【11】私の娘
腰に剣を提げた兵士っぽいその男が、強めの語気で詰問してくるのに、メイベルの眉間に皺が寄る。
「ここは空き家だったはずだ。お前、ここで何をしている!?」
「今日、ここに越してきた者ですけど?」
「そんな届け出は出ていない。
それに、先ほどこの辺りで魔法の使用が検知されたんだ。お前、何か知っているだろう!?」
「魔法を?」
「魔力検知の魔道具が反応したんだ!」
男の手にあった魔力検知魔道具を見てメイベルは平静を装いながらも内心『げっ』と思った。
おそらく、彼はシャルト神殿に所属する兵士かなにかなのだろう。
先ほどメイベルが使ったのは、厳密には一般的に魔法と呼ばれているものとはちょっと別物なのだが、魔力の流れが生まれるという点では同じ。魔力の流れを検知するあの手の魔道具には間違いなく引っかかるだろう。
首都ベーゼでは魔法の使用が神殿の統制下にあることは聞いていたが、正直神域の外ならちょっとくらい大丈夫かと思っていたのだが甘かったようだ。
「ここは、マルゴ&メリー商会が薬草店を近日中に開業する予定の建物です。
なんなら、商会に問い合わせて……」
「質問しているのはこっちだ!
もういい、一緒に神殿の兵士詰所まで来てもらおう!」
「ちょっと……っ!」
「いいから来いっ!」
男が強引に連行しようと伸ばした手がメイベルに届きそうになる直前、横から白い指先が男の腕を掴んで止めた。
「なっ!?」
「ローゼス……!」
無表情のままのローゼスの指先が男の腕をギリギリと締め上げた。
もう一方の手で剣を抜こうとするのも即座に押さえつけて動きを止めた。
「私の娘が、何かいたしましたでしょうか? 神殿兵殿」
「いったた……離せ、てめぇっ!」
口調は丁寧だが、珍しく怒気を発しているローゼスに、メイベルは驚いて息を呑んだ。
「先ほど娘が説明いたしました通り、この建物は本日より商会から私共が借り受けた店舗兼自宅でございます。商会の方に問い合わせてから、出直してきていただけますか?」
「てめ……!!」
「あーっ、待て待て、ギレル!! 止まるんだっ」
押し問答になりそうなところを、庭に駆け込んできたもう一人の兵士が止めに入った。
「なんだよ、マテオさん! こいつらがこの空き家に勝手に入り込んだ上に、怪しい魔法を使った疑いがあるから詰所に連行しようとしてるとこで……!」
「ここは確かに、新しい薬草店としてマルゴ&メリー商会から届けが出ているんだ!」
「はぁ!?」
「お前が詰所を出てから、入れ違いに連絡が来たんだよ! だから問題ないんだ!」
「けど……!」
「とりあえず、一旦落ち着け!!」
どうやらもう一人が仲裁に入ってくれたらしいと分かり、ローゼスは掴んでいた男の腕を放した。
それから懐からマルゴ商会長に渡されていた従業員証を取り出す。
「私はマルゴ&メリー商会の従業員で、ローゼスと申します。
こちらは、娘のメイベルです」
「従業員証、確認しました。
こちらこそ、大変失礼をいたしました。
私は神殿兵のマテオ、こちらは同じく神殿兵のギレルです。
首都内で警邏に当たっている間、規定値を超える無許可の魔力使用が検知された場合、確認することになっているのです。
この建物はずっと空き家だったものを、そちらの商会で買い取り新店舗とするという届け出が、今日私共の手に回ってきたところなので」
「そうでしたか。
どうも、我々が予定より早く着いたので、連絡に齟齬があったようですね」
「そのようです」
穏やかそうな物言いのマテオの隣で、ギレルという兵士はまだ不満顔だ。
「魔力検知器が反応したんだぜ!?
それに、マルゴ&メリー商会つったら、フェアノスティの商会じゃないか!」
「たしかにそうだけど、あの店はもう30年近くベーゼで商いをしてる。問題も起こしてない、信頼できる優良店だよ」
「けど!」
「それにお前だって、あそこの店で売ってるフェアノスティ産の甘味がベーゼの中じゃ一番だって言ってたじゃないか」
「それは……そうだけど……」
「検知器は魔道具の使用にも反応する。空き家だったはずのここで魔道具起動時の魔力反応があったから、ビックリしただけだろ?」
な?、とマテオに宥めるように肩を叩かれ、ギレルは少し口を尖らせながらもなんとか納得してくれたようだ。
そして、あらためて、メイベルとローゼスに頭を下げた。
「先ほどは乱暴な手段を取ろうとして、申し訳なかったです」
「彼はまだ神殿兵になって日が浅いですが、首都ベーゼを護るために日夜真面目に任務に当たっています。
行き過ぎた行動は申し訳ありませんでしたが、その熱意に免じて、どうかご寛恕願いたい」
二人の神殿兵に頭を下げられ、メイベルとローゼスは顔を見合わせ頷いた。
商会の従業員であることも証明でき、なにより、メイベルの魔法使用を魔道具起動時の魔力に反応したのだということで納得してくれたようだし、ここはこのままの流れで場を収めた方がいいだろう。
「顔をお上げください。
こちらも、娘を護ろうとして少々手荒な真似をしてしまいました。
申し訳ございませんでした」
「……ごめんなさい」
双方が謝罪したところで、メイベルがおずおずと手を上げた。
「あの、ちょっとお尋ねしたいのですけど」
「なんだい? お嬢さん」
年長者らしいマテオの方がにっこりと微笑んで返事をしてくれる。
“年長者”といっても、ギレルはたぶんメイベルより少し年上くらいで、マテオの方も二十代前半くらいに見えた。
「家の中の灯りや着火の魔道具なんかは備品なんだと思うんですが。
それ以外にも、薬草畑の世話をするのに、自前の魔道具をいくつか持ってきているんです。
それを使うのは、ベーゼでは違法になりますか?」
「ふむ。どんな魔道具か、見せてもらうことはできるかな?」
メイベルが鞄から取り出したのは、杭のようなもの4本と、丸い球がいくつか。
「土を柔らかくする、ミミズ型の魔道具です。
四方にこの杭を打ってその範囲内の土を耕してくれるんです」
「使って見せてもらっても?」
「もちろんいいですよ」
メイベルは四本の杭を手のひら大の広さを囲んで打ち込み、その中心に球を一つ置いた。指先で触れて球に少量の魔力を流した。すると、淡く光った玉が細長く伸びてミミズ状に成長し、ひとりでに地面に潜り込んでいった。
「こんな感じで、ある程度の深さまでの地面を勝手に耕してくれるんです」
「ほう、これは便利だね」
感心するマテオの隣で、彼以上に食いついたのは意外にもギレルの方だった。
「すげぇなこれ、俺のオヤジの畑にも欲しいわ」
ちょっと乱暴な物言いはギレルの通常運転だったらしい。そうとわかれば、村の悪童と同じに見えて最初の悪印象もいくらか和らいだ。
それに、自分が作った魔道具が褒められれば、普通に嬉しいというものだ。
「…………商会を通して、いくつか融通できると思いますよ?」
「マジでっ!?」
心底嬉しそうにするギレルに、「あ、うん、この人も弟属性だな」と、故郷の幼馴染を思い出したメイベルだった。
「この魔道具についてはこちらで登録をしておくから、使ってもらっていいよ」
「よかった、ありがとうございます!」
「その鞄は空間庫になってるんだね?」
「はい。あまり容量はないのですけど、普通の鞄よりは便利で助かってます」
「他には? 登録する魔道具はないのかな?」
「いえ、特にはありません」
「そう。わかったよ」
嘘と真実を交えた会話の末、二人の神殿兵はまた来るよと言いおいて帰って行った。
家の正面側で二人を見送り、彼らの姿が完全に遠ざかったのを確認してから、ローゼスが心配そうにメイベルを見た。
「メイベル、『緑の歌』を使ったのですか?」
「うん。周りをローゼルムで囲んで浄化したら、せめて家でなら魔素の澱みの影響は受けずに済むんじゃないかと思って」
「先ほどまで腕輪をしていたのにいきなり浄化の魔法を使うなんて……気分が悪かったりはしませんか?」
「大丈夫よ。それにしても、神域の外でもああして神殿兵が魔力検知器を持ち歩いてるんじゃ、おいそれと魔法は使えないね」
「魔道具の使用も、ですね」
「ほんと、窮屈な国だなぁ」
一応、今日の所は納得してくれたように見えたが、監視対象であるとみなされていても不思議ではない。実際また来ると言っていたし、しばらくは大人しくしておいた方がいいかもしれない。
「でも、思ったより、感じ悪い人たちじゃなさそうだったね」
「……そうですね」
窮屈だなどと言いながらも、メイベルの口元には微笑が浮かんでいる。
ローゼスも、最初こそ警戒していたのだが、こちらの話を聞いた後は魔道具使用についても便宜を図ってくれたりと、拍子抜けするほど親切だった。
(魔法使用を咎められずにすんでホッとしたのもあるだろうが)
それにしても、やけに機嫌のいいメイベルの横顔に、ローゼスが訝しむ。
「もしかして先ほどの若者たちが気に入ったのですか?」
「んー、なんかギレルさんは、ウィルとよく似てるなぁと思って。顔じゃなくて、性格的な意味で」
「ああ、確かに……では、マテオさんの方は?」
「マテオさんは、なんていうか、人当たりはいいけどちょっと油断ならない感じ。
空間庫の容量のことも、ちょっと疑ってるぽかったし、面倒そうな人だね」
説明された内容は、ローゼスが二人から受けた印象とそう変わらない。
「ならどうして、そんなに機嫌がいいんです?」
首を傾げたローゼスに、メイベルは機嫌のよさを隠そうともせずふふふっと笑みを零した。
「だってさ、嬉しかったんだもん」
「何がです?」
「ローゼスが『私の娘』って、言ってくれたの、なんかすごく嬉しかったの」
「…………あ」
「兄弟じゃなく娘設定にしてほんとよかったなー、と思ってさ」
嬉しそうに頬を染めて、くるりと家の方へと歩いていくメイベルをローゼスは無言で見送った。
華奢な後ろ姿が玄関から家の中へと消えた後、手を口元にやったローゼスの顔には、メイベルに負けないほど嬉しそうな微笑みが浮かんでいた。




