二人の娘と第三隊(3)
「これじゃやりすぎかな……もっとさりげない服の方が引かれない?」
あたしは選んだ服を身体に当てて、くるりと振り返った。視線の先で、寝台にうつぶせになったジーナがニヤニヤと笑っているけれど、今は怒るより意見が欲しい。乙女心は複雑なのだ。
「いーよいーよ、可愛いよジーノ。アスカリさんも気に入るよ~」
「そうかなぁ……。何色が好きだって言ってた?」
「緑系って言ってたよ。だからあたし、最近緑のものばっか薦めてたでしょ~」
「それよ、もう! なんで言ってくれなかったの!」
抑えきれずに漏れたあたしの抗議の声に、頬杖を突いたままジーナは楽しそうな笑い声をあげた。パタパタと脚をばたつかせるところを見ると、相当楽しいらしい。
「だってぇ、口止めされてたんだもーん」
「口止め?」
「これ以上は言わな~い。服、それでいいと思うよ。楽しんできてね」
ころんと寝返りを打つと、ジーナはそれきりその話題についてはなにも話さなくなってしまった。
あたしは途方に暮れつつも、決まった服をそっと畳んだのだった。
◆
待ち合わせは広場の噴水の前だった。ここはよく人が待ち合わせをしているところで、今日もあたし以外のたくさんの人たちが誰かしらを待っている。
「ごめんね、待った?」
「!」
噴水に腰かけて待っていると、城門から彼がやってきた。街中に家があるあたしと違って、騎士団の人たちはそのほとんどが城内の待機寮に住んでいる。
「イエ、ゼンゼン……」
おっと、声が上ずった!
一瞬にして頬に血が上ったのがわかった。今、絶対顔紅い! あたしめっちゃ緊張してる! どうしよう、助けてジーナ!
緊張しまくってるあたしと違って、アスカリさんは余裕そうだった。笑顔であたしが立ち上がるのに手を貸してくれる。これは、年齢の差? はっ、もしや経験の差とか!? いや、あたしだって経験値ゼロじゃないけど、いつもジーナと間違えられるからあんまり長続きしなかったんだよね……。
そんなあたしの葛藤には気付かず、アスカリさんは笑顔のまま話しかけてくる。
「私服、初めて見たけど可愛いな」
「えっ、そうです……カ?」
微妙にカタコトになった部分は、笑ってごまかした。
緑が好きって聞いたんですよ。だからこの服にしたんですけど、どうですか? 似合ってます? ジーナの見立てなんですけど、変じゃないですか? 好みの服装ってどんなものですか?
色々訊きたい言葉はあったけど、全然口から出てきてはくれない。
アスカリさんはさらっとあたしの格好を褒めてくれたけど、あたしだって同じ気持ちだ。
私服、初めて見ました。いつも隊服だから、全然印象違いますね。
そう言いたいのに、これまた声にならない。
あれ、あたしってこんなキャラだっけ? やだ、ルチアちゃんのこと全然とやかく言えない!
「まずは、ごはん食べに行こっか」
「はいっ」
会話にならないあたしを慮ってか、アスカリさんはさりげなくエスコートしてくれる。時間的に食事はするって思ってたけど、でも実際そうなると緊張するわ~。どこ行くんだろう。ジーナとクルトはどこ行ったって言ってたっけ。おススメの店とか言ってた気がするけど、ダメだ、全然思い出せない!
「ジーノちゃんって甘いもの、好きかな? フィオラヴァンティってお店がいいって、同僚から聞いたんだけど、そこでいい?」
「! ぜひ!」
アスカリさんの口から出てきた店名に、あたしはびっくりした。フィオラヴァンティは、最近女の子の中で人気の店だ。ケーキがおいしいと評判のカフェだけれど、ランチ限定で食事もできる。先だって聖女様のお手伝いをしに旅立ったルチアちゃんへ、皆でここの焼き菓子を買って贈ったのも記憶に新しい。
まだ、ここでランチしたことなかったんだよね。ジーナと来る予定は立ててたんだけど、まだ実現してなくて。おいしいのかな。デザートも食べなきゃだよね。やっぱりここの売りであるベリーのケーキかな。つやっと赤くてスタイリッシュだって噂の。
いやいや、ここで浮かれちゃダメよ。相手は大人の男性。落ち着いた女性だと思われないと、相手にされないかも! だとしたらケーキは我慢すべきかしら……悩む。
そんなことを考えていたせいだろうか。お店に向かって歩いている間、とりとめもない会話をしていた覚えはあるんだけれど、どんな内容だったかは記憶にない。




