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誰がために戦う


 上位であるB級冒険者たちの指示によって、外壁各所での配置が決まっていく。


 ギルドからの緊急召集により、冒険者たちは速やかにギルド庁舎近くの広場に集められた。ギルドマスターの演説により、各員の役割と配置が決められていく。

 ティスもまた、冒険者の一人として群集に紛れ、その演説を聞いていた。


 ギルドマスターの横に立つのは、主戦力となる《クラン》を総べるA級冒険者たち。

 だが、その中に、ユーリカとミレアの姿はなかった。



「ティス! わたくしたちと一緒に行きますわよ!」


「は、はい、シャルロットさん! 俺たちの配置はどこですか?」


「わたくしたちは《クラン》に所属していませんから、外壁の上でよじ登ってくる凶種(モンスター)の狙撃と、迎撃ですわ。応援に近いですわね」


 布陣は、外壁の外の地面に領主軍と補佐の冒険者を展開し、下位の冒険者は外壁の上から弓や投石による援護、もしくはその補給、と役割が分けられた。

 予備兵力を含め、軍民併せて一万を超える頭数での迎撃だ。


 領主軍の補佐はA級率いる猛者ぞろいの《クラン》が担当し、近隣の村からの避難民を収容、戦況が悪ければ軍ごと外壁内に撤退。ティスたちの役割は収容と撤退の援護であり、外壁内への凶種の侵入を防ぐ防波堤、その末端だった。


 役割的には民間人でも出来ることだが、下位の冒険者はおおむね実力的に民間人とそう大差がない。無駄な犠牲を減らすための配置である。

 血気盛んな冒険者たちも、自分の命が最優先と教えられているため、討伐報酬につられて文句を言う者たちはいなかった。


「統制は取れてるんですね。まるで軍隊みたいだ」


「みんな命が惜しいことと、領主軍が迎撃の主役という事実が大きいですわね。でも、抜け駆けしようとする者も、毎回いくらかは出てきますわよ。軍ではないから自己責任になりますけど、劣勢に陥っても救助は期待しない方がいいから、無理しちゃダメですわ」


 シャルロットは自分の装備を整え、従者を従えて外壁へと向かう。

 ティスも支給された弓や矢玉の束を背負い、それに続いた。


 背の高い外壁から見渡すと、足元に領主軍と中位以上の冒険者たちが展開していた。

 街に押しかける近隣の村人たちを誘導しながら外壁の中に収容している。


 はるか彼方には、地平にうごめく気色の悪い景色があった。

 凶種の群れだ。

 広い平原とは言え、目視できるほど近くに寄って来ている。

 その目的がこの街であることは、容易に察することが出来た。


「かなり数が多いですわね……」


「いつも、このぐらいの数がやってくるんですか?」


 固唾を呑むシャルロットに、ティスは尋ねた。

 シャルロットは視線を凶種の群れる地平から外さず、ゆっくり首を振った。


「そうあることじゃないですけど……前回の数倍は規模が大きいですわ。本来は、大暴走(スタンピード)と言っても同数かこちらの方が数が上回る程度ですの。こちらの数倍は数がいますわ……」

 

 ぞくり、とティスの背中に震えが走る。

 見える数は数万に届く。

 数十体のオークの群れと対峙し、圧敗した悪夢が脳裏に蘇る。

 とは言え、今度はこちらも一人ではない。万の味方が、心の支えになる。


「まぁ、大丈夫ですわよ、ティス。こっちだって負けてませんもの。こういう状況をひっくり返すために、B級やA級の上位冒険者がいるんですの。それに、外壁もある以上、篭城していればこちらが有利ですわ」


 シャルロットの言葉を肯定するように、眼下の領主軍は決して前に出ないよう、声を張り上げて全軍と冒険者たちに通達していた。

 無理な進軍を禁じて、外壁で数を絞る篭城戦に持ち込む方針を徹底している。


 予想を超える数だが、見えている数だけならば、この街は持ちこたえられる。


 それが、シャルロットにも、領主軍にも、ギルド上層部にも共通した見解だった。

 見えている数だけならば。


「……あれ?」


「どうしたんですの、ティス?」


 シャルロットが首をかしげる。

 ティスの目には、無人のはずの平原に、遠く人影が見えた。そんな気がしたのだ。

 逃げ遅れた避難民だろうか? その割には、人影は街に向かってはいないように見える。まるで、街を守るように――


 その二つの人影は、平原に佇んでいた。



*******



 二人は、ぽつりと平原に立ち、眼前に迫り来る凶種の群れを見据えた。


「やっぱ、これしかねーよな」


「ああ。これしかないね」


 ミレアと、ユーリカだった。

 助けは借りられない。ギルドの判断は篭城による防衛戦だ。

 その判断は、目の前の数を相手にするだけならば正しい。


 だが、それでは済まないと、戦場の空気を嗅ぎ取る二人の嗅覚が告げていた。

 近くに寄ればなおわかる。

 汲めども尽きず、湧き続ける凶種の群れ。その数は明らかに数刻前より増えている。

 前線にのみ漂う戦場の不穏な空気が、二人に凶報を伝えていた。


 このままでは、交易都市は滅びる。

 そこに住む、生きとし生ける住民たちすべての命も諸共に。


 二人は、揃ってため息を吐いた。

 その顔は、どこかせいせいとしたような、覚悟を秘めた顔だった。


「ミレア。悔いは無いかい?」


「ユーリカこそ。いい男の一人でも抱いて望もうって気にゃならなかったか?」


「私に男は必要ないよ。必要なのは主であり――剣を捧げる相手だったんだからね」


 そうかい、とミレアは意地の悪そうな顔で笑った。

 二人の思考を占めるのは、奇しくも同じ相手だった。


 一人の少年が、微笑んでいる姿を思い出す。

 口にする理由は違えど、二人はそのためにこの場を譲らぬことを決めた。


「人々の夢を守るために命を懸けるのは騎士の本懐。夢を目指す者の未来を守るため、私は剣を執ろう。なんてね」


「これでも姉ちゃんだからよ。身近な家族を守るために戦に赴くのは、人でも獣でも変わりゃしねぇよ。なんつってな」


 顔を見合わせ、くく、と笑みを漏らす。

 二人は言葉にせず、その続きをそっと胸に秘めた。


 惚れた男を守るのは――女の務めだ、と。


「私たちがいなくなっても、シャルロットがいるさ。ティスに惚れてる彼女なら、ティスを鍛えて夢を叶える手助けをしてくれるだろうね」


「あいつにくれてやるにゃ惜しい男なんだがなぁ。無理にでも抱いちまえば良かった。ま、それができないくらい、可愛い奴だから仕方ないんだけどよぅ」


 軽口を叩きながら、二人は得物を抜く。

 ユーリカは騎士の剣を。

 ミレアは、神鉄の鉈を。


「じゃあ、行こうか」

「ああ。行くか」


 強者は数に屠られる、と少年に教えたのはユーリカだ。

 その結末は、誰より熟知している。

 二人は万を超える無量の『数』に決意を秘めて相対した。


 通しはせぬ。

 たどり着かせはせぬ。

 奪わせはせぬ。


 たとえ命の潰えようとも、未来を見据える心は折れず。

 その身その命、呑まれようとも、後に芽吹くものがあるのなら――


 この存在を費やそう。


 迫り来る凶種の群れに向けて、二人は神速で駆け出した。

 さぁ、行こう。

 死地へと。



「ユーリカ・ノイン、いざ尋常に!」


「竜人族ミレア、推して参るぜ!」



 広い平原に、たった二人。味方の手は届かない。


 二人対数万の絶望的な戦いが、今、始まる。







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