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運命なんてお断り ~薔薇の瞳の魔道具師、虚弱体質の魔法使いを拾う  作者: 錫乃


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プロローグ──妖精王の瞳は何色か


遥か昔、創世の妖精王は混沌の中からいくつもの世界を創っていった。

生まれたばかりのこの世界は、魔力の素“魔素”が濃く澱み、あまりにも不安定だった。

自らが生み出した世界が安寧とは程遠い状態に陥っていることを憂いた妖精王は数多の眷属と竜たちを連れて、妖精の世界とこちらの世界、二つ世界の境界を越えて降り立った。妖精王は力弱き妖精達に命じて世界中を巡らせることで魔素に流れを作り、停滞していた魔素が孕んだ澱みを晴らして世界を澄んだ魔力で満たしていったという────


美しいソラン海を挟んで向かい合う南北の大陸。

そのうち北大陸の方には、妖精王にまつわる建国神話を持つ国が二つある。


一方は北大陸の中央を東西に横断する竜壁山脈の北側、西海岸沿いに伸びる街道近くにあるシャルティア神皇国。

白い髪と薔薇色の瞳をもつ妖精の王たる創世神シャルトは、世界の混沌を収めた後、シャルティア皇王家の祖先と彼の民を選び、彼らの土地に加護を与えた。

今から約二五〇年ほど前、創世神シャルトを崇める民達は加護を受けた土地に一つの国を建て、自らの国を『神の国シャルティア』と呼ぶようになった。

シャルティアは神の恵みにより護られており、大神殿がある首都周辺は北方にあって冬でも雪に埋め尽くされることがない。

そして何よりこの国が特別だとされるのが、シャルト神殿に仕える神官たちは創世神の加護により病や怪我を癒す魔法が使えるらしいということ。その点を以て、シャルティア神皇国は北の小国にも関わらず、南北両大陸にその名を知られている。


もう一方は山脈の南側全域を領土とするフェアノスティ王国。

白絹の髪と金眼の妖精王は、澱んだ魔素により歪んだ生き物──“魔獣”の討伐を生業としていた一族の中で最も強い力を持った魔法使いに『妖精の土地の守護者たれ』と“フェアノスティ”の名を与えた。

そして、力ある妖精の中から番人を選んで、世界各地に作った妖精の世に繋がる“門”を見守るよう申しつけた。妖精王が潜ってきた最初の“門”の番人となった竜王もまた、フェアノスティ一族のうちの一人を気に入って守護者としての契約を結んだ。

こうしてこの世界は竜と妖精、そして彼らが作りだす魔力で満ちたのだ、というのが王国建国記にも書かれた神話である。

原初の時代以降長らく、フェアノスティ家は竜王が守護する“門”がある竜壁以南のちょうど中央部にあたる地域を、同じ一族から分家した者達は周辺各地に点在する“門”のある土地を、各々ばらばらに治めていた。

散らばっていた各家がフェアノスティ家を王に推戴して結集し、祖先が妖精王から託された土地のすべてを統一して王国を建てたのが今から二〇〇年前。

国内各所に存在するという妖精達の通る“門”の影響か、フェアノスティは他のどこよりも魔法使いが多く生まれる土地で、魔法そのものも、それを生かすための技術の研究も盛んに行われている。

魔法使いが護っている妖精の土地。そんな意味も込め、フェアノスティ王国は『妖精と魔法の国』とも呼ばれている。


二つの国の伝承のうち、どちらがより真実に近いのか。

それを知るのは、長命な竜やエルフなど、ほんの一握りの者だけである。


  *~*~* *~*~* *~*~* *~*~*


フェアノスティ王国が建国されてから二〇〇年目の秋の終わり。王国の都エリサールは記念すべき節目の年の建国祭のただ中にあった。

王都内の各所には例年よりも賑やかな市が立ち並び、広場では王城から下げ渡された食料や酒類などが無料で振舞われている。

民がそれぞれ祭りを楽しんでいる頃、王城エリシオンでも王侯貴族が集まった恒例の舞踏会が開かれていた。


「お久しぶりですね、カラクト伯殿。ご子息もずいぶん大きくなられた」

「ご無沙汰いたしております、ミアゼ侯爵閣下」


あちらこちらで社交の輪ができあがる中、王族の登壇が告げられた。


「王子殿下方はますますご立派におなりですな。いやあ、我らが王国の未来は明るい」

「ところで、今年も王弟殿下はいらっしゃらないのでしょうか」

「もう何年も社交界から遠ざかっておられますものね」

「ご挨拶させていただく機会があれば、と期待していましたのに」


残念そうに話すのは幼い令嬢を連れた侯爵夫人だ。

通常、酒類が振舞われる舞踏会には未成年者は同伴させない。だが、建国祭の舞踏会だけは特別に、婚約者がまだ決まってない子女に限り一度だけ、保護者に同伴しての参加が許可されている。

魔法使いが多く生まれるフェアノスティにおいて、王侯貴族は特に強い魔力を持つ者が多い。

魔力とは生命力のようなもの。強い魔力を持つ者は、他者より怪我の治りが早かったり、外見が変わらないままに非常に長命だったりすることもあった。そしてそういった者は、魔力の相性が良い者同士でないと子に恵まれにくい傾向があり、幼い頃に子供同士を対面させ魔力の相性を見たうえで縁組をする、ということがフェアノスティの王侯貴族の間では昔から行われてきた。

建国祭の舞踏会では未婚の王族との対面も許されるので、王家と縁づくことができるチャンスである。

魔力の相性が芳しくなく未婚の王族達との縁を結ぶことが叶わなかった子は、翌日の昼間に王城で開かれる茶会に参加して貴族の子女同士の交流に入る。ここでも、魔力の相性を見たうえで両家で話し合い、折り合いがつけば縁組を正式に王家に届け出る。舞踏会で未婚王族と直接対面できる機会は一度きりだが、貴族の子供同士の交流茶会は毎年参加できるので、正式な社交界デビュー前の練習の場ともなっていた。

そんなわけで、貴族家にとって建国祭に王城で行われる一連の行事は、子供たちの将来が決まるかもしれない大事なイベントでもあった。


舞踏会場である大広間の高所に設けられたバルコニー。派手に装飾が施された煌びやかな会場内で幼い王子の前にできた対面待ちの長い列をそこから見下ろしながら、袖口や裾に銀糸で緻密な刺繍が施された濃紺のローブを着た青年が「大変そうだなぁ」と呑気な感想を漏らしていた。

他人事のような表情を浮かべるその瞳は透き通った青。そこにかかる髪は鋼の光沢を持つ黒だ。明るい髪色が多いこの国では黒髪は珍しく、少々目立つ。下からよほど見上げないと存在を気づかれないような場所にいるとはいえ、誰かの目にとまるのは避けたいと思った青年は背中におろしていたローブのフード部分をすっぽりと被って髪を隠した。


「またこんなところにいたのか、其方(そなた)は。しかもそのような格好で。正装はどうした?」


背後から掛けられた声に青年が振り返れば、父方の叔母が豪奢なドレス姿で腕組みをしながら立っていた。変わり者だと言いつつも、青年のことを気にかけかまってくれる親族のうちの一人だ。


「別にいいじゃないですか。魔法使いが魔法使いっぽい恰好をしてるんですから、問題ないでしょ。

叔母上こそ、よくそんな重そうな格好でここまで上がって来られましたね。対面式にご臨席ではなかったのですか?」

「もう済んだ」


短く答えた叔母は、バルコニーの手すりから会場を見下ろす。そして先ほど王族との対面を終えほっとした様子の我が子を見つけて微笑んだ。そして笑んだままの瞳に少し揶揄う色を乗せて、隣に佇む青年に視線を寄越した。


「其方も本来なら、あそこにいるべきなのだぞ?」


言われた青年は、思わずといった様子でぷっと噴き出した。


幼子(おさなご)に交じってあの場に立てと?」

「『運命』の相手を見出すための宴だ。必要だろう?」


魔力の相性が良い相手のことを、フェアノスティの高位貴族や魔法使い達の間では『運命の相手』と呼ぶことがある。それが少々ロマンティックがすぎる噂となって平民や、ひいては他国にまで伝わっているらしいのだが。

それを知っていてなお『運命』などという単語を持ち出して揶揄ってくる叔母に、青年がはははと乾いた笑いを漏らす。


「必要ないですよ、僕には」

「必要なくはないだろう? 其方もまだ若いのだし。

だがまあ、『運命』が本当にあるとするなら、このような場を設けなくとも出会いは訪れるだろうがな。

その手の出会いはこちらが必要としてなくとも、向こうから勝手に訪れるものだろうから」

「なんですかそれ、迷惑だなぁ」


フードの下でくつくつと笑いを漏らす青年に、ドレスの女性は揶揄ったのを棚に上げて困ったようにため息を落とした。ほっそりとした腕を伸ばし、そっとフードに隠れた青年の頬に指の背で触れる。


「たとえ『運命』でなくとも、其方が心から笑顔になれる相手との出会いが必ず待っていると、私は信じているぞ」

「………………ありがとうございます」


フードに隠れたまま小さく聞こえた感謝の言葉に笑むと、ドレスの女性はバルコニーから降りて行った。


「運命など……」


独り残された青年の呟きが落ちる。

フードの中から煌びやかな会場を見下ろす澄んだ青い瞳には、何の感情も浮かんでいなかった。



同刻──────


フェアノスティ王国の北にある小さな村から、二つの人影が旅立とうとしていた。

狭い家の中を見回し荷造りに抜かりがないのを確認すると、小さい方の人物が玄関扉を閉じて魔法で封印を施した。


「忘れ物はありませんか、メイベル?」


歩み寄ってきたもう一人に尋ねられ、メイベルは振り返りながら特徴的な薔薇色の瞳を輝かせて明るく笑う。


「それ、何回目の確認? ほんと、ローゼスは心配性ね」

「忘れん坊の誰かさんのせいですよ」


ローゼスと呼ばれた若い男は揶揄うように言い返しながらも、その藤色の瞳を細めて柔らかく笑った。

そして、メイベルはローゼスと並んで、家の横に寄り添うように建つ小さな建物の前に立った。

建物内は静まり返り、明かりもついていない。だが二人は中に居る大切な家族の存在を、確かに感じ取っていた。


「行ってきます」

「行って参ります」


それぞれ出発の挨拶をすると、二人は北へ向かう街道を目指して歩き出した。



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