表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/31

黒き狭間の騎士(4)

「え……?」

「この場で“ルチア・アルカ”は死ぬ。その未来は変えられない。王命は絶対だ。だが、貴殿が“ルチア・アルカ”でなければ、問題ない」


 詭弁だ。そう思いつつも言葉は止まらない。


「貴殿はルチアではない。普通の、どこにでもいる少女だ」

「わたしは……」

ルチアは死んだ・・・・・・・。いいな?」


 いらえが返るのを待たず、私は少女の髪を掴む。淡いピンクのリボンでまとめられた栗色の髪に刃を当てると、ふぁさりと短くなった髪が広がり、彼女の眼差しを隠した。


「ルチア・アルカは死んだ。だが、貴殿は生きよ。王や英雄とは無関係の場所で……生きてくれ」


 生きてほしい。生きていてほしい。心からそう願って、私は少女に告げた。名や愛する人を失って生き続けるのは酷かもしれない。だが、彼女はまだ若いのだ。

 これは単なる自己満足だし、酷いエゴだとも思う。様々なものを奪われたまま生きろと突き放されるのは、もしかしたら殺されるよりつらいかもしれない。

 でも、どうしても私は彼女に生きていてほしかった。王都を、世界を救ってくれた彼女に返せるものが、彼女の命だけというのはとてつもなく恥ずかしいことだったが、今の私が渡せるものはそれだけだったのだ。


「せめて……三年。耐えてくれ。今しばらくはこらえてほしい」


 王は病に侵されている。あの様子では、もう……あと何年も持たぬだろう。次代の王は彼女のことをよく知っている人間エドアルドだ。王太子が戴冠すれば、彼女に名を戻してやることも可能だろう。

 だが、それまでは彼女の存在を隠さねばならない。王都から引き離し、私からも切り離してどこか安全なところへ匿う必要がある。生きていると知られたら最後だ。


「私は王都に戻らねばならない。だが、貴殿をこのままにしてはいけない」


 対象者を殺せなかった。王命に背いた。“黒の御者”としては失格だ。私は、もう、御者としても騎士としても生きられないだろう。

 領地と爵位と職を返して辺境の地へ行こうかと、一瞬考えた。御者として手に入れた特権も、騎士として手に入れた地位も、今の私には持つ権利がない。

 だが、領地を返納してしまえば、彼女を匿う場所がなくなってしまう。そう思うと、覚悟が決められなかった。どうする?

 英雄クレメンティは救世の報奨として彼女との婚姻だけを望んだと聞く。あの男は生真面目な上に優秀だ。彼女の死に私が関わっていることは、私の本業を見抜いていた節がある団長が確実に漏らすだろう。そうなれば探索の手は我が領地カルデラーラに及ぶだろう。クレメンティたちが動けば王の目に留まる。それは間違いなかった。


「貴殿を……どこに隠すか」

「わたしが」


 思考を巡らしていると、名と過去と愛するものを奪われた少女が、小さな声で話し出した。


「わたしが生きていると、セレスさんたちに迷惑がかかるんですよね」


 突き付けられた未来を懸命に飲み込もうとするように、少女は言葉を紡ぐ。


「それならば、できるだけ遠くへ。でも、その代わりにマリアさんは守ってください。お願い、マリアさんは傷つけないで。彼女は、わたしたちの世界のためにたくさん傷ついて、頑張ってきてくれたんです。もう、これ以上奪わないで」


 お願いします、と彼女は頭を下げた。小さな肩は頼りなげだったが、震えてはいなかった。どこまでも気丈なその性質は、彼女の生い立ちが育んだものだろうか。まだ、こんなにも子どもだというのに。


「貴殿には、本当にすまないことをした。聖女マリアの安全については全力を尽くす」


 彼女の必死の願いへ、すんなり受諾の言葉を返せない自分が情けなかった。


          ◆


 王の不信感を煽らぬためにも、私は早々にアールタッド城に戻る必要があった。そうなると、彼女をそう遠くへは連れてはいけない。一旦どこかへ隠れてもらってから、転々と身柄を移すしかないだろう。

 そう思って再び馬車を走らせたのだが、運命は彼女を哀れんだようだった。


「……あれは」


 無言で馬に鞭をくれていた私は、前方から馬を駆ってやってくる男の姿に目を留めた。その男が身に着けているのはどう見ても騎士団の隊服だ。

 それは賭けだった。彼から少女の生存が王に知られる可能性もある。だが、言い逃れる方法もあると踏んだ私は、その騎士を呼び止めることにした。私がここから戻る間に彼に距離を稼いでもらえば、彼女の痕跡を追うことは難しくなるのではないか。もし彼が彼女に恩を受けた人間ならば、彼女を託す。そうでなければ、挨拶をして別れる。そう心に決めて、私はその男に声をかけた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ