【9】神様に加護された国へ
「見えてきたよ、あれがシャルティア神皇国の首都、ベーゼの商人街だ」
隊商頭のジオールに言われて、メイベルは荷馬車の幌から顔を出して外を覗き見た。
天候に恵まれたこともあって、メイベル達を加えた隊商は予定よりもだいぶ早くシャルティア国境を越え、ついに神皇国首都ベーゼへと辿り着いた。
首都の中央通りだというそこは、馬車道も広く、両脇の歩道にも人がたくさん行き交っている。
マルゴ商会長と会ったカラビの街は赤や黄色のレンガを使った建物がほとんどで、街全体が賑やかな印象だった気がする。比べてベーゼ市街地にある建物は石造りのものが多く、全体的に茶色と灰色の落ち着いた街並みだった。
「あの丸い大屋根が、シャルト大神殿だな」
建物群の向こうに見える半球状の大屋根を指差してジオールが言う。
「大きな建物ですね。通り沿いの街並みも立派ですし、人も多いです」
「北へ向かう街道はこの街を通っていくからな。
ベーゼを過ぎると、すぐ寒さが厳しい土地に入るから、物資の補給とかはここでしていくものがほとんどだ。
北に入らずにここで折り返してまた街道を南に下って行く者達もまた、ここで旅の備えをするわけだし。
だから、わりと何でも売ってるし、うちの商会同様、街道貿易の拠点を置いてる大店も多いのさ」
「カラビからここまで、ほんとにお世話になりました」
「どういたしまして。それにこれから同僚になるんだろう? 仲間を助けるのは当然のことだ。
若くて美人の君の父さんにも荷物の上げ下ろしとか、美味い食事とか、いろいろ手伝ってもらってずいぶん助かったよ」
美人呼ばわりされたローゼスは、感情を殺した顔ではははと乾いた笑いを漏らしていた。
「で、君たちはこの後どうするんだ?」
「まずは商会の支店長さんにご挨拶して、お借りするお店兼自宅の建物に行って荷物整理して……。
あと、時間があれば大神殿も見物しに行きたいですね」
「そりゃあいいな。しっかり者の、いいお嬢さんだな」
ジオールの言葉に、ローゼスは嬉しそうな表情を浮かべた。
「ええ、自慢の娘です」
一応、二人の身分は『従業員と彼が連れている娘』であるのだが、他者に対しては普段通りメイベルが主に話をしてローゼスは見守り役に徹している。そうしているうちに、『しっかり者の娘と寡黙な父』という風に周囲からの印象が定着しつつあった。
マルゴ&メリー商会ベーゼ支店は、カラビの商会本部よりはいくぶん小さいが、中央通り沿いに立つ立派な建物だった。
着くとすぐ、栗色の髪の女性が溌溂とした笑顔で出迎えてくれた。
「思ったよりも早く着いたわね!
はじめまして、私がベーゼ支店長のナルシーよ!」
「お世話になります。
新しい薬草店を任されたローゼスと、娘のメイベルです。
これからよろしくお願いいたします」
「よろしくね!
旅の途中、うちの旦那様はちゃんとお役に立ったかしら?」
言われてメイベルとローゼスは「旦那?」と顔を見合わせる。
そこへ、荷下ろしの采配を終えた隊商頭のジオールが顔を出した。
「今回の荷の目録だ、確認を頼む」
「わかったわ。お疲れ様、あなた」
「ああ」
あまりにも自然に言葉を交わしながら互いの頬に口づける二人に、メイベルとローゼスはしばし呆然とした後────
「ええーーーーっ、ジオールさんの奥さん!?」
我に返ったメイベルが思わずそう叫んでしまった。
ローゼスに窘められごめんなさいと謝るメイベルに、ジオールは今更ながら照れ臭そうにそっぽを向き、ナルシーは「いいのよー」と笑った。
ジオールは壮年を少し過ぎ、メイベルくらいの子供がいてもおかしくない歳に見える。一方のナルシーはどう見ても二十代前半だ。もしかして魔法使いかとも思ったが、実際二人ともそのくらいの年齢らしい。
「年が離れてるから、娘に間違われることもあるの。私がしつこく迫ってようやく二年前婚姻したところなのよ。
貴方たちは逆に親子には見えないくらいだけど」
「若くてかっこいいでしょ、うちのパパ」
「ほんとねぇ。あたしの好みとは違うけど」
「確かに、ジオールさんとは真逆のタイプですもんね」
用意していた台詞を早速言うことになったなとメイベルは思う。
そして案外すんなり親子だと納得してくれるもんなのだなとも感じた。
ナルシーについてはマルゴ商会長からの事前説明があった可能性もあるかもだが、ベーゼまで一緒に旅した隊商の面々も最初こそ親子だと聞いてびっくりしたがあとはすんなり受け入れてくれた。
中には目元がそっくりだなんて言ってくる人もいたほどで、メイベル自身も嘘や誤魔化しをしているという感覚がだんだんとなくなってきた気がする。
(家族なのは本当だものね)
女性二人に見つめられて、後半の会話が聞こえていなかったらしいローゼスはきょとんと首を傾げていた。
「なんですか?」
「なんでもないよー」
「?」
「ふふ。ああ、これを渡しておくわ。
頼まれていた店舗兼自宅の物件の地図と鍵。生活に必要なものは一通り揃えてるけど、何かあったら言ってね」
「ありがとうございます」
挨拶等諸々の手続きを済ませたあと、メイベルとローゼスはナルシー支店長が選んでくれたという店舗兼自宅へと向かった。
「シャルティアは思ったより、寒くないね。カラビの方が南にあるのに、むしろこっちの方があったかい気がする」
「首都ベーゼは創世神の加護のおかげで常春に保たれているのだと言われていますが」
「ふぅん……」
創世神の加護、と聞いて、メイベルの眉間に薄く皺が寄る。そして上向き加減に、自分の周りにある風や空気の様子をうかがうようにきょろきょろと視線を動かした。
「メイベル、どうかしましたか? 少し顔色が良くないですが魔力止めの腕輪のせいで不調なのでは?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど……」
ローゼスが小声で訊いてきたのに首を横に振りながらも、うーんと唸る。
シャルティアが魔法使いに対して過敏に反応する国だと聞いて、メイベルは国境越え以降、魔力使用を制限する腕輪型魔道具を付けていた。これを使うと、体の内外の魔素がほとんど動かせなくなり、魔力がほぼ使えなくなる。職業的魔法使いではないがその素養があるメイベルはほぼ無意識に魔力を使ってしまうかもしれないので、念のためだ。
ちなみにローゼスは魔力が全くないので、腕輪は不要である。
旅の途中で予想した通り、カラビを出て以降シャルティア領内に近くなればなるほど魔素の澱みは増している。
妖精が作り出す流れに乗れない魔素は澱みを孕むのだと、以前物知りの銀髪の少年が教えてくれた。魔素が動くことによって生み出されるのが魔力。だから澱んだ魔素から生まれた魔力もまた澱みを含んでいるのだと。
「ローゼスは、平気?」
「大きな変化はありません。不調が出ているのは旅に出る以前からですので」
「そっか」
シャルティアに近づくことでローゼスの調子が劇的に悪化するパターンもあるかと危惧していたが、それはなかったようでホッとする。
魔力止めの腕輪をしているにもかかわらず気持ちの悪さを感じるほど魔素の澱みは濃い。
シャルティアの首都に近いほどそれが濃くなっているのは何故なのか。
(神様に加護を与えられた国、なのにね)




