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聖女たちの幸せな相談

「あのさ……その、ちょっと、えーと、あたしさ、ルチアに聞いてほしいことがあるんだけど」


 ある日、少しもじもじとした様子でマリアさんが切り出しました。いつも溌溂はつらつとした彼女には珍しい、歯に物が詰まったような口調です。


「もちろん、いくらでも聞きますよ。でも、まずは部屋に入りましょうよ、マリアちゃん」


 単身、シロに乗ってマリアさんが訪ねてきたのは子ども部屋の真横。マリア=エレナをあやしていたわたしは、突然現れたマリアさんに驚きつつも、事前の連絡もなしに彼女がやってくるのはよっぽどのことなのだろうと、急いで中へと招き入れました。


「あ~」

「やっほ~、エレナ。今日もご機嫌さんだね。ママに遊んでもらってたの?」

「う~」


 最近、人の声がした方を向くようになったマリア=エレナは、マリアさんの声に反応して手を伸ばしました。差し出された小さな手に指を差し出したマリアさんは、自分を見ようと一生懸命なマリア=エレナへ顔を近づけます。


「ん~、いい匂い! おまえはいつも甘い匂いをさせてるね~。食べちゃうぞ~」

「セレスと同じことを言いますね」

「げっ、マジか! あのヘタレと感性が一緒とか……ヘタレが移ったらどうしよう!」


 おどけた表情を浮かべたマリアさんは、空いている方の手で、ちょんちょんとマリア=エレナの頬を突っつきました。


「でも、エレナはパパよりあたしのことの方が好きだもんね~。ふふん、優越感~」

「それは……セレスには言っちゃダメですよ、気にしてるんですから」

「え~、どうしよっかなぁ~。あー、エレナのほっぺ、気持ちい~。羽二重餅みたい」


 なぜだかマリア=エレナは、マリアさんには抱っこされても平気なものの、父親であるセレスさんの抱っこでは大泣きするんですよね。視線が高いからなんでしょうか? 溺愛する愛娘を抱っこしようとしては、そのたびに撃沈するセレスさんは、ちょっと可哀想です。


「それで、どうしたんですか?」


 楽しそうにマリア=エレナを構っているマリアさんへ水を向けると、途端に口をつぐんでしまいました。一体全体、どうしたんでしょうか?


「マリアちゃん?」

「あの……」


 エドアルド陛下と喧嘩でもなさったんでしょうか。

 そんなことを考えていると、マリアさんはようやく話す覚悟を決めたのか、真剣な面持ちで私の顔を見ました。


「あのさ、その……セレスって、ルチアのこと、大好きじゃない? それはもう、うざいほど」


 そう言うと、うっすらと頬を染めて、マリアさんは視線をゆりかごの上のマリア=エレナへと逃がしました。話す際はまっすぐわたしの顔を見るマリアさんにしては珍しいです。


「あの……それって、アレ・・が普通? アレよりすごくなったり、する?」

「あれ?」

「あの態度よ。人目を憚らずいちゃつこうとする、あの腑抜けきった態度!」

「ふにゃああああ!」

「あ、ごめん、エレナ。大声出したからびっくりしちゃったね」


 一旦憤慨したような声をあげかけたものの、突然泣き出したマリア=エレナに、マリアさんは一旦言葉を切りました。

 抱き上げられてようやく泣き止んだマリア=エレナを確認して、マリアさんは再び話し始めます。


「まぁ……そうですね、その」


 それに応えるわたしの言葉も、途端に歯切れが悪くなります。まるで、口火を切ったときのマリアさんのようですよね、これじゃ。


「人前では、まだ押さえている方だと、思います……」

「!」


 恥ずかしさに腕の中の我が子へ顔を伏せると、マリア=エレナの頬の方が冷たく感じます。自分の顔の火照りを自覚すると、恥ずかしさ倍増ですね。もう、本当に、こういう話って恥ずかしいです!


「そっか……まだ、上があるんだ……」

「え?」

「あのさ」


 多分赤くなっているだろうわたしの頬ですが、マリアさんもまた、映したかのように頬を真っ赤に染めました。元が色白なので、耳まで赤いのがすごく綺麗に映えますね、マリアさんは。


「エドが……おかしいの。こっち帰ってきてから、毎日こう、告白というか、愛の囁き? みたいな。あんたはラテン系かって突っ込みたくなるほど、朝に晩に口説いてくるから、こっちの人はこれがスタンダードなのかなって思って。ヘタレのセレスがあれだけ愛情表現してるから、ヘタレ加減を差っ引いたら、エドのあの態度は控えめなのかな~とか、いやいや普通なのかな~とか、色々考えちゃって」


 自分の両頬を押さえて、マリアさんは消えそうな声で呟きます。


「嬉しいんだけどさ、うん……あたし、嬉しいのよ。どうしよう。でもね、こう、逃げたくなるっていうか、恥ずかしくて。つい冗談にして流そうとするんだけど、エド、許してくれないし。でもさ、嬉しいし、あたしだって好きなのに、同じように言葉を返せないの。今までこういう愛情表現ってうまく躱せてた自負があったのに、今はどうしたらいいかわかんなくなっちゃって。それで、ルチアに会いに来たの」


 形のいい眉を力なく下げて、マリアさんは涙目でわたしを見上げました。


「どうしよう。あたし、愛してるって言われても、恥ずかしくて同じ言葉は返せないよ。嫌われちゃうかな。それとも、あれって国王夫妻の夫婦仲が良好なことをアピールする政略的な態度だったりするの? え、やだ、どうしよう……」

「マリアちゃん、ちょっと待ってください……マリアちゃん!」

「あたし、ずっといなかったもんね。だから、聖女と国王は仲良しですよ~ってアピールが必要なだけなの? エドって直球投げてくるようなキャラじゃなかったよね? いつだって王族として行動してたし、やっぱり……そういうこと?」

「マリアちゃん!」


 たまらなくなったわたしは、マリア=エレナごと、マリアさんを抱きしめました。


「陛下は、陛下はね、ずっと待ってたんですよ、マリアちゃんのこと。セレスから聞きました。陛下は、たまに遠い目をしてるんだよって。団長様がそう言ってたんですって。そのたびにその視線の先には、マリアちゃんの思い出のものがあるんだって。それに、陛下はたまに、一人きりで“最初の部屋”の扉を眺めていたそうなんです。マリアちゃんに繋がるあの部屋の前で、一人……」


 セレスさんは切なそうに言っていました。陛下は誰にもなにもおっしゃらないけれど、きっと聖女様を待っているのだと。

 いつだって自分の気持ちを誤魔化す方なのだと、アグリアルディ団長は言ったそうです。王族としての自負が強いせいで、いつだって自分の気持ちを隠してしまわれるのだと。

 でも、その陛下が、自分の気持ちを吐露したのだというのなら。

 マリアさんへ、まっすぐ愛を伝えたというのなら。


「マリアちゃん」

「え?」

「陛下のお言葉に、嘘はないです。マリアちゃんだってわかってますよね? だから、わたしに相談したんですよね? だって、旅に出る前から陛下はマリアちゃんに甘い言葉を囁いていたって聞きました。それなのに、今同じような態度をされて狼狽えるってことは、その奥に感情が見えてるってことですよね?」

「あたし……」

「マリアちゃん、わたし、後悔したんです。リウニョーネ村で“ノッテ”として生きていたとき、恥ずかしがってセレスさんへ“ルチア”の気持ちを伝えないでいたことに。気持ちは、伝えなきゃ伝わらない。そして、いつでも伝えられるとは限らないんです。だから──」


 わたしは、そっとマリアさんの手を取りました。最後の天晶樹の前でそうしたように、ぎゅっと、想いを籠めて。


「伝えてください、マリアちゃんの気持ち。わたしは、セレスに自分の気持ちを伝えて、想いを交わせて、今とても幸せです。だから、マリアちゃんも。だってこうやってわたしに伝えられるんです。マリアちゃんなら、陛下へも伝えられるはずです。自分の、大好きだっていう気持ち」

「ルチア」

「あとね、恥ずかしいって思うなら、とっておきの方法があるんです。あのね──」


 わたしは、そっとマリアさんへ囁きました。なかなか面と向かってセレスさんへ想いを伝えられない、臆病なわたしができたんです。マリアさんなら、きっと。


「二人きりのとき、相手に抱きついて言うんです。顔を見ないのがコツですよ。恥ずかしくなっちゃいますからね」

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