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黒き狭間の騎士(5)

 遭遇した騎士は、第三隊の所属の人間で、グイド・アラリーと言った。アクイラーニの竜討伐の生き残りで、アールタッド城の襲撃の際もその場にいたという、辺境出身の男である。

 これ以上ないほどのめぐりあわせに、私は今度こそ覚悟を決めた。彼女を私や彼女の仲間たちと縁のない地へ連れて行ってもらい、私はその間王都に戻り彼女の死の報告をする。そして、新王が即位するまで彼女を隠匿しつつ、クレメンティに他の縁談が来ないよう邪魔をし、そして聖女を守る。彼女のためにせめて私が行えるのはそんなところだった。


「……わかりました」


 灰色の双眸に真剣な光を宿して、アラリーは頷いた。


「彼女は恩人です。何度も、私や家族の命を救ってもらった。彼女の命は、私が守ります」


 きっぱり言い放つそのまっすぐさは、私にはないものだった。私は、彼女の命を絶たなかっただけであり、守ることはできなかった。騎士と御者の狭間にいる、ただの臆病者だ。


「頼む。貴殿にしか頼めぬ。このことは、けして口外しないように」


 細い、細い糸が繋がっていく。力を失くしたもう一人の聖女。王が不要と判断した少女の命は、彼女が救った様々なものによって保たれていく。

 ──いつか、彼女の願いが叶うといい。彼女が願う、ただ一つのこと。

 大それた、けれども当人たちにとってはささやかな願いを叶えるために、私も尽力すると誓おう。


 少女をアラリーに託し、私は王都アールタッドへと取って返した。

 軽くなった馬車を駆る。この馬車も、今日で最後だ。なぜなら、手綱を握る御者は今後現れない。由緒あるアストルガ家は私で終いにする。息子には悪いが、彼には一から身を立ててもらおう。こういう思いをするのは、私まででいい。

 王のために。ただそれだけのためにアストルガ家は在った。王が願うなら、人の命も簡単に奪えるほどに。

 父や、祖父や、先祖たちはどう思っていたのか。なにも感じなかったのか。はたまた苦い思いを抱きつつも家業を継いだのか。

 訊きたいけれど、それはもう叶わぬことだった。


 城へ戻った私は、王に接見する前に王太子のところへ向かった。きっと彼らは、私を探しているだろう。私が手にしているこれ・・は、王より彼に渡すのがいい。

 それは、私のひそかな反逆だった。

 これに潜ませた意味に、彼らは気付くだろうか。だが、気付かなくても彼らは動くだろう。女性が髪を切られるということは、社会的な死を意味する。本当に死んでいても、死出の旅に出た伴侶に捧げたとしても、彼女たちは髪が元通りになるまで死者として扱われるのだ。

 そして、“聖女の死”に彼らは怒り、動き出す。

 動き出してもらわねば、困るのだ。


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