白き竜の贈り物(4)
「ということで、こちらがシロです」
そう言うと、マリアは中庭に鎮座する白い成竜を指し示した。白く輝く鱗を持った竜は、くおおぉん、と短く哭くと、その金の眼を僕に向けてくる。
その目は、確かにあのときなくしてしまった僕らの仲間のものに違いなく、僕は驚きのあまり笑いだしてしまった。
「すごいね、マリア。君、さすがだよ」
「なにがさすがなのかは知らないけど、シロだから!」
「うん、目を見てわかったよ。変わらないよね」
「変わりすぎでしょ」
シロと違ってまったく変わらないマリアは、記憶の中の彼女と変わらない応酬を見せてくれる。鈴のような明るい声は、僕の欲しかったもの、そのものだった。
「おかえり、マリア、シロ」
改めて挨拶をすると、彼女は嬉しそうに、でも勝ち誇ったような様子で笑った。
「えっへへへ~。ただいま! 皆、変わりはなぁい?」
「皆元気だよ」
「エド、浮気なんて……」
「する気も暇もないね。それより」
僕はマリアの手を取った。ルチアのことを知ったらどんな顔をするかな。やっぱり怒るだろうか。それとも喜ぶだろうか。
ルチアのことを告げようとしたそのとき、部屋の扉が激しく叩かれた。
「陛下、大変です!」
飛び込んできたのはゴドフレードだった。なかなかない彼の取り乱した様子に内心驚きつつ、僕は王として鷹揚に声をかけた。
「どうした」
「竜が……ああっ!」
その叫び声で、僕は彼が慌てている原因を知った。そうだ、あの光は相当眩いものだった。警備の者の目について当然だろう。しかも、その正体が竜ときたのだから、多分今頃城内は騒然としていることだろう。彼らはシロのことを知らないのだから。
「なによ?」
「聖女様!」
しかし、彼の混乱はマリアによって瞬時に抑えられた。
そして、マリアに夢中で気が付かなかったが、たしかに城内がざわついているのが、室内にいても感じ取れた。これは早々に落ち着かせなければ。
そんなことを思いつつ、僕は城内への指示を飛ばす。
「竜については問題ない。あの竜は、聖女の眷属。彼女を異世界から連れてきてくれた聖なる竜だ。アクイラーニを襲ったようなものではなく、僕の旅の仲間だ。そう、皆に伝えるように」
僕の言葉に、一瞬ゴドフレードはなにか言いたげな様子を見せたが、それは飲み込むことにしたらしい。いつもの落ち着いた表情に切り替わった彼は、恭しく礼をすると、静かに退出していった。
ゴドフレードが退出したのを見届けると、僕は改めてマリアに向き直った。そうだ、彼女に告げなければいけない大事なことがあるんだった。
どんな反応があるかドキドキしつつ、僕は口を開く。
「マリア、実はルチアに子どもができた。出産予定は今月だと思う」
「えっ……!?」
僕の報告を聞いて、親友のことが好きすぎる僕の妃は、かなりの時間絶句した。どう反応していいかわからなかったのかもしれない。
「……ねぇ、エド、準備して」
「は?」
しかし、絶句の果ての発言は、思ってもいないものだった。
「準備って……ブランカまでどれくらいかかると思ってるの」
「シロに連れてってもらおうと思って」
「は?」
マリアは、得意げにシロを振り返る。頼られたシロもまた、嬉しそうにマリアへ顔を寄せた。うん、大きくなったね、君。城が壊れるから大きく動くのはやめてくれないかな。今、ようやく落ち着かせようとしているのに、落ち着くのも落ち着かないじゃないか。
「乗り心地最高だったわよ。吹き飛ばされたりとか、寒くなったりとかなかったし。座ってるだけ、みたいな。ねぇ、エド」
黒曜石の瞳をキラキラさせながら、僕の最愛の妃は笑顔を浮かべた。悪戯っぽい、彼女らしい笑顔。
「一緒に空、飛びましょ!」
その一言に、僕は胸を突かれた。
空を飛ぶ夢を見たんだ。鳥になって、空を翔ける夢。身を縛るこの重責から解き放たれて、身一つで自由に羽ばたく夢。
けして叶うことのない夢だと思っていたのに、彼女と彼女の竜は軽々と叶えてくれるらしい。
「それは……すごいね」
「でしょ? さ、準備して!」
「でも、それは明るくなってからでもいいんじゃない? 早く着きすぎても、迷惑だよ」
「それもそうね」
勢い込むマリアを宥めると、彼女は素直に頷いてくれた。
「シロには悪いけどさ」
神妙な彼女と、その背後の竜を見ながら、僕は笑う。
「もう少し、夫婦二人の時間をもらっても、罰は当たらないと思うんだけど? 我が妃」
陽が昇るまでまだ間がある。
その少しの時間くらい、君を独占する時間をもらっても、いいよね?
きっとルチアに会ったら、君、僕のこと忘れるんだから。
「愛してるよ、マリア」
そんなことを考えつつ、僕は、初めて自分の本音を彼女に告げた。




