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たとえばこんな平凡な日々

 セレスさんと結婚して。

 マリアさんが帰ってきて。

 マリア=エレナが産まれて。


 そうしてわたしの生活は一変しました。


 ハサウェスにいた頃とも、アールタッドにいた頃とも違います。

 こんなにぎやかな家ははじめてです。


 わたしにとって、家というものは、静まり返っているものでした。

 小さな頃はお母さんと二人、それなりににぎやかだったんですが、それも十を数えるころには病に倒れたお母さんのため、わたしはできるだけ静かにしていましたし、ひとりきりになってからはなおさらです(自室の中では他に喋る相手、いませんでしたしね)。

 ですが、今、わたしが暮らしている“家”は違います。必ず誰かしらが側にいて、挨拶には挨拶を返してくれて、たわいもない雑談をしながらご飯を食べれる、そんな場所です。

 ──それは、かけがえのない場所でした。


          ◆


「だぁ!」


 小さかったマリア=エレナはすくすくと育っていき、あっという間に泣き声だけでなく、可愛らしいその声を聞かせてくれるようになりました。


「あ~ぅ、わ~、あ~たぁ!」

「なにを話してるんでしょうかねぇ」

「きゃ~あ~あ~」

「歌ってるみたいだよね」


 その日、キッカさんたちが整えてくれた子ども部屋で、わたしとセレスさんはラグの上で寝返りを打とうとしているマリア=エレナを眺めながら、家族三人でゆっくりとしていました。


「あ~あ、た~! きゃ~あ!」

「喋ってる風なんですけどねぇ、なにを言ってるのか、早くわかればいいのに」

「う~ぁ、あ! あ! あ~わ~ぁ」

「でも、こういうのも可愛くていいよね」


 マリア=エレナは、容貌も色合いも、全部セレスさんにそっくりでした。わたしに似ているところを探しても、なかなか見つかりません。セレスさんは「耳の形が似てる!」っていうんですが、自分の耳を鏡で見ても、似ているかどうかまではよくわからないです。

 でも、セレスさんに似ているなら、きっと美人さんに育ちますね。産まれたときも可愛かったけれど、表情が出てくるようになってさらに可愛くなりました。セレスさんは「誰にもあげない!」と、大切な宝物を抱くようにマリア=エレナを抱きしめますが、この子が大きくなって、家族になりたい大事な人を見つけたら、多分大騒ぎになりますよね……大丈夫でしょうか。


 そんなマリア=エレナには、魔法使いの才能があるそうなんです。

 子どもが産まれたという知らせを受けて、先日エリクくんが遊びに来てくれたんですが、らしい・・・というかなんというか、魔力測定器を持参していたんですよね。けれど、幼いながらそれなりの数値が出たのにはびっくりしてしまいました。

 エリクくんは「十になったらアカデミアにおいで!」と、マリア=エレナに話しかけてはセレスさんにつまみ出されそうになっていました。なんでも、エリクくんがアカデミアに入ったのは十歳のときだったのだそうです。たった二年で学生から研究員にまで上り詰めるとか、エリクくんはすごい人だったんだなぁ、と、改めて思ってしまいます。

 ですが、セレスさんの溺愛っぷりを見ると、ひとりで王都アールタッドに行かせてもらえるとは思えないですね……。子どもの選択肢を狭めないように、その前に色々と言い含めないとだめかもしれません。


「マリア=エレナは、どんな大人になるんでしょうね」

「大人になんてならなくていいのに。マリア=エレナ、ずっとここで……」

「ぎゃ! ぁああああああ~! あああ~ん!」


 色々心配になったわたしが、セレスさんに子どもの将来に関しての話を振ろうとしたら、当の本人に泣かれてしまいました……。


「どうした、マリア=エレナ、お父さんだよ~」

「ぎゃああああ!」

「大丈夫だよ~」

「みにゃあああああああ!」

「……ルチア、お願いして、いいかな……」


 泣き出したマリア=エレナをあやそうとしたセレスさんでしたが、大泣きしながらものすごい勢いで暴れてわたしの方へ身体を伸ばすので、早々に諦めて手渡してきました。がっくりと肩を落とすその姿に可哀想になりながら、わたしは我が子をあやします。


「どうしたの? お腹空いた?」

「んっ……、ひっく……っく、ん……」


 単に抱っこしてほしかったのか、マリア=エレナは胸元に顔をこすりつけると、しゃくりあげながらキュッと小さな手でわたしの服を握りしめます。

 その小さな身体を抱きしめながら、わたしはその温かさに思わず口元がゆるんでしまいました。


 大切な家族。わたしのあたたかな居場所。

 旅をしていたときと違って穏やかな時間だけが過ぎていくここですが、その穏やかさが、今はなによりも嬉しいです。

 この子が旅立つその日まで、ここで何気ない日常を過ごしていきたい。

 それが、わたしの今の願いでした。

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