白き竜の贈り物(2)
議会が閉会すると、セレスティーノは飛ぶように帰宅していった。ガイウスと、レナートの兄弟を連れて。
どうもガイウスはルチアの親のような兄のような心持ちでいるようだ。彼女が出産すると聞いたときからいても立ってもいられない様子で、奥方から「産むのはアンタじゃない!」と怒られたと聞いた。
もちろん、ルチアの出産が気になるのはあの兄弟だけじゃない。僕も、フェルナンドも気になって仕方がないのだ。行けるものなら駆けつけたい。
だが、僕の置かれた地位は安易な不在を許さなかった。僕の右腕としてサポートするフェルナンドも同様だ。
仕方がなく、僕らは山のように贈り物を託けて我慢することにした。ガイウスからは「こんなに持ってけるか!」と突っ込まれたが、そういった意見は黙殺する。これは心遣いであって、嫌がらせではないのだ。断じて。
◆
彼らを見送った日の夜。僕は久しぶりに寝付けなかった。普段は疲れからか、寝台に上るや否やすぐ寝入ってしまうのだが、その日は興奮しているのかなんなのか、何故だか眠れないのだ。
仕方なく、気分を変えるために僕はバルコニーへ出た。爽やかな夜風が頬を撫でるが、一向に眠気は訪れない。僕の唯一の楽しみであるところの夢は、今日は僕を慰める気がないようだった。気まぐれなところは誰かさんにそっくりだと思う。
「なんか……疲れたなぁ」
戴冠以来、政務に関しての泣き言は言わないように気を付けていたが、今夜はどうも難しかった。側に誰もいないのがいけない。どうも、今夜の僕は感傷的だった。
マリアは今頃どうしているだろうか。
僕は、目を閉じて彼女の愛らしい笑顔を思い出す。
笑っていればいいと思うが、その笑顔の隣に自分がいないのは不満だった。
以前は他の男に笑いかける彼女を見てもさほどひっかかりは覚えなかったが、旅に出て、彼女の素の顔を見るにつれ、僕の中でひそかにその感情は育っていった。誰にも、マリア本人にすらきちんと告げたことはなかったが、冗談で掻き消せないほど、すでに想いは募っている。それこそ、セレスティーノを笑えないくらいには。
だが、笑顔や軽口やなにやらで自分の感情を隠すことに長けていた僕は、本気で彼女を想っていることを隠していた。告げてしまえば、知られてしまえば、離せなくなる。それは、誰のためにもならなかった。僕だけのために彼女を鳥籠に閉じ込めるわけにはいかない。名ばかりとはいえ、こんな嘘ばかりの僕の伴侶となってくれたのだ。気持ちよく元の世界へ帰すことくらいはすべきだろう。
でもね、マリア。
もし君が帰ってきてくれたら。
そしたら、もう、この気持ちを隠さなくてもいいだろう?
君に想いを告げて、一生側にいてほしいと願っても、いいだろう?
聖女として彼女を選び、この世界へ連れてきてくれた神に今は祈りたい。
どうか、もう一度。
彼女が望むのならば、もう一度。
彼女に会う幸運を、僕に授けてほしい。
彼女の手をつかむチャンスを、僕にも与えてほしいのだ。
「マリア……」
女々しい僕の呟きを夜風が攫った、その瞬間。
闇に包まれた空に、皓い閃光が奔った。




