!!」
そんな風に意気込んで捜索を開始してから、一カ月後────
「全っ然、見つからない…………」
「…………ですね」
歩き回り疲労困憊になって帰宅したメイベルは、長椅子に倒れ込んで呟いた。隣には、疲労は顔に出てはいないものの、同じく意気消沈したローゼスが並んで座った。
薬草店の開業と並行し、二人で手分けしてベーゼ市街とその周辺を歩き回って探索と浄化を行ってきたのだが、今までのところ白い妖精の痕跡は見つけられていない。
正直なところ、妖精が見えるメイベルは、現地の妖精に聞けば手掛かりは得られるだろうと若干安易に考えていた部分もあった。だが、そもそも、ベーゼ地内には妖精が少ないようなのだ。店舗兼自宅周辺を浄化した初日、水と大地と風の小妖精が姿を見せてくれたのが夢だったんじゃなかろうかと思うくらい、あれ以降家の周りですらとんと見かけなくなった。
それに、思った以上に首都ベーゼの魔素の澱みが濃い。特に、神域に近ければ近いほど濃くなっていく。
妖精は澱みを嫌う。だからこそ、自ら巡りゆくことで魔素の流れを生み出して澱みを晴らしてくれるはずなのに。
妖精がいないから澱みが濃いのか、澱みが濃いから妖精が姿を消したのか。どちらにしろ、忌々しき状況なのは間違いない。
中でも特に、水の汚染が顕著だった。
一度ローゼルムを沈めて浄化した泉も、すぐまた澱みに汚染されてしまう。
街道沿いの水辺で会った妖精が言っていた、『水から澱みが湧いてくる』というのはこういうことかとメイベルは暗澹たる気持ちで理解した。
「キリがない、終わる気がしない……緑の歌で一気に浄化できれば早いのに……!」
「それやると、即神殿に捕縛されますから……」
「くっ……!」
メイベルは両の手を握り歯噛みする。
首都の中心で緑の歌を高らかに歌いあげたい衝動を何度我慢したかしれない。
「これってもしや、首都の中じゃなく、ベーゼの外、シャルティア中にある全部の泉を浄化していかないと駄目なんじゃ……?」
「そう、かもしれないですね……」
「一体何年かかるのよぉ……っ」
「……すみません」
嘆くメイベルに、なぜかローゼスが申し訳なさそうに謝る。
「ローゼスのせいじゃないでしょ?
……ごめん、らしくなく愚痴った。地道に頑張るしかないよね」
時間がかかってもできる限り妖精探しを続けるしかない。
「一緒に頑張ろ、ローゼス」
「……はい」




