24章 異界回廊 12
『異界の門』からアルマンド公爵領の鉱山へと出た俺たちがアルマンド公爵領の領都に到着したのは、翌日の夕方前だった。
オーズ国の首都ガルオーズからここまで、俺たちの足で約2日、普通の人間でも4日あれば来られるというのは、この世界の常識から言えばやはり驚異的なことである。
その日は公爵が用意してくれた高級宿に泊まり、翌日俺とフレイニルの2人でアルマンド公爵邸へと向かった。
他のメンバーは、ドロツィッテとマリアネが冒険者ギルドへ行った以外は領都の観光に行ってもらった。ただゲシューラは宿にこもって色々研究するそうだ。
公爵邸ではすぐに応接の間に通され、そこでフレイニルの父であるアルマンド公爵と面会する。
アルマンド公爵は金髪碧眼の美形の紳士であるが、上位貴族でありながら芸術家のような繊細さを感じさせる人物である。
『冥府の燭台』に家や領内を荒らされて、結果としてフレイニルを家から追い出すことになるなど色々なことがあった公爵だが、顔色はその時にくらべて格段に良くなっていた。
「お久しぶり、というほどでもありませんが、『ソールの導き』の活躍は色々とお聞きしました。あの『冥府の燭台』を討ち滅ぼし、さらに『悪魔』発生の原因まで突き止めてそれを解決されたとか」
そう言って柔和な笑みを浮かべるアルマンド公爵。
フレイニルが微笑みを返す姿に、親子関係が確かに修復されたのを感じてホッとする。
「多くの方の協力を得てなんとか成し得ることができました。公爵閣下もご壮健そうでなによりです。心なしか領都の雰囲気も明るくなっているような気がいたしました」
「そう言っていただけると嬉しいですね。あれからまだそれほど時間が経ったわけではありませんが、私の周りは大きく変わりました。それもこれもすべてオクノ侯爵のお陰です」
「私はただやるべきことをやっただけですし、あれから変化があったというのであれば、それは公爵閣下のなさったことの影響と思います」
あまり礼を言われ過ぎるのも尻のすわりがよくないので、俺はそこで話題を変えた。
「ところで鉱山に開いた『異界の門』ですが、人が通れるくらい広がっているようですね」
「はい。ですが結局、あそこから『悪魔』が出てくることはありませんでした。ところで、やはりオクノ侯爵はオーズ国から『異界』を通ってこちらにいらっしゃったのですね?」
「オーズ国の首都から『異界』を通って参りました。我々は急ぎ足で来たので、2日でこちらまで来られました。ただそれは『異界』内で速度の出る馬車を使ったからなので、実際にはその倍はかかるでしょう」
「それでも4日でオーズ国からここまで来てしまうのですか……。普通に旅をすれば2週間以上かかる距離ですが」
そう言って、深く息を吐き出すアルマンド公爵。
実は俺としてはもう少し早くなるかと思ったのだが、意外とかかるというのが本音だった。
もっともアルマンド公爵領の場合、都と鉱山の間が一般人の足で2日かかる距離にあるのが大きい。『異界回廊』自体はやはり大きくショートカットできる空間である。
公爵は少しだけ考え事をしていたが、多分『異界回廊』や『異界の門』について、どうするかに思いを致していたのだろう。すでに『異界の門』が開いてしまっている以上、公爵には開くか開かないかという選択は存在しない。あるものをどう使うか、それを考えなくてはならない。
フレイニルがじっと見ているのに気付いて、公爵はハッと気づいたかのように居住まいを正した。
「ところでオクノ侯爵は、この後王都へ向かわれるのですね?」
「はい。今しなければならないのは、来るべき『大いなる災い』への準備です。『異界の門』を使った経路、私は『異界回廊』と呼んでいますが、それの整備が『大いなる災い』の対策に必要と考えておりますので」
「ええ、わかります。冒険者という戦力を素早く移動させることのできる『異界回廊』。これは恐ろしいほどの価値があると思います。もちろん貴族や商人が使うとなれば、経済や国の運営といった面でも大きな変革をもたらすでしょう。文化や芸術方面の行き来という面でも非常に大きい意味を持ちます。オクノ侯爵がなさろうとしていることは、この大陸に計り知れない変化をもたらすでしょうね」
さすがというべきか、公爵は『異界回廊』の重要性や危険性をすでに見抜いているようだ。しかし文化芸術面での交流というのは考えていなかった。さすがに芸術家肌の人間は視点が違う。
俺がうなずいていると、公爵はそこで少し子どもっぽい笑みを漏らした。
「実は『異界回廊』のお話を聞いた時、これで帝国やメカリナン国、そしてもしかしたらオーズ国までも訪れることができるようになり、そこの様々な文化芸術をこの目で直接見ることができるのではないかと心が躍ったのです。もしかしたら『異界回廊』の使用に消極的な意見も出るかもしれませんが、私は積極推進派になりますのでそれは覚えておいてください、オクノ侯爵」
「それは心強いですね。私自身も勿論推進派ですから、その時は是非よろしくお願いします」
そこでなぜか妙なシンパシーが生まれ、つい握手をしてしまう俺と公爵。
フレイニルがそんな中年二人の奇妙な行動を、首をかしげて不思議そうに見ている。
その後公爵には領内の復興の進捗具合などを少し聞いた。
父親の後を継いだニールセン青年は、やはりそのまま子爵位を父親から引き継いでドルマット領を治めることになったらしい。
ちなみに公爵からは、
「子爵位を継いでから一度彼にこちらに来てもらったのですが、どうも娘のミランネラが気に入ってしまったようで……」
という話も聞くことができた。
確かにニールセン青年は見た目は少しワイルドながら整った顔立ちをしているし、元Bランクの冒険者であるから戦士としての風格もある。
一時期は荒れていたものの今は立ち直って領主としての一歩を踏み出しているという点も、貴族の女性には憧れる要素になりそうだ。そう考えるとミランネラ嬢が気になるのも仕方ないかもしれない。
「それは公爵閣下としては気がかりになるところですね」
「当家には男子の跡継ぎがいませんし、ミランネラには婿を迎えてもらいたいのですがね。ニールセン子爵の兄君が存命ならよかったのですが」
「跡継ぎの問題はやはり貴族家にとっては大変なのでしょうか」
「家によっては最大の難事であることも珍しくありません。覚醒してしまう子弟もいますから」
「ああ、確かに。そういえば、公爵閣下のご息女は2人とも覚醒されていることになるのですね」
「そうなのですよ。実は当家では今まで覚醒者はほとんど出ていなかったので、その反動なのかもしれません。いずれにしても二人とも冒険者として命を失わないでくれているのは感謝しかありません」
そう言って、公爵はフレイニルを優しそうな父親の目で見る。
フレイニルもそれに対して、「はい、これからもソウシさまとともにしっかりと生きて参ります」と答えている。
彼ら父娘は過去に大きな行き違いがあったが、そのわだかまりが薄らいでいるのなら俺としても安心できる。
ただ気になるのは、最後、公爵に呼び留められて執務室で一対一で話をすることになった時のことで、
「先ほどの跡継ぎのお話ですが、フレイニルの子を公爵家の跡継ぎに、という可能性もあります。まあこれはオクノ侯爵が誰を正室とされるのかにもよりますが」
などと、下腹にくることを言われてしまった。
言われてみれば俺自身すでに2国の侯爵である。王国、帝国側ともに一代限りのものとは言われているが、その扱いも今後変化する可能性はある。
いままで跡継ぎ問題など他人事だと思っていたが、自分の身にも降りかかってくるかもしれないと考えると、公爵閣下のその言葉も聞き流すわけにはいかなかった。
ともあれ今のところは、
「私自身の身が落ち着きましたら、再度お話をいたしましょう」
と答えるしかなく、その後フレイニルと合流し宿へと戻った。
しかしその後フレイニルが、「お父様がなにか気になることをおっしゃったのですか?」と聞いてくるくらいだったので、心の動きが表に出てしまっていたらしい。
貴族ならではの話というのは、まだ心が庶民の俺には刺激が強すぎるようだ。




