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二人の娘と第三隊(5)

「ごめんな、アールタッドから出られなくて」


 休日と言えども、騎士団に所属している人間は、仕事以外でなかなか王都を離れることができない。そう聞いてはいたので、あたしはすまなさそうなアスカリさんに笑いかけた。


「平気ですよ~。アールタッドはなんでもある場所だもの。それに、外はいつ魔物が現れるかわからないし」


 そう、聖女様たちが天晶樹の浄化の旅に出たといっても、まだ浄化それは果たされていない。だから、なんでも屋の人たちは王都近隣の魔物退治に日々駆り出されているし、あたしたち洗濯婦は蒼く汚れた隊服にため息をくのだ。


「でも、キリエストの天晶樹の浄化はなされたみたいだぞ」

「ホントですか!?」

「ああ。国外の情報はまだ入ってきてないからわかんないけど、一本目の天晶樹は浄化されたって」

「じゃあ、あと二本ですね~」


 アスカリさんの話を聞きながら、あたしは妹みたいな同僚のことを思う。

 元気かな。あの子はいつでも頑張っちゃうから、無理してないかな。聖女様ってすごく気が強いって噂だし、嫌な思いしてないといいんだけど……。


「無事で、いてほしいなぁ……」

「そうだな」


 誰のこととは言わなかったけれど、彼には伝わったみたいだった。


「そうだ」


 しんみりした空気を換えようとしたのか、アスカリさんがふと立ち止まってあたしを見た。どうしたんだろう、と不思議に思う間もなく、目の前にプレゼントの包みが現れる。


「よかったら、受け取ってもらえないかな」


 照れながら言われた言葉に、あたしはかぶりを振った。だって、もらえる謂れが──ない。


(ルチアちゃんもこんな気持ちだったのかな)


 嬉しい。困る。ワクワクする。ドキドキする。いろんな気持ちが渦を巻くけれど、最後に残るのは、やっぱり嬉しいという気持ちで。

 だって、贈ってくれた相手が好きな人なんだもの。嬉しくないわけがない。


「でも──」

「困ったな。オレ、これ使わないんだ。ダメかな!?」


 なんなんだろう、この既視感。第三隊で流行っているのだろうか。それとも“セレスさん”とこの人だけの流行りなのだろうか。使わないからともらったのだと、照れたように、けれどもすごく嬉しそうに笑った妹分を思い出して、あたしはきっと、今自分も同じ表情をしているのだと容易に理解した。


「使わないなら、もったいないですね」

「そうそう、もったいないわけ」

「流行りなんですか」

「流行りって? ……あぁ」


 一瞬なんのことかわからなかったらしいアスカリさんは、けれどもすぐ意味を理解したようで、快活な笑い声を響かせた。


「流行ってはいないよ。いや、もう、ホント」

「そうですかぁ~?」

「うん。でも、同じになったなぁ。あれか、考えることは皆一緒ってやつか」


 影響って怖いな、とアスカリさんは笑いながら言った。


「なら、オレはヘタレたくないし、ちゃんとするかなぁ」

「はぁ」


 ヘタレっていうのは、“セレスさん”のことだろうか。ヘタレ……うーん、たしかに数ヶ月ルチアちゃんと親しくしている様子だけど、アプローチ下手っぽい人だし、見ようによってはヘタレなのかな。

 そんなことを考えていると、くいっと腕を引かれた。


「ちょっと付き合って~」

「はぁ」


 どこに行くんだろう。そんなことを思いながらついて行くと、ふと路地裏に紛れ込んだ。途端に人気がなくなるのもあって、急に緊張してくる。

 渡されたプレゼントの包みを抱きしめたあたしに、アスカリさんは困ったような顔を向けた。珍しく笑っていない。いつも、笑っている人なのに。


「ごめんな~、なんか、こんなところでアレなんだけど」

「……あの」

「ジーノちゃん、オレとお付き合いしてくれませんかっ!?」


 ぶつけられたのは、まっすぐな告白だった。まっすぐすぎて、笑ってしまうくらい。


「えっ、あれ、失敗!?」

「失敗じゃないですよ~。ただ、有言実行だなぁって」


 まっすぐで、裏表がない。それはとても好ましい特徴だ。


「よろしくお願いしますね!」


 笑顔で伝えると、ようやく彼の顔に笑顔が浮かんだ。


          ◆


「それにしても」

「なに?」


 彼に送られながら、あたしは気になっていたことをとうとう口にした。


「どうして、あたしとジーナ、見分けられるの?」


 それは、あたしがこだわっているところであって、気になっていたところであった。

 真剣な顔で尋ねるあたしに、アスカリさんは悪戯がみつかったような子どものような顔を見せる。


「えっと、すごく単純なんだけど」

「単純?」

「ジーノちゃん、左耳のとこにほくろあるの、知ってる?」

「ほくろ?」


 耳を触ってみるけれど、わからない。アスカリさんはそっと左耳の外輪の部分を指さす。


「多分、背の低い人には見づらいと思う。上から見たらわかる角度なんだ。ジーナちゃんに聞いたら、彼女は知ってたみたいだよ」

「ジーナは知ってるんですか?」

「うん、以前付き合っている相手に指摘されたって言ってた」


 クルトのことだ。たしかに、クルトも背が高い。


 ──愛よね、愛!


 ジーナのしたり顔がよみがえる。なんてこと! 愛じゃなくてほくろじゃないの!


「……ジーナと、随分親しいんですねっ」

「えっ、親しいって……」

「ジーナとなに話してたんですかぁ~?」


 腹が立ったあたしは、少し意地悪だと思いながらも、出来立ての恋人を問い質した。


「え……ジーノちゃんのこと、だけど……」


 真っ赤になったアスカリさんは、小さな声で教えてくれた。

 ……ジーナが口止めされてたっていう内容は、本当に些細な、けれどもあたしにとっては大切なことだったようだ。


「……幻滅した?」

「いいえ〜。むしろ納得したっていうか」


 運命の人がいるかなんてわからない。

 けれど、小さなほくろを見つけてくれるくらい自分のことを見てくれる人は、あたしにもいたようだった。

駆け込みですが、サブキャラの話はこれでおしまいです。

あと一話更新予定の話を仕上げたら、またしばらく番外編はお休みになる予定です。

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