幕間 冒険者たちの評判
新たなクランの発足。
その報せは、瞬く間に交易都市中を駆け巡った。
何せ、今まで孤高を貫いていた『剣神』ユーリカと、『暴君』ミレアの立ち上げた組織だ。人数こそ少ないが、A級冒険者が二人在籍するという他に類を見ない構成に、街の人々はもちろん、冒険者たちの間では大きく注目を集めることになった。
よく口に上る意見としては、あのはぐれ者二人に認められるとは相手はどんな奴だ、という驚嘆や、ギルドの目の保養と化していたティスを奪われた、という悲鳴など、人によって様々な反応が見られた。
凶種の大暴走は民間人には自然現象と控えめに公開されたため、良くも悪くもユーリカたちのクラン発足が交易都市の興味を最も惹く、トップニュースに躍り出たことは間違いない。
そんな話題の渦中にいるティスやユーリカ、ミレアがまず何を始めたかと言うと、
何もしていなかった。
「すみません、ユーリカさん、ミレアさん。食堂の買出しに付き合ってもらっちゃって」
「気にしなくて良いよ、ティス。護衛は必要だからね」
「あたしらと組んだって聞いて、名を上げるためにティスに絡んでくるアホがいねぇとも限らねぇからなー。横にあたしらがいりゃ、そんな面倒ごとも避けられるだろ」
食料品を抱えて街を歩くティスの隣で、ユーリカとミレアがのんびりと笑った。
銀輪亭の昼用の買出しで、朝市で仕入れを行うために外出したティスにユーリカとミレアがくっついてきたのだ。
噂は冒険者のみならず市民の間にも広まっているようで、見知った朝市の店主や農家の人たちが、顔を合わせるたびにクラン発足のお祝いを向けてくれた。
中にはサービスとして商品を多めに渡してくれた店も多く、ティスの両手は野菜や肉類などの荷物で埋まっている。
ティスの出世を祝う、という意味だけではないだろう。
組織的に活動を行うクランは、フリーの冒険者と違って後ろ盾に必ずA級冒険者がいる。その威光と必ず依頼が遂行されるという信頼は、凶種や野獣討伐に留まらず、衛兵隊の目の届かない部分を補佐する街の治安維持の面でも期待が大きい。
「俺はよく知らないんですけど、クランって何が普通の冒険者と違うんです?」
「いろいろ違うよ。――まず、これからの依頼は個人ではなくクランとして受ける。だから、ティスが依頼に失敗した場合は、私たちが代わりに依頼を引き継ぐこともできるし、最初から助力してもいい。逆に、可能なら私たちへの依頼をティスがこなしてもいい」
互助組織、というだけあって、クラン内で仕事の協力ができるそうだ。
誰がどの仕事を担当するかはクラン側が決定できるが、もちろん、慣習として指名依頼を受けた場合は該当者が担当することが最低限の道義となっている。
ユーリカの説明を、ミレアが引き継ぐ。
「代わりに、報酬面でも変わるぜ。報酬は個人じゃなくクランに支払われるんだ。そんで、クラン内の裁量で分配する。……ま、早い話がクランがメンバーに給料を支払うってことだな」
「そうなんですね。でも、それで生活が安定するかもしれないけど、人によっては、個人で受けるより取り分が減って不満が出ることとか無いんですか?」
「クランは、入るには長か責任者の承認が要るけど、脱退する分にはギルドに申請するだけでいいんだよ。クラン内で現在請け負ってる仕事が無い場合に限るけどね。収入が不満だったり、搾取されてると思えば辞めるのは簡単なんだ」
「他のとこだと割と聞くな、すぐ辞める奴」
空を見上げながら、ミレアがつぶやく。
三人しかいない自分たちのクランでは、まだあまり縁の無い話だろう。
「あと、クランは自由裁量の代償として、年毎に街とギルドに一定額の税金を払わなければいけないからね。違う街では、それが負担になって、メンバーに給金を支払えなかったり解散することもあるそうだよ。この都市は依頼が多いから大丈夫だけどね」
ユーリカの言葉に、ティスは、え、と驚きの目を向けた。
「税金って、大丈夫なんですか!? 俺たち、まだクランとしての仕事を何も請けてないんですけど!」
「あー、お前は心配すんな。あたしら二人が出してっから」
「私たちは今までフリーだったからね。それなりに蓄えはあるんだよ。二人とも特に趣味らしい趣味も無かったし、使いきれなくてね。当分は何もしなくても問題ないよ」
悠然と微笑むユーリカに、何だか申し訳なくなるティス。
さすがは冒険者最高峰であり稼ぎ頭の一角、と言ったところだろうが、金銭面でも自分が役に立てていないことに内心で奮起する。
これからがんばらねば。
*******
「女将さん、旦那さん、ただいま戻りましたー」
「おー帰ってきたなぁー、かわい子ちゃん。待ちくたびれたぜぇ」
銀輪亭に帰ってきたティスを出迎えたのは、意外な二人だった。
ユーリカたちの新クラン『天命への道標』と肩を並べる既存クランの長たち。
A級冒険者、『天駆』のアーランディールと『全知』のテムノットだった
「あっ、アーランディールさん。ご無沙汰してます」
「へへっ。休みなんで、こいつを誘って一杯やりに来たぜぇ。――あ、紹介するぜ。こいつはテムノット。あたいと同じA級冒険者だぁ」
「……どうも」
陽気に酒杯を掲げるアーランディールに対し、同席した少女がちびちび舐めるように口をつけながら、ぺこりと会釈した。
前髪で顔を隠した、内気そうな少女だ。
「初めまして、ティス・クラットです。よろしくお願いしますね、テムノットさん」
「……うん。ボクはテムノット。よろしく」
荷物を置いて席に近寄り、前髪に隠れた少女ににこりと挨拶する。
その笑顔を見て、少女は微かに頬を染め、うつむいた。
「……情報より、可愛い、ね……」
「情報?」
小首をかしげるティスに、少女は何も言わずに、赤い顔でまたちびりと酒杯を舐めた。
予期せぬ二人の来訪に、声を荒げたのは付き添っていたミレアだ。
「待て待て待て! アーランディール! 何でてめぇがここにいやがる!?」
「何でって、そりゃぁ、新しくできたクランの敵情視察って奴だぁ。テムノットやオルセナみたく独自路線の奴はともかく、お前らガチンコの二人はあたいの戦闘クランと仕事が被るだろぉ?」
まるで本心ではない口調で、にやにやとからかうようにアーランディールは言った。
意図の読めない二人に警戒を抱いていたのはミレアだけではなく、ユーリカもまた神妙な口調で二人に問いただす。
「たった三人のクランに、六百人を抱える大手クランの主が自ら敵情視察をするとは思えないけどね。大暴走の手柄を取られた意趣返しのつもりかな? それに、何でティスと面識があるんだい?」
「はっはっは、真に受けるなよぉ、ユーリカ! 本当のところはだなぁ。テムノットは物見遊山。あたいは、ちょっとした約束を守りに来たのさぁ」
「約束ぅ?」
顔をしかめるミレアに、横からティスが取り成すように割り入った。
「あ、あの! 俺が戦場に行くときに、アーランディールさんに連れて行ってもらったんです。俺の足だと、ユーリカさんとミレアさんが戦ってる間に間に合わなかったので」
「げっ! 都合よく間に合ったと思ったら、こいつに力を借りたのかよ! よりによって、こんな女に!」
「道理で、ティスが戦場に来られたと思った。戦況が傾いてから駆けつけたにしては、ずいぶん早かったからね……」
「す、すみません」
頭を抱えるミレアとユーリカに、ティスは頬をかきながら謝った。
三人の間柄があまり良くないと察してのことである。
しかし、それとこれとは話は別。ティスはアーランディールに向き合い、改めて礼を告げた。
「その節はありがとうございました、アーランディールさん。おかげで、何とか間に合って皆無事に帰って来れました」
「無事に帰って来れたかはあたいの手柄じゃねぇよぉ。気にすんな! でも、良くやったな、いい男がこの世から減らずに良かったってもんだぜぇ!」
「ぐぎぎ……こいつに借りを作っちまうたぁ……!」
「てっきり手柄を取られて悔しがってるかと思ってたんだけどね……まぁ、向こうが納得してるなら、遺恨も残らなくていいけれど」
複雑そうなミレアとユーリカをよそに、アーランディールはティスに向け、不敵に笑った。
「約束だからなぁ。お前の言ったとおり、また会いに来たぜぇ。――そんで、口説きに来た。今晩あたいに付きあわねぇか、ティス・クラット」
「待てコラ! 口説きに来たってどういうこった! ティス、お前、そんな約束したのか!?」
仰天しながら、ミレアはティスをかばうようにアーランディールとの間を塞ぐ。
その過保護ぶりに、アーランディールは意を削がれたようにため息をついた。
「あんだよぉ、いい男を口説いて何が悪い。――どうせ三人でよろしくやってんだろ、一晩くらいあたいに付き合ってくれてもいいじゃねぇかぁ」
「ふざけんな! あたしらとティスはそんな関係じゃねぇよ! 誰がこいつに手を出させるか!」
ミレアの剣幕に、アーランディールは驚いたように目を剥いた。
世の中の口さがない女の間では、ティスが二人の慰み者として囲われているという話も一定数あるのだ。
「なんだぁ? ……ってことは、ぶはは! お前ら、まだ処女のままか! 何やってんだぁ、こんないい男独占しといて!」
「ほっとけ!」
アーランディールの爆笑に牙を剥くミレア。
そのミレアの肩を掴み、どけるようにしてアーランディールは立ち上がり、ティスに顔を寄せた。
「初めてかぁ? 優しくしてやるぜ、ティス・クラット」
豹の虹彩が、ティスを見つめる。
自信と実力に満ちた、大人の女の色香だった。きっと、惑わされる男は多いのだろう。
匂い立つような魅力が、少年の頬に触れる。
けれど、ティスは苦笑しながら丁重にお断りさせていただいた。
「……ごめんなさい。戦場でも言ったと思うんですけど、俺、好きな人がいるんです」
ぽかん、とアーランディールの表情が間の抜けたものに変わる。
きっと、自信に支えられた彼女には、断られることなど想定もしていなかったのだろう。
あるいは、二人の女性のそばにいて嫌がらない男だ。女慣れしていて、断られるにしてももう少し色よい反応を引き出せると思ったのか。
にべもないティスの即答に、アーランディールは虚を突かれた形になる。
ティスは頬に触れたアーランディルの手に自分の手を添え、
「アーランディールさんも魅力的な女性だと思います。でも、そういうことは本当に好きな方に言ってあげてくださいね」
にこり、と他意も邪気も無く微笑むティス。
その無垢さに、アーランディールは毒気を抜かれるしかなかった。
「……お、おぅ」
豹の獣人、アーランディールは内心で思う。
こういう、清楚な男もイイ。
いつか本気で口説き落として、めちゃくちゃに乱れさせてやりたい。
強者としての『女』がうずくのを感じ、けれども同時に、触れれば壊れそうなものに触れているという背徳感がぞくぞくと背を駆ける。
それを表に出せば、きっと、この男は自分に見向きもしなくなるだろうと言う確信も。
だから、アーランディールは引き下がることにした。
にやり、と口の端を持ち上げ、
「諦めねぇからなぁ、ティス・クラット」
そう微笑んだ。
はい、と笑顔で答える少年に、本気の胸の高鳴りを覚えながら。
やがて、その状況に業を煮やしたミレアが割り入り、ユーリカとテムノットが傍観し、ティスが止めに入るという修羅場が昼の銀輪亭で繰り広げられたのだが。
まぁ、他のクランとの軋轢も無く、クラン『天命への道標』は、他のA級冒険者たちにも承認されることになった。
なお、この翌日、同席していた『全知』テムノットの手によって、
「アーランディールが年下の少年に押せ押せで告白して、ものの見事にフラれた」
という無体な情報が拡散され、街の冒険者たちの耳に入ることになるのだが――
それはまた、別の話。




