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セレス、引継ぎをする

「隊長!」

「おかえりなさい! ご無事でなによりです!」

「隊長! 帰ってきたんですね!」


 ルチアと一旦別れ、騎士団の控室に向かった俺を迎えたのは、隊員たちのあたたかい歓迎の声だった。

 もう、随分と留守にしていたけれど、やはりここに戻るとしっくりくる。騎士になってからずっと隊を異動することなくきたから、家に帰ってきたような、家族と再会できたような、そんな気分だ。

 また、そう思ってくれたのは俺だけではなかったようだった。隊員たちも涙を浮かべたり、顔を輝かせたりと色々だが、皆帰還を喜んでくれている。


「おかえりなさい。お疲れ様です」


 奥から顔を覗かせたのは、留守の間、第三隊を任せていた副隊長のキーン・ダルカイスだ。いつだって淡々としているキーンは、この日もいつも通りだった。


「すべて、無事に終わりましたか?」

「ああ……」

「退職の件なら聞いています。淋しくなりますが、まぁ、貴方にとっては栄転というか、いいことですしね。反対はしません」


 淋しいですが、と最後にもう一度付け加えるところを見ると、表情は変わらないし口調はいつものままとはいえ、キーンなりに別れを惜しんでくれているようだった。

 そんな様子を見た俺は、咽喉になにかが詰まったような心地になった。大切な、たった一人の女性を見つけて奪われて、やっとの思いで取り戻して、ようやくともに歩けるようになったけれど、代わりに手放すものの重さを改めて思い知らされた気持ちだ。これ以上騎士を続けてはいけないというのは自分で決めたことだったし、もちろんその決心はけして揺らいではいないものの、それでもなんとも言い表せない想いが、胸に去来する。


「後任は、そのまま繰り上がる感じか?」

「いえ、私は隊を率いるよりはサポートが向いているのだと、貴方の不在中に嫌というほど思い知らされました。ぶっちゃけ面倒なので、他の方を隊長としてもらうよう申し入れ済みです」

「……ごめん、そんなに大変だったのか。ありがとう、キーンが支えてくれたから、思う存分動けた。本当に助かったよ。それなのに、すまない」


 俺の謝罪に、キーンはふっと破顔した。キーンはその物腰もあいまって、普段は実年齢よりもっと年上に見えるのだが、笑うと年相応に見える。


「今度の隊長は私より年上なんですけど、貴方とは違って適当というか……まぁ、この隊のカラーもだいぶ変わりそうな雰囲気です」

「もう面通しは終わってるの?」

「そうですね、貴方が戻られた後くらいに」

「へぇ。じゃあ、今日からの引継ぎで初めて顔を合わせるのは、俺だけってこと?」


 後任の騎士について尋ねると、キーンだけでなく他の隊員もなんとも言えない含み笑いをしだした。あまりにも皆で同じように笑うので、絶対なにかあると思っていると……。


「よ~ぉ、隊長サンよぉ! 準備はいいかぁ?」

「は?」


 ドアを開けて入ってきた人物に俺が絶句するのと、隊員たちが爆笑するのは同時だった。


「な、ガイウスさん!?」

「驚いたか~? 驚いたろう? オレも最初に話を持ってこられたときは驚いたぞ!」


 熊のような大きな身体を自慢げに反らせるその男は、間違いなく先日まで俺と旅をしていたガイウスに間違いなかった。


「さて、隊長サンよ、おまえさん、引継ぎの前に一つやることがありそうだが?」

「そうですよ! 覚えてますよね? ちゃんと伝言したんですから」


 ガイウスの陰から出てきた隊員の顔を見て、俺はハッとした。そっと、肩に誰かの手が乗る。一人ではなく、何人もの。


「そうですね。ちゃんと伝言を伝えたと、新隊長から証言をいただいております」

「キーン……」

「覚悟、決まりましたよね~? 隊長?」

「アスカリ……」

「そうそう、隊長、ご結婚おめでとうございますぅ。なんですか? 出し抜くだけじゃなく結婚まで決めて、満足ですか? 卑怯すぎて涙が出ますよ、僕」

「ブリッツィ……」


 ガイウスの言葉を皮切りに、隊員たちの手が肩に乗せられていく。皆一様に笑顔なのが怖い。竜討伐に加わらなかった新規隊員たちが、若干引いた顔で隊長と先輩のやり取りを見守っているが、助ける気はさらさらないのが見て取れた。


「さぁ、引継ぎの前に、結婚祝いですね。隊長、頑張ってください。あ、私も後で参加しますから、よろしくお願いしますね」


 笑顔だったキーンが、再び真顔に戻ったのが合図だったようだ。ガイウスが無責任に「やったことの責任は取るんだぞ~!」と煽ってくるせいで、拘束する隊員たちの手に力が籠った。


 その後のことは、話したくない。心情的には、竜退治より大変だったかもしれないと、ちょっと思う。

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