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白き竜の贈り物(3)

 夜空に奔った皓い光は明らかに世界の異変だった。魔法の力だとしても、アカデミアでは夜半の実験は禁じられている。

 気色ばんだ僕の耳に、くぉおおおおんと、不思議な音が届いた。動物の哭き声のようだったが、今まで聞いたことのない声だった。

 声に釣られるように夜空を仰いだ僕の目に、集約された光が映る。星のようで、星ではない。もっと強く輝く光。


「な……!」


 皓い光は、城の中庭──つまり僕の目の前に向けて突き進んでくる。激突するかと思われる速度で進んできたそれは、近づくにつれその輪郭を顕にした。

 輝く一筋の光──それは、白い竜だった。真白き竜。その背にあるのは──


「エド!」


 聞きたくてたまらなかった声。鈴を振るような愛らしいそれは、夢の中ですら聞くこともできず、記憶から遠ざかりかけていた声だった。なによりも切望していた──僕の。


「エド!」


 眠れないと思っていたが、僕は寝ていたのだろうか。これは、疲れた僕を癒す夢なのか。

 いや、いつも見る夢は僕が空を飛ぶ夢だ。僕が、エドアルドのままでいられる夢など、見たことはない。僕の名を、彼女が呼ぶ夢など、見たことはない。いつも、夢の中の彼女は、ルチアと楽し気に笑っているだけだった。


 夢と現実の区別に狼狽えている僕とは違い、彼女・・はまっすぐに僕を目指して降りてきた。翼を広げた竜の背から、躊躇いもせずふわりと飛び降りる。


「危ない!」


 慌てて手を差し伸べると、どさりと勢いよく腕の中へ落ちてくる。その勢いを殺しきれず、僕は彼女を抱えたままベランダへ倒れ込んだ。


「いったたたた……。ごめんねぇ、クッションにしちゃったわ」


 僕の胸に手をついて、彼女は笑う。楽し気なその笑顔は、僕の手から失われて久しい、誰よりも大事な人の笑顔だ。

 夢ではない。ようやくそう理解した。胸に、掌に、感じる確かな感触。覚えている通りの香りに、いつ見ても見慣れぬ異国の衣装。


「マ、リア……」

「はぁい! お久♪ って、あたしにとってはあんまり久しぶりでもないんだけど。元気だった? 浮気なんてしてないでしょうね?」


 一旦ほんものを耳にすれば、それが呼び水になったかのように記憶から彼女の声が呼び出される。

 そして、呼び出された記憶と同じように、目の前の彼女も喋るのだ。変わらぬ口調で。軽やかに、笑う──


「マリア……‼」


 言い表せない感情で胸を満たされた僕は、こみあげてきた衝動のまま彼女を抱きしめた。今はただ、これが夢でない確証が欲しい。朝になっても、ふたたび夜がきても、覚めない夢だという証が欲しかった。


「なに? どしたの? 感動しちゃった? うっふふふ、マリアさん、ふたたび参上~!」


 僕の気持ちも知らず、マリアは無邪気に笑った。それもそうだ。僕は彼女へ告げていないのだから。この胸を満たす、焦げるような衝動を。君へ向ける、強い強い想いを。


 おかえり、マリア。君をずっと待っていた。きっと、誰よりも強く。

 でも、今はなにも言わず抱きしめさせてほしいんだ。君が帰ってきたと実感したら、そのときは。

 そのときは、隠していたこの気持ちを、素直に君へ伝えるから。

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