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向かうべきは



 街を守る外壁の上から見渡すその光景は、異様なものだった。


 街に向かってくる凶種(モンスター)の群れが、何かに阻まれたように進軍を止めている。両脇からこぼれて進んでくる凶種たちもいたが、その数は少ない。

 ともすると、積み重なった屍の壁のようなものすら出現し、その周囲には凶種の骸の敷き詰められた黒い地平が覗いていた。

 群れの中央で、何かが起こっていた。


 最初にその可能性に気づいたのは、ティスだった。


「ユーリカさんと……ミレアさん……?」


 山育ちのティスの遠視能力は人並みよりもわずかに良い。

 その視力でも何が起こっているかは判然としなかったが、街を襲うべき凶種が足を止めて、見えないほど数の少ない何かと交戦している。

 そんな少数で離れ業を成しえる心当たりは、いくらも無かった。


「ユーリカにミレア!? そんなわけありませんわ、何であんな前線にいますの? ここまで下がってわたくしたちと一緒に戦えばいいじゃありませんの!」


「わかりません。でも! あそこで誰かが戦ってるとしたら……そんなことできるのは、あの二人しかいませんよ!」


 シャルロットにも、当然ティスにとっても、理解しがたい展開だった。

 本来後方に控えるべき最強戦力が、突出して二人だけで迎撃している。

 一見、己の身を無駄に犠牲にする暴走にしか思えなかった。


 だが、ティスは自分の背に走る言い難い悪寒を感じていた。

 少数で多数と戦うことの危険を熟知しているユーリカが、こんな無謀な突撃を無意味に行うはずがない。

 ミレアもそうだ。

 あの二人は冒険者の頂点を務める最上位の一角だ。

 その経験と判断はティスたち並の冒険者が及ぶものではなく、ただ功名心による独断専行に留まらない何らかの事情があると、ティスは確信していた。


 動転しているシャルロットの手を掴み、外壁の冒険者たちに指揮を出す上位冒険者を探しに駆け出す。

 あの二人をこのまま危険にさらし続けるわけにはいかなかった。


「何をしている! 自分の持ち場に戻れ!」


 見咎めた女性冒険者が、ティスを叱咤した。

 恐らくB級だろう。語気を荒げる冒険者に、ティスは強い口調で具申した。


「援軍を出してください! ユーリカさんとミレアさんが、凶種の群れの真っ只中で戦ってます!」


「ユーリカ? ミレア? A級冒険者の二人か。なぜあの二人が、そんな最前線に出ている? 我々には見えないが、お前にはその姿が見えるとでも言うのか」


「見えません、けど……あそこで凶種を食い止めているのは、あの二人以外にありえません! きっと二人には何かの考えがあるんです、二人だけで戦わせないでください!」


 ティスの熱弁に、上位冒険者は疑惑の目を向け、はん、と鼻を鳴らした。


「凶種の足が止まっているのが、あの二人のおかげとも限らないだろう。遠方で確認が出来ていない以上、共食いでただ進軍が遅れているだけという可能性もある。そんな不確かな憶測で、あの数に突っ込めると思うか?」


「じゃあ! なんであの二人はここにいないんですか! あの二人はどこにいるって言うんです! それに――あの群れに立ち向かっていく二つの人影を見ました。きっと他にも見た人がいるはずです。あの二人以外に、誰がそんなことできるって言うんです!」


「はは。A級ほどの冒険者が、そんな無謀なことをするものか。……なぁに、考えてみろ。もしお前の言うことが本当なら、勝算があってのことかもしれんぞ。それなら、我らはここで座して見届ければいいだけの話じゃないか。人手は出せん」


 歯噛みするティスの袖を、後ろからシャルロットが引いた。


「ティス、やめましょう。確証があってのことではありませんし……」


「でも、あの二つの人影は間違いなく、ユーリカさんとミレアさんです! たった二人だけで戦場の真っ只中にいるんですよ!?」


 周辺の冒険者たちの間に、どよめきが伝播し始めた。

 A級冒険者たち二人が前線で進軍を食い止めている、という情報が半信半疑のままに伝わっていく。

 二人の命を諦めて笑い飛ばす者、実力者が数を減らすということに不安を払拭され期待を抱く者、その反応は様々だったが、どよめきは大きくなり始めた。


 その噂の発信源が、二人の庇護を受けているティスであったということも、三人の関係をギルドで目の当たりにした冒険者たちの口に上り、大きな後押しとなっている。


 どよめきが大きな騒ぎになり始めたとき、ティスの前にやってきた人物がいた。


「なんだぁ! 何の騒ぎだぁ、お前ら!」


「て、『天駆』のアーランディール……」


 シャルロットが慄いたように、その女性を見てつぶやく。

 猫に似た耳と独特なまだらの髪色をした、峻厳な体格の女性だった。

 戦闘準備の演説の際に、ギルドマスターの隣に並んでいた人物の一人だ。


 ティスはその女のみなぎる迫力に、思わず息を呑んだ。

 A級冒険者――

 ユーリカやミレアと同格の実力者だ。騒ぎを聞きつけ、治めようとやってきたのだろう。

 彼女らは《クラン》という組織を持つ。目の前のB級冒険者は、その一員だったのかもしれない。平伏せんばかりに頭を垂れている。


 豹の獣人種、『天駆』アーランディールは、人だかりを押し分け、ティスの前に立ちはだかった。

 ぎろり、とねめつけるように騒ぎの中心となるティスに目を向ける。


「お前が、原因か。男が何を騒いでやがる」


「ティス・クラット。E級です。貴女は、ここの指揮者ですか?」


「ああ、戦闘クラン『白銀の牙』の長、A級のアーランディールだ。防衛と軍の補佐はあたいとあたいのクランに任されてる。それで? E級が何を騒いでやがる?」


 獣の気迫で威圧するアーランディールに、ティスは拳を握り締めながらその目を見据えた。意を決して、口を開く。


「あの凶種の群れを圧し留めているのは、ユーリカさんとミレアさんです。二人は、何かしらの意図を持ってあの数に立ち向かっています。数に呑まれてしまう前に、援軍を出してください」


 ティスの言葉に、アーランディールはふと考え込む仕草を見せた。

 何か、思い当たる節があるのかもしれない。

 小さなため息を吐き、アーランディールは静かに告げた。



「凶種の侵攻が止まったのはぁ、あたいも確認してる。まず間違いなく、やってるのはユーリカとミレアだろうなぁ。……で。それで?」



 何気ない彼女の返答に、ティスは一瞬耳を疑った。

 二人の勝利を確信した声音ではなかった。興味もなく、路傍の石を語るかのような呆気ない返答だったからだ。


「それで、って……いくらあの二人でも、あの数を相手にするのは無茶です! 助けに行かないと、このままじゃ――」


「そんなもん、ユーリカとミレアの勝手だろぉ?」


 切り捨てるように、アーランディールは冷たく言い放った。

 明日の天気でも語るように戦場に視線を投げ、目の前の指揮者は続ける。


「ギルドと街の総意は防衛戦だ。あたいらの仕事は、この外壁を拠点に凶種を殲滅して、市民の安全を守ることぉ。勝手に斬り込んでいった二人を、何であたいらが助けに行かなきゃならん?」


「そんな……二人を、見捨てるんですか……?」


「見捨てるも何も、人手を出せばその分、ここの守りが薄くなる。向かわせた冒険者だって危険な目に遭うだろぉ。お前はぁ、身勝手な行動を取ってる二人のために、街の人々や他の冒険者の命を危険にさらせってぇのかぁ? そんなもん、許可できねぇだろ」


 アーランディールの言葉は、正論だった。

 軍も冒険者も、目的に沿って統率された行動を取っている。

 軍は領主の命、冒険者は自分の命を守るため、と理由はそれぞれ違うが、全員が全員、確固とした意志の元に配備されているのだ。


 意志を持って動く集団であれば、意志を持って動かない判断もまた当然と言えた。守るもの、優先すべきものが他にあるからだ。


「あの二人が食い止めてるったって、全部が足を止めてるわけじゃない。街に向かってる凶種もぉ、いる。なら、それを防ぐのがあたいたちの仕事だぁ。そうだなぁ、数が減ってるのは、ただの僥倖以上に感じることはねぇよ」


「それで……いいんですか……」


 下げた拳を握り締める力が増す。

 少なくとも、凶種を街に近づけないために命を張っている二人に対する、これが冒険者の、ギルドの回答か。


 ぎり、と奥歯を噛み締めるティスに、アーランディールは冷たく言った。


「冒険者ってなぁ、自己責任で動くもんだ。あの二人は自分の責任で動いた。今の状況が嫌なら、あたいらを説得して人手を増やして向かうべきだったんだ。……まぁ、あいつらの言うことを真に受ける奴なんて、いなかったけどなぁ?」


 けらけらと笑うアーランディール。

 その一言に、ティスの目が見開かれた。

 ユーリカとミレアは、自分の考えをギルドに伝えていたのだ。決して、黙って自分本位に行動していたわけじゃない。

 賛同を得られなくとも、今の不利な状況に陥ることを覚悟してでも、向かわなければいけない理由があった。たった、二人だけでも。


 そんな二人を、見捨てるのか?


 黙って。何もせずに――

 そんなこと、


 できるわけがない。


「……自己責任ならいいんですね?」


「あ、なんだぁ、かわい子ちゃん? 何かしようってのか? 身体使って、あたいにお願いでもしてみっか?」


 からかうように、愉快そうに笑うA級冒険者に向けて、ティスは意を決した。

 顔を挙げ、下げた拳を握り締める。

 腹の底から、ティスは言い放った。



「貴女たちが誰も動かないんなら、俺が行きます。俺だけでも、あの人たちの力になる。――あんたたちは、そのままあの二人の陰に隠れてろよ」



 ティスの怒り。

 かよわいはずの、たった一人の少年のその一言に。

 アーランディールだけではなく、その場にいた冒険者たち全員が、驚きの目を向けた。









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