23章 異界と冥府の迷い姫 17
巨大な甲羅に10本の足、無数の腕が並ぶ『悪魔アンデッド』。
俺はついに、その巨体に『万物を均すもの』による全力の一撃を加えることに成功した。
甲羅の三分の一ほどを失った『悪魔アンデッド』だが、甲羅の上に伸びた3本の首、その先にあるイスナーニたちの頭部は、まだ多少の余裕がありそうだった。
『これ以上はやらせられませんね。使うならここですか、「影獄」!』
俺がもう一撃、と踏み込もうとしたところで、サラーサの頭部が口を開き、周囲におびただしい量の、黒い炎の球を撒き散らし始めた。
『影獄』は耐性スキルに関係なく、対象の動きを大きく制限するという厄介な攻撃である。今これを俺以外のメンバーが食らってしまうとそれだけで形勢が逆転しかねない。
しかもワーヒドゥの頭部も口を開いており、その結果は周囲の地面に多数の魔法陣となって現れていた。どうやら新たなアンデッドを召喚したらしい。
とすると、やはり俺以外のメンバーが『影獄』を食らうのは避けなければいけない。俺はその場に立ち止まり、最大出力で『吸引』スキルを発動した。
雨のように降り注ぐ『影獄』の黒い火球が、吸い寄せられるように俺の頭上に降り注いでくる。『圧潰波』で散らすことも考えたが、もし散らした結果他のメンバーが食らってしまう可能性もある。俺は『不動不倒の城壁』で、全ての『影獄』を受け止めた。
「ぐ……っ、これはけっこう来るな……」
『影獄』の黒い火球はステータス異常を引き起こす技だが、見た目通りの破壊力も持っている。もっともそれ自体は、俺にとっては問題にならない。
厳しいのは、何重にもかかってくる『行動阻害』の効果である。
視覚的には全身に黒い炎がまとわりついているだけ。だが、身体を動かす時に、恐ろしく粘度の高い液体の中で動かすような感覚がある。単なる拘束なら自分の怪力で振り払える感覚があるが、『影獄』の拘束効果は非常に嫌らしい感触がある。
「ソウシさま! 急ぎ『浄化』を行います!」
『おっと、そうはいかんぞぅ~。出でよ、真の姿を得てもなお偽りの生命を求めし者の末路』
フレイニルが叫び精神集中を始めるが、先ほど『神の戒め』を放っているので発動まで時間がかかるだろう。
その前にワーヒドゥが召喚したアンデッドモンスターが、地面の魔法陣から次々と現れた。身長3メートルくらいの、『スケルトン』に近いモンスターである。ただし上半身の肩甲骨や肋骨が異様に発達していて腕が長く、逆に下半身は小さく足も短い。頭部だけは骨ではなく灰色の無表情な人面で、全身の骨がピンク色なだけにスケルトンとしてもかなり不気味な見た目である。
出現したそれら『悪魔スケルトン』は、全部で30体くらいはいるようだ。一斉に口から魔法の槍を吐き出しつつ、それぞれが『ソールの導き』のメンバーに向かって走っていく。
「前衛陣は後衛陣のフォローに入れ!」
俺はその場で叫びつつ、『誘引』スキルを全開にして近場の『悪魔スケルトン』をこちらに引き寄せる。
10本以上の魔法の槍が飛んでくるが、『不動不倒の城壁』を構えるのが間に合わずに直撃を食らう。しかし鎧『神嶺の頂』と耐性スキルのおかげでダメージはほとんどない。
『ろくに動きも取れないのに厄介な冒険者ですね、オクノ侯爵は』
『こちらが動ければ踏み潰してやるのにのぅ~。イスナーニ、「闇星」はまだかのぅ~』
『クヒャッ! まあ待て、狙うならまずは聖女だろう、ワーヒドゥよ』
『確かにのぅ~。あれを先に始末すれば、オクノ侯爵も絶望するのではないかのうぅ~』
俺が『悪魔スケルトン』の攻撃にさらされている隙に、ふざけたことを言うイスナーニたち。
見るとフレイニルは『精霊』にまたがったまま、なんとか俺に『浄化』をかけようと一定の距離を保っている。
だがそこに『悪魔スケルトン』2体が迫り、長い腕でパンチを繰り出し始めた。フレイニルは『精霊』にしがみつき、なんとかそのパンチを回避している。
ラーニ達前衛陣は後衛陣の援護に入ろうとするが、それぞれも『悪魔スケルトン』に阻まれてすぐには駆けつけられない状態だ。『悪魔スケルトン』の骨はかななり強靭のようで、ラーニやマリシエールでもその骨を簡単に断つことはできないらしい。
カルマだけは一撃で打ち倒しているが、他のメンバーは多少手間取っている風に見える。
そんな中、『隠密』『隠身』で移動をしていたマリアネがフレイニルの援護に間に合った。だが3体に増えた『悪魔スケルトン』相手はさすがに分が悪そうだ。
スフェーニアやゲシューラ、ドロツィッテ、シズナたちは騎乗している『精霊』で逃げ回りながらの魔法を放ち、それぞれ1体ずつの『悪魔スケルトン』を倒している。だがすぐに別の『悪魔スケルトン』に狙われて回避に専念するしかない。
ラーニ達もそれぞれ自分の相手を撃破しているが、彼女たちが相手をしないとならない『悪魔スケルトン』はまだ10体以上いる。
「フレイ……っ!」
俺は身体を動かそうとするが、何重にもかかった『影獄』のせいで思うように動きが取れない。
新たにイスナーニがフレイニルを狙って放った『闇星』は『吸引』して受け止めたが、そのせいで多少のダメージを食らってしまった。
『その魔法を無理矢理捻じ曲げるスキルは厄介だな。だがそうしている間にも聖女はもう斃れるぞ。クヒャヒャッ!』
『こちらも身体の再生が進みますしね。徐々に形勢が不利になるこの状況、オクノ侯爵にも存分に絶望を感じていただけるでしょう』
『キメラスケルトンはまだまだ召喚できるでのぅ~。どうやら我らの勝ちということかのぅ~』
頭上からイスナーニたちのムカつく声が降ってくる。
同時に甲羅の人面がまた黒い球を周囲に撃ち出したようだ。数は最初の半分ほどだが、それでも『悪魔スケルトン』と戦っているフレイニルたちにとっては致命的な攻撃となりかねない。
もちろんそのほとんどは『吸引』スキルで引っ張るが、おかげで俺は全周囲から黒い球の直撃を食らうことになる。『神嶺の頂』越しでも凄まじい衝撃と熱が俺を包み込む。
だがいい感じだ。久しぶりのこの感じ、目の前が赤くなり、全身の血が沸騰する。
『しかししぶといのぅ~、オクノ侯爵は。その盾や鎧のおかげもあるのかのぅ~』
『かもしれませんね。ですが限界はありますよ。ほら、足が再生されましたから、踏み潰してみましょうか』
巨体を傾げさせていた『悪魔アンデッド』だが、数本の足が再生され、再びその身体を上へと持ち上げた。
一本の巨大な足が大きく持ち上がり、俺の脳天に狙いを定めたように動きを止めた。
「ソウシさまっ!! きゃあっ!?」
背後でフレイニルの悲鳴が聞こえた。
その瞬間、俺の視界が赤一色に染まった。
全身にビキビキと、強大な力が走り抜ける感覚。血管に巡る血が一瞬で沸騰するようなこの熱。
俺の動きを縛る『影獄』の、その粘度の高い液体みたいななにかが、一瞬硬質化したような感触があった。硬いものなら俺の力が通用する。そして実際、『影獄』の効果は俺の力の前に砕け散った。
『むっ、『影獄』が破られたのですか!?』
戸惑うようなサラーサの声。
そんなチンケな技で俺が本当に止められると思っているならお笑いだ。
「クソはクソに還れッ!! ああぁッ!!」
高速度で頭上から振り下ろされる強大な足。その足裏に、俺はカウンターで『万物を均すもの』を下から叩きつけた。
黄金の槌頭によって与えられた破壊の波は、足先から伝わって、ふくらはぎから膝、膝から太もも、そしてその付け根までを連鎖的に爆散させていく。さらにその衝撃は本体にまで伝わったらしく、巨大な甲羅がビクンを大きく震えて動きを止めた。
『クヒョッ!? これは……っ!?』
『この力、確か武闘大会で一度見ましたね……!』
『この状況でさらに力を増幅させるとはなんと厄介な男なのかのぅ~!』
イスナーニたちの言葉には構わず、俺はフレイニルの方を振り返る。
『精霊』から落とされたフレイニルが地面に倒れ、その前にマリアネが立っている。それを囲むようにして五体の『悪魔スケルトン』がこちら側に背を向けていた。
「マリアネ、伏せろッ!!」
俺が叫ぶと、マリアネは超反応でフレイニルに覆いかぶさった。
同時に俺は『万物を均すもの』を横に一薙ぎする。斜め上に放った『圧潰波』は『悪魔スケルトン』の上半身だけを綺麗に吹き飛ばした。
「ソウシ、こっちは任せてっ!」
ラーニたちが、後衛陣の方へと駆けつけてくる。残る『悪魔スケルトン』は10体ほどだ。そちらはもう大丈夫だろう。
ならばあとはこいつらだけだ。
俺が振り返ると、赤い視界の向こうにある『悪魔アンデッド』は大きく動き始めたところだった。
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