黒き狭間の騎士(1)
アストルガ副団長のお話です。
私は──いや、我がアストルガ家は、王家を支える影の一族としてずっと生きてきた。王命は至上のもので、その内容を吟味することは我々の仕事ではない。拝命した仕事はすべて完璧にこなす。それがアストルガ家の家訓であり、家人は物心ついたときからそう躾けられてきた。
だから、私も疑問など持たなかった。どんな命も実行してきたし、それが当然だからと思っていたからだ。
──だが、私が“それ”に疑問を持ったのは、数年前のことだった。
病を得てからというもの、王は徐々におかしくなっていった。
若い頃は“黒の御者”としての仕事を命じられることはなかったのだ。生涯、この王の下では黒の馬車を出すことなどないとさえ思っていた。
しかしながら病が王の御身を縛り、自由を奪い始めると、とうとうその命は下されてしまった。一番初めはボスコスクーロ公爵。王の従兄弟だった公爵は、身ごもった若い後妻と共に馬車に乗せられた。それを皮切りに、何人かの貴族が馬車に乗せられていく。
各地で起こるひどい魔物の被害が馬車の存在を隠していなければ、“黒の馬車”の存在は人々の口の端に上っただろう。しかし彼らの死は魔物によるものとされ、人々の魔物への恐怖は募ったものの、その裏に隠された王の意志は知られることはなく、同時に“黒の御者”の存在も闇に隠れたままとなっていた。
馬車の囚人となった人々は、一様に皆王を罵り、王命に従う副団長を非難した。国を、人々を守るべき王国騎士団の副団長が暗殺をしていいのかと。
──人々を守る騎士として生きていた私にとって、その言葉はひどく苦かった。アストルガ家当主として、王命に従って“黒の御者”となることは当然のことであったし、その仕事は我が一族の本職でもあった。
けれど、“フロリード・アストルガ”個人としてはどうだろう。王国騎士団副団長の位を拝命している身として、御者となることは本当は恥ずべきことではないのか?
だが、そのときの私は疑問の芽を胸に潜ませたものの、王命に背くことをよしとせず、御者を続けることを選んだ。
そんなある日、この世に聖女が降り立った。天晶樹を浄化し、この世界を救うはずの聖女は、けれども予想に反し王宮を混乱に陥れていく。世話役として付けた侍女を排し気儘に振る舞い、見目好い者たちをまわりに侍らせる聖女に、彼女もまた馬車に乗せられるのかと思ったが、さすがにそれは杞憂だったようだ。
とはいうもの、いつかその日が来る。そう思わせるほどに聖女の行動は目に余った。彼女に王妃は務まらないだろう。世界を救った聖女を乗せた馬車の手綱を握る覚悟を、今から固めておかねばならない。
そのとき私は、“黒の御者”と“王国騎士団副団長”、どちらの顔をしているのだろうか。




