強者集う
「それじゃシャルロット、ティスを頼むよ。ティス、訓練は怠けないようにね」
「あの……そんなに重要な会合なんですか? お二人が、緊迫するほど……」
おずおずと尋ねるティスに、ミレアが笑いながら言った。
「なぁに、ちょっとした連絡会みたいなもんさ。大げさに考えるな、ティス! すぐに帰ってくる!」
「ま、そういうこと」
にこりとユーリカも一緒に笑う。
二人の表情にティスが胸を撫で下ろすのを確認し、二人は銀輪亭を発った。
「――ひっ!」
ギルドへ向かう道中、彼女らの表情を見た街の人間が、思わず悲鳴を上げていた。
会合へと赴く二人の表情は、まさしく戦場に向かう戦士の表情だった。
*******
ギルドの会議室は、すでに一触即発の雰囲気に包まれていた。
ユーリカとミレアより先に入室していたのは四人。
全員が女性だ。
会議室の机の頂点に座っているのは、四十代ほどの中年の女性だった。
歴戦の勇士と言った風体で、席に着く佇まいは威厳を感じさせている。
この交易都市トマクの冒険者ギルドの長、ギルドマスター・エリオットだ。
だが、誰が思おう。
その、室内に威厳を漲らせる一廉の人物が、この場では最弱であると。
会議室の机に並ぶ残りの三人は、それぞれが異様な雰囲気を漂わせていた。
「誰かと思えば、優男を囲い込んで淫蕩に耽ってると評判の二人じゃぁねぇかい」
一際体格の大きな女が、にやにやとユーリカたちをねめつけた。
その頭には猫のような耳が飛び出ている。髪の色は金と黒のまだらに染まり、その瞳は瞳孔が縦に鋭く輝いていた。
A級冒険者の一角、ギルド最速の俊足を持つ豹の獣人『天駆』のアーランディールだ。
「あたしらの弟子を馬鹿にするんなら、竜の怒りを買うぜ、クソ猫」
「うすのろの竜が咆えるなよ。当たらない爪を振り回しても、滑稽なだけだろぉ?」
びきり、と竜の爪を出しかけたミレアを、ユーリカが手で制した。
同じ獣人だということもあり、ミレアとアーランディールは仲が悪い。
直接の対決ではミレアが地力で圧倒するが、それでも最速を捉えるのは容易ではなかった。今二人が本気でやりあえば、このギルド庁舎が廃墟と化すだろう。
「……少年の噂は聞いてる。……何でも、不思議な技術と知識を持ってる、らしいね……」
ぼそり、と影の薄い女がささやいた。
正面から向き合っていても、いるのかいないのか分からない。不気味な存在だった。
交易都市で最高峰の技術を持つ斥候であり、交易都市の情報を牛耳る諜報機関を自身の《クラン》として持つ、A級冒険者の一人。
その名を『全知』のテムノット。
宿屋の個室で話した謀略が、次の日の昼には街中で周知されているといった例が何度もある。嘘か真か、この街で彼女の知らない情報は無いとささやかれるほどだ。
彼女のつぶやきに、ミレアはぞくりと背筋に冷たいものを感じ、動きを止めた。
「まだ街のことを学んでる素直な少年なんだ。あまり暗い闇路に引き込まないでもらえると助かるね、テムノット」
「……素直な子は……ボクは好き……あまり企まないから。……うちの子達と違って……裏を探らなくていい分、話してると心が安らぐ……」
ぽ、と初々しく頬を染めるテムノット。
隅々まで調べたい、と続くつぶやきに、ミレアとユーリカの表情が微かに歪む。
彼女に自身の情報のみならず、性癖や嗜好をすべて暴かれ、心を壊された人間は数多い。男女を問わず、人間性を『解剖』されて元に戻らなかった人間は多数いる。
好んでティスを近づけたいとは思わない人種だった。
「何にせよ、二人が入れ込むほどなのだから、さぞ可愛い男の子なのでしょうねぇ? あたくしにも紹介して欲しいわぁ」
化粧気の派手な女が、舌なめずりをしながら微笑んだ。
豪奢な装飾品をいくつも身につけた、悪目立ちをする風貌である。だが、その過剰な装飾に負けないほど、華麗な雰囲気と自信をまとった女でもあった。
――『魔女』オルセナ。
自身の『加護』を強化ではなく『魔術』として使う女たちを《クラン》として総べる、交易都市最強の魔術士である。
戦闘やその補助だけでなく、回復薬などの薬品作りも手がけているため、彼女の《クラン》の持つ権益は商業的にもかなり強い。
直接的な戦力としては『天駆』アーランディールの持つ武装に劣り、政治的には『全知』テムノットの諜報に劣るが、経済的にはこの都市でもっとも隆盛を誇る《クラン》だと言える。
「ばーか。男みてぇにしな作って媚びた真似してる妖怪ババァにくれてやるほど、安い男じゃねぇよ」
「おどりゃ、ミレアァァ!? 誰が妖怪ババァじゃ、くらぁ! 調子にのってっと、お前らの泊まってる宿屋日干しにしたんぞ、ワレェ!」
また、本性が短気で粗暴なことでも有名であった。
だが、感情的ではあるが経済観念と損得勘定にも大きく長けているので、魑魅魍魎ぞろいのA級冒険者の中では一番話が通じる相手でもある。
彼女が列席しているだけでも、まともな話し合いになりそうだと二人は内心で安堵していた。
「まぁ、世間話はその辺にしておけ。そろそろ本題に入りたいが、構わないか?」
「残りの二人はどうしたんだい、ギルマス?」
「一人は《クラン》ごと遠方の依頼を受けていて、街に帰るのは三日後だ。もう一人は、遅刻だ。……いつものことだがね」
ユーリカの指摘に、ギルドマスターは重いため息を吐く。
「ああ。彼女は、時間に頓着しないから……来るのは夕方か夜更けかな……?」
「そういうことだ。来ていない他の二人と《クラン》には後日説明をしておく。まずはこのメンバーで早急に情報を共有しておきたい」
ギルドマスターのエリオット。
戦闘クランの主、『天駆』のアーランディール。
諜報クランの主、『全知』のテムノット。
魔術クランの主、『魔女』のオルセナ。
そして――
獣人族最強である竜人、『暴君』ミレア。
最大の加護を持つ剣士、『剣神』ユーリカ。
それぞれが同じ席に着き、そして互いにうなずき合った。
*******
「――防衛都市キャスラックの惨状は、以上だ。この情報はテムノットの《クラン》が調査してきたものなので間違いない」
ギルドマスターから、大まかな経緯が説明された。
凶種の襲撃に関しては初動は大暴走と変わりない。
だが、数が問題だった。
次々と増え行く凶種が次第に地平を埋め、どこから現れたのかもわからないほどの数が防衛都市の周辺を満たした。
防衛都市の常駐軍や冒険者たちだけでは対応できず、城壁を食い破られて凶種の進入を許したという。
その後の惨状は筆舌に尽くしがたい。
防衛都市の住民は蹂躙され、凶種の苗床であり食料庫と化していた。
動くものは人間も獣人も誰もおらず、凶種が住民の肉を食い尽くせば、その矛先は周辺の村々や、距離の近いこの都市に迫るであろうことは容易に予想できた。
その報告に、アーランディールが頭を抱えていた。
「防衛都市にゃ、A級冒険者も《クラン》もいねぇからなぁ……国境に近い分、常駐軍の権限が大きいのはわかるんだけどよぉ、遊撃できる《クラン》がいねぇと不測の事態にゃ対応できねェよ、ギルマスよぉ」
「そうだな、『天駆』。防衛力という点に関しては、私は心配していない。この都市の領主軍に加え、個人で軍に匹敵するA級冒険者が七人と、その率いる《クラン》が五つもある。兵力としては充分だ」
防衛都市は、予備兵力である冒険者の質が悪い。
というのも国境付近というだけあって防衛軍の権力が強く、冒険者の地位が低い。また、周囲の自国領土の面積が比較的狭いため冒険者を養えるだけの仕事が少ない、という面もある。
必然、凶種からの防衛も軍が頼りとなる。
この交易都市も防衛の要は領主軍ということに代わりは無いが、民兵である冒険者の数が違う。一騎当千のA級冒険者も多数抱えており、総兵力としては防衛都市以上の堅固さを誇る、という奇妙な実情があった。
ギルドマスターがうなずくと、『魔女』オルセナが優雅に口を開いた。
「《クラン》に属してない一般冒険者はァ、危険が迫ると命惜しさに逃げ出すものねぇ。そういった意味では、この街の冒険者も大差無いのだから、城壁を挟んでの防衛戦が兵力維持の面では妥当かしらぁ」
「……戦線維持の柱と……戦況の周知や状況判断は……ボクらの《クラン》がやればいい……」
『全知』テムノットがそれに追従すると、大方の意見は固まったかのように思えた。
だが、ユーリカがそれに待ったをかけた。
「この襲撃は、裏で手を引いてる者がいる可能性がある。私は、《クラン》と一般冒険者に防衛を任せて、私たちA級冒険者で原因を潰すべく攻勢をかけることを提案するね」
「どういうことぉ、ユーリカぁ?」
「市場で、魔石を大量に買い占めてた奴がいるって情報があんだよ、オルセナ」
ミレアが代わりに告げると、傍らのテムノットが首をかしげながら認めた。
「……その情報は、ボクも聞いたけど……それが何か……?」
「もしもの話だけどね。召喚魔術を使える魔族の生き残りが裏にいた場合、防衛戦では耐え切れない数を呼ばれる可能性がある。防衛都市の敗北は、結果的に凶種の数が上回ったのではなく、最初から上回る数を用意されたのかもしれない。その場合――」
ユーリカは、全員を見据え、神妙な表情でその結論を口にした。
「防衛戦を選べば、この都市は滅びる」




