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王太子殿下のご婚約(3)

 うちの父は、家族を大事にする方だと思う。母は別格としても、僕たち子どもたちも溺愛されている。特に、唯一の女の子として、姉マリア=エレナは大事にされていた。


「いやいや、うちの娘は王太子妃には相応しくありませんよ」

「そんなことはない! 俺はエレナ以外の妃はいらない!」


 そして、僕の親友であるところの王太子リカルド殿下は、幼少よりうちの姉のことが好きで仕方がない男である。物心つく前から慕っているのだから、一途というかなんというか。

 まぁ、そんな男二人が縁談のことで顔を合わせたら、揉めないわけがない。リカルドは、ある意味母が好きで仕方がない父と被るところがあるので、同族嫌悪かもしれないと、僕は内心思う。


「まだエレナは十六なんです。去年王立学院に入学したばかりだし、結婚なんてまだまだまだ」

「ブランカ辺境伯の奥方が結婚されたのも、母上が結婚されたのも、十七のときだと聞く。婚約期間が一年とすれば、ちょうどいいじゃないか」

「私や国王陛下は成人済みでした。王太子殿下はまだ十四になられたばかりでしょう。まだ早いのではないですか」

「結婚するときには成人の儀を迎えているから問題ない!」


 僕は目の前で繰り広げられる、父と親友の不毛な口論にため息をついた。かれこれ一刻ほど続けられているこの問答は、まったくもって答えさきが見えない。

 これは口を挟むべきか、それとも援軍を呼ぶべきか。そう考えていると、リカルドの口から思いもよらない言葉が飛び出した。


「エレナからは承諾を得てるんです!」


 だが、父は折れない。にべもなく切り捨てる。


「昨日王都こちらへ来たときに会いましたが、娘からそんな話は聞いていませんね」


 たしかに僕もそこに同席したが、姉は結婚の話などこれっぽっちもしなかった。さすがにあのぽんやりした姉でも、自身の結婚が確定しそうならば父に報告しないわけがない。


「殿下、承諾って、姉はなんて言ってたんですか?」

「魔法勝負でエリクに勝てたら、なんでもお願いを聞いてくれると言った。そして、先日僕はエリクに勝った。魔族も怖気おぞけを震うほどの悪逆非道な勝負だったが、間違いなく勝ったのだ! そして、その旨をエレナに伝えたら、約束は守ると返信があったぞ!」


 真剣な顔でリカルドは告げるが、その内容に僕は額を押さえ、父は鼻で笑った。伝わってない。絶対姉はそれが遠回しな求婚だとは、理解していない。


「……あのさ、殿下。うちの姉は母に似てニブいから、多分その真意は伝わってない」

「なっ……! だが、そうした方がいいと……」


 僕の突っ込みに、リカルドが青ざめる。そのまっすぐすぎる様子に、さすがに憐憫れんびんの情を覚えたのか、父が嘆息し額を押さえた。


「そのこすっからい作戦は、誰の案ですか、リカルド殿下」

「あたしの案よ!」


 父が尋ねるのと、背後の扉が勢いよく開かれたのは同時だった。


「王妃様……」


 現れた人物を見て、「やっぱり」と父は苦い顔をした。

 赤みがかった菫色の豪奢なドレスに、艶やかな黒髪をなびかせた王妃様は、腰に手を当ててそんな父を睥睨へいげいする。


「セレス、このあたしの妙案にケチ付けるなんて偉くなったものね! エレナがあたしの義娘むすめになることは決定してるのよ!」

「それについては、散々本人の意思を大事にしたいと伝えたじゃないですか!」

「だから確認したでしょう! それに、これについてはエドも乗り気なの。ふふふ、あたしたち夫婦を相手にしたのが運の尽きね!」


 悪役のようなセリフを高笑いと共に部屋に響かせると、王妃様はピシッと手にしていた扇でリカルドを指した。


「さあ、リカルド。あんたも男なら行動あるのみ! ヘタレるのはあたしが赦さなくてよ! このあたしが王妃を務められたんだもの、エレナにもできる!」 


 王妃様にけしかけられたリカルドは、言葉を失った父へ頭を下げる。王族たるものそう簡単に首を垂れるものではないと思うが、なんとなく咎められなかった。それだけ、リカルドは真剣だったのだ。王太子というより、幼いながらも、今の彼は結婚の許可をとろうとする一人の男だった。


「どうしても、譲れません。絶対に幸せにします。エレナを妃にする許可をください!」

「セレス、ちなみに王家(ルビ:うち)に嫁げば、嫁姑問題はゼロよ! うちの子、一途だし、浮気もしないしさせません。もちろんルチアの承諾も得てるわよ!」


 母の承諾。その言葉に父は弱かった。姉と同じような言質の取り方をした可能性も高いけれど、友人がどれだけ姉に入れ込んでいるか知っている僕は、そこにはあえて触れない。姉の許可? うん、まぁそこは大丈夫じゃないかな。なんだかんだで、姉がこの幼馴染を大事に思っていることも、僕は知っているのだ。自身が結婚して王太子妃になるとは、露ほども思ってもいないだろうけど。


「まだお嫁になんて出したくなかったのに……」

「姉さんがいいなら、いいんじゃない? ねぇ、殿下。正攻法で、真っ向から求婚してみなよ」


 ぶつくさと文句を言う父を黙殺して、僕は友人に助言をすることにした。文句を言いつつも父が折れたのなら、後は姉自身の問題だ。

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