たったひとりの援軍
血の煙る戦場に、その声は聞こえた。
二人だけで背中合わせ。味方なんて誰もいないはずの、血塗られた死地に。
それはやってきた。
後方の群れを斬り分けて、ゴブリンやトロルに太刀を浴びせ。
精一杯の雄たけびを上げて、格上の凶種の海をかき分けるように。
自分たちを探して、彼は駆けつけた。
「ユーリカさんッ! ミレアさんッ!」
降り注ぐ凶種の攻撃を潜り抜け、飛び出すように、少年は二人のいる場所へと躍り出た。
「――ティス!」
よけ切れなかったいくつかの戦斧や棍棒が身体のあちこちをかすめ、額からわずかに伝った血が頬を濡らしながら、勢い良く転げるようにティスは二人の下へとたどり着く。
その背後を狙う無数の凶種の手を、間髪いれずにユーリカが斬り飛ばし、ミレアが叩き潰した。
視界に入るオーガたちを威圧しながら、ユーリカの剣が周囲を薙ぐ。
ほんのわずかに生まれた波状攻撃の合間を縫って、ミレアがティスの腕を掴んで立ち上がらせた。
二人の顔を確認したティスの表情が、安堵に綻ぶ。
「良かった……ミレアさん、ユーリカさんも、まだ生きてて……」
「バカヤロウ! 何で来やがったんだ!? お前が生きてられるような甘い場所じゃねぇんだよ、ここは!」
「ミレア。状況が変わった、私が全力で退路を確保する。ミレアはティスを守って街に戻ってくれ。後のことは頼むよ」
覚悟のこもった声で、ユーリカが二人を護衛しながら告げる。
足手まとい――ティスの脳裏にその一言が浮かび、一瞬心がすくんだ。生まれかけた後悔を振り払うように、ティスはミレアの腕を掴み、そして言った。
「守る必要はありません、俺も一緒に戦います!」
「お前の実力じゃこの数を切り抜けるのは無理だ! ここに来るだけで手傷を負ってんじゃねぇか! オークの群れを相手にして、数を相手にすることの怖さは学んだだろ!」
「無理を通してるのは、ミレアさんとユーリカさんだって同じじゃないですか! いくら二人でも、こんな数を相手に無事で済むわけない! だから、俺を置いていったんでしょう!? 言えば止められる無茶だってわかってるから、何も言わずに!」
最後の一言に、ユーリカとミレアは表情をゆがめた。
図星だった。
何かを話せば今生の別れになる可能性もあった。それほどのリスクを、二人ともが承知していた。上層部の、周囲の協力を得られなかった以上、二人は自分たちだけで戦場に出た。
ティスを、巻き込まないために。
「戦わせてください。力にならせてください。二人に出会って、二人に命を救われて。夢を認めてもらって、俺は今まで助けられてきたんです。だから、二人だけにならないでください! 二人だけで命を捨てるような真似はしないでください!」
ミレアの手を振り払い、ティスは剣を振るう。
ミレアの背後に迫っていたオーガの喉笛を切り裂いて、その巨体を追い払う。
「貴女たち二人が大事にしてくれたように、俺だって貴女たちが大事なんだ!」
ユーリカの剣が届かない凶種たちを相手に、ティスは剣を振り続ける。
その力は非力に過ぎずとも、ティスは思いの丈を込めて叫んだ。
「たとえそこが命を散らす戦場でも! 俺は――貴女たち二人と一緒にいたいッ!」
ほんの、わずかな一瞬。
ミレアの動きは止まっていた。
その頬に、つぅ、と一筋の雫が伝う。
剣を振るうユーリカの笑う声が、背後から聞こえた。
「ミレア。――援軍だ」
たった二人。
誰も自分たちの話を信じようとはしなかった。
なのに。
自分たちが何をしようとしているのかも知らないのに、ただ信じてくれる相手がいる。
たった一人。
加護もない少年の、それは本当にちっぽけな助力だ。
けれど。
今、この場では、何よりも心強い援軍だ。弱気を払い、心を奮い立たせてくれる。
だから、ユーリカは、笑った。
声を震わせながら、心の底から嬉しそうに。
「待ち望んだ、援軍がやってきたんだ」
いつも二人だった。
その日ばかりを生きる他人に望みを持っていなかった。
人智を超えるその強さに恐れられ、羨望すら生まれず距離を取られた。
そばにいられるのは、残っていられるのは、同じ強さの相手だけ。
だったはずなのに。
三人目が、そこにいた。
「そうだな、ユーリカ。男が見てんだ、良いとこ見せなきゃな!」
ミレアは立ち上がり、駆けた。その竜の爪が周囲に群がる敵を薙ぎ払う。
助力を得られ、ティスはミレアの顔を見た。
彼女は、頬を濡らしながら、ニッ、と笑っていた。
「ユーリカ! 二分時間を稼いでくれ、この場はあたしが何とかする!」
「わかった。任されるよ」
三人の距離が縮まる。ユーリカの剣閃が結界のごとく、二人を守る。
と、剣を握りユーリカの補佐をしようと集中するティスの横で、ミレアが突飛な行動に出た。
突然、服を脱ぎ始めたのだ。
「み、ミレアさん!?」
戦場に突如晒された裸体に混乱するティスに、ミレアは大声で呼びかけた。
「ティ――――スッ!」
「はいッ!」
「これから使う奥の手は、あたしの最終手段だ! その後、あたしはぶっ倒れる。すっからかんになって、身動き一つ取れねぇ状態になるッ!」
思わず背筋を正してかしこまるティスに、ミレアは半裸のままで笑いかけた。
少年の姉として。女として。
今まで何度もその背を貸した弟であり、自分を頼ってくれた愛すべき少年に向けて。
「だから……今度は、お前があたしを負ぶってけ。いいな!」
託そう。仲間に。
たとえ力及ばず倒れるとしても、この少年とともにいられるのならば本望だ。
向けられたその笑顔に、ティスが返すべき言葉なんて決まっていた。
「はいッ、任せてくださいッ!」
ミレアはにこりと満足そうに笑うと、裸身になって、指先を尖った牙で噛み切る。
指先に伝う血をぐい、と両頬に塗りつけた。
「行くぜ! 竜血励起――」
次の瞬間、ミレアの瞳が変化した。
瞳孔は尖り、爬虫類に似た、金色の竜の瞳へと。
瞳のみならず、その姿を変える。
「――『竜身変異』!」
戦場に、一匹の『竜』が舞い降りた。




