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凡庸な最強殺し



 ユーリカとミレアの戦いはこう着状態に近かった。

 幾百幾千を斬り続けようと、襲い来る数は数万を超える。

 打倒した数はそろそろ万に昇ろうかと言えたが、それでも押し寄せる凶種(モンスター)の勢いは衰えず、現状を維持するような戦いが続いていた。


 発生源と推測される、群れの奥へと進めない。

 その焦りが、熾き火のようにちろちろと二人の胸を焦がし始めていた。

 いくら紙の様に容易く切り裂けるとは言っても、相手も戦闘能力を持った凶種だ。

 津波のように群れを成すその攻撃をすべてかわすという離れ業は不可能に近く、ユーリカもミレアも、幾度もオーガやトロルの強打をその身に受けていた。


「このままだとジリ貧だぜ、ユーリカ!」


「そうだね……いっそ、全力で吶喊すべきかな?」


 ユーリカの顔は汗に塗れている。

 強大な『加護』と言ってもそれは無尽蔵ではなく、無限でもない。体力と同じで攻撃に乗せても防御に回しても消耗する。

 まして、素の腕力で自身を大きく上回る、巨体のオーガ種やトロル種の攻撃を防いでいる以上、消耗は激しかった。


 ふと脇を見ると、ミレアも同様だ。

 棍棒による打撃こそ皮膚を変質させた『竜鱗』で防いでいるものの、疲労と内部への衝撃は防げない。

 まして、体格的に小柄なミレアだ。

 いかに竜人種とは言え、無限の体力を持つはずも無く、数時間にも及ぶ戦闘に息が上がり始めていた。


 大群を相手にした消耗戦。

 それは二人にとっての天敵だ。


 いかな鋭い剣でも、敵を斬り続ければ刃は鈍る。

 それと同様に、自分の身体を動かせばその分の体力は消費する。いかに強大な力であろうとも、代償(コスト)なしに振るうことはできない。

 卓越も最強も決して無限と同義ではなく、生物として、人間としての有限が彼女らの持つ弱点と言えた。


 全力を放てば活路が見出せるのか――


 雑魚の群れ。そう断じれば、全力での殲滅は容易く見える。

 だが、今の状況は無限に再生する一個の怪物を相手にしているようなものだ。


 終わりの無い戦いの中で、過度の消耗は避けるべきだと二人の判断は一致していた。

 万が一にも、こちらが力尽きて動きが止まれば、それは死を意味する。


 これが、群れを相手にしたときの恐ろしさだ。


 個を斬り続けても、同じ個が他に存在している。いかな強大な技で個を撃墜したとしても、そのすぐ後に控えているのは別の同じ強さの個との戦いだ。

 二人の有り余る強ささえ、その意味を薄める。


「ユーリカ! 手を止めんな!」


 延々と繰り返される状況に、ユーリカの集中が一瞬途切れる。

 その隙を見計らって打ち込まれたトロルの錆びた大戦斧を、横からミレアの鉈が斬り飛ばした。次の瞬間には、すぐさまトロルの首から上が消し飛んだ。


「すまないね、ミレア」

「しっかりしろ! 体力が尽きる前に集中が尽きたら何にもなんねぇぞ!」


 人間の集中は長くは続かない。

 高度な集中による忘我の酩酊状態にあれば意識的なものより持続する場合は多いが、それでも休憩は必要だ。判断の連続と集中の持続は、人間の精神力と思考力を大幅に削る。

 女神の『加護』が女性を強化するとしても、精神力と思考力までは強化できない。


 疲労が、二人を襲い始めていた。


「せめて……あと一人……後を任せられる人間がいれば、私たちのどちらかが力技で押し切ることもできるだろうにね……」


「……ッ! 無いもんねだりをしたって仕方ねぇだろうよ! あたしだって、後のことを気にしねぇで済むんなら、とっくに奥の手を使ってらぁ!」


 どちらかが全身全霊を振るえば、残った一人は倒れた相方を守らねばならない。

 倒れた相手を守りながら、同時に原因を追求して群れを押し切るのは、不可能だ。


 せめてギルドや、他のA級の協力が得られていれば。


「ふふ……そうだね。戦場で意味の無いことを考えるのは、良くないことだ」


 だが、それは考えても仕方の無いことだ。

 彼女らは、理解を得られずとも死地に飛び込むことを選んだ。


「我慢比べと行こうじゃないか……! こちらが力尽きるのが先か、こいつらの勢いが衰えるのが先か……!」


 そうつぶやいて数体を同時に斬り伏せるユーリカの表情には、疲労と焦燥の滲んだ凄絶な笑みが浮かんでいた。



*******



「あいつらの陰に隠れてろ、だぁ……?」


 ティスの発言に面食らっていたアーランディールだったが、意味を理解するにつれ、その表情が憤怒に染まっていった。

 豹の虹彩を持つ鋭い瞳が、ティスを射抜く。


 だが、ティスは臆しなかった。


 周囲の高位冒険者たちの視線も、たかが男が何を言う、と不快をあらわにした剣呑なものに変わっていく。

 殺伐としかけた雰囲気に背後で慌てふためくシャルロットも目に入らず、ティスは目の前のA級冒険者を真正面から見据えた。


「あの二人が、何の考えもなく前線に飛び出したのなら、見捨てればいいでしょう。でも、あんたたちはあの二人を信じなかった。あの二人だけが危険を背負って飛び出したのに、それを見捨てて戦場に踏み込まないと言うなら、もう俺に言うべき言葉はありませんよ」


 そう言ってティスは、きびすを返した。

 人垣になった冒険者を押しのけて、外壁の下に続く階段へと向かおうとする。

 アーランディールが片眉をひそめ、呼び止める。


「待てよ。言うだけ言って、どこへ行く気だぁ?」


「戦場に。あの二人のところへ行きます」


「今から行って、間に合うのかよぉ?」


「行かなきゃ間に合わないかもしれない。そうなったら、俺は絶対に後悔する」


 ティスの決然とした口調に、アーランディールは小さく舌打ちした。

 最下級であるE級がいくら咆えようと、まして女より地力に劣る『男』が一人加勢に向かったとして、そこに何の意味があるものか。表情には、そんな揶揄が含まれていた。


「足手まといになるだけだろぉ」


「そうかもしれませんね。でも――大切なものが失われるかもしれないこの瞬間に、俺は臆病者じゃいられない!」


 その一言が、A級冒険者の忍耐を切れさせた。

 立ち去ろうとするティスの腕を、最速の移動で捕まえ、豹の獣人はその胸倉を掴み上げた。

 全力の殺気を向けているにも関わらず態度を崩さないティスの姿に、アーランディールは背後に控えていたクランの副官に怒鳴りつけた。


「マシュー! あたいは用ができた! ここを離れるぞ!」


「待ってください、アーランディール様! 貴女がいなくなったら、士気に関わります!」


「五分だけだ! すぐに帰ってくらぁ!」


 炎の混じりそうな吐息を漏らし、アーランディールは掴んだティスの身体を片手で持ち上げた。


「このオスガキを戦場に捨ててくるだけだぁ。士気を乱す奴ぁ、この場にはいらねぇ。あたいらが戦場に踏み込めねぇたぁ、言ってくれるじゃぁねぁかぁ!」


 ギルド屈指の戦闘集団の長、アーランディールは憤怒をあらわにティスに咆えた。


「クソが。貧弱な男のお前一人に何が出来るのか、見せてみろ!」


「……っ! ああ、俺は、男だよ! それでもな――」


 胸倉を捉える獣人の手を掴み、苦悶の中でティスは叫んだ。

 精一杯の、力をこめて。




「――女を守りに行くのが、男なんだよッ!」









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