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強者を屠るもの



 訓練と依頼と、宿の仕事をこなす日々が続いたある日のこと。


「今日の訓練は、近くの森に行こうか」


 ユーリカが、そんなことを言った。

 宿に昼食を摂りに来ていたシャルロットが怪訝そうに口を挟む。


「ユーリカ。E級冒険者は今、野外の採取や調査の依頼を請け負えませんわよ?」

「依頼じゃなければ街の外には出られるよ、シャルロット」

「って言ってもよ、森や農村には凶種(モンスター)が異常発生してるって言うぜ?」


 ミレアがテーブルに頬杖をつきながら尋ねると、ユーリカは爽やかに言い放った。


「だからだよ。今日はティスに凶種の群れを相手にしてもらう。ティスも強くなったと思うけど、技術が一対一に偏ってるからね。対集団戦を経験させないと」


 かちゃり、とテーブル上に薬品のビンが並べられる。

 重傷でも即座に癒す、高価な回復薬(ポーション)だ。


「ティスのおかげで怪我を気にしなくて良いくらい、回復薬が買えたからね。せっかくだから有効に使わなきゃ」


「トネリコさん、泣いてましたけどね……」


 ティスを囲い込もうとした仕置きとばかりに、ユーリカとミレアがギルドに預けた預金を引き下ろして、ナルカス商会の在庫をティスに買い叩かせたのは記憶に新しい。


 上機嫌のユーリカは給仕をするティスに視線を向け、微笑んだ。


「ティス。死線をくぐってもらう。できるね?」


 ティスは、笑顔で告げられた剣呑な指示に息を呑み、そして強くうなずいた。


「……はい!」



*******



 街を出て、常人の足で数時間ほど草原を分け入った場所にある森林。

 依頼も多く、普段なら冒険者のフィールドと化す森の奥深くに、三人は到着した。


 無論、ユーリカ、ミレア、ティスの三人である。

 シャルロットもティスの身を案じて同行しようとしたが、移動速度が追いつかなかった。彼女の足を考えれば、合流は数時間後になるだろう。


 ともあれ、ティスを先頭に三人は森を歩く。

 途中、採取か調査に来ていたのか、数人の冒険者とすれ違った。

 おそらくD級だろう。二人組が一組だけで、後は単独で来ているようだった。


「ユーリカさん。木立の向こうに敵がいます。音からして、かなり大きい」


「この気配は、オークだろうね。単独らしいから、勝負してきなさい」


 ユーリカの判断に、ティスはうなずいた。

 木立と茂みをかきわけると、豚の頭をした巨体の凶種が現れる。

 手には石斧。体格から推測できる腕力を考えれば、まともに当たれば致命傷だろう。


「行きます!」


 結論から言うと、鈍重なオーク一体は成長したティスの相手ではなかった。

 速度が違うのだ。

 二人に鍛えられた行動速度が、オークの石斧を無力化し、分厚い脂肪の上から何度も剣を当てた。頭二つ分ほど身長差のあるオークに対して、ひざを何度も斬りつけて破壊した後、下がった頭部に一撃を与える。

 体重差のある相手に対して一方的に勝利したことで、ティスは行けるかもしれない、と自信を持った。


「どうですか、ユーリカさん?」


「及第点だね。オークは動きが鈍い。E級でも道具や頭を使えばしのげる相手だけど、力押しだけで勝てるなら上々だよ」


 ユーリカの評価に、ティスの気分が向上する。

 女性を守れるほど強くなるという目標に、一歩ずつでも近づいている。

 その実感があった。


 けれど、その高揚は、すぐに鎮められることになる。


 森の中を進むうち、林道の向こうから、数人の冒険者たちが逃げ出してきたのだ。


「ど、どうしたんですか!?」


「あんたら! この先に進んじゃダメだよ、オークとオーガの群れがいる! オークの群れを、オーガたちが追いかけてるんだ! 進むと巻き込まれちまうよ!」


 そう忠告して、女冒険者たちは脇目も振らずに森の外を目指して去っていった。

 その逃げ方からして、かなりの数がこの先で待ち構えているに違いない。


 オークなどの凶種(モンスター)や獣、人間すらをも捕食する大鬼(オーガ)

 外敵となる凶種の中でも、捕食者の立場にある凶暴な種だ。

 今まで相手にしてきた獣たちより上位の敵に、ティスの背に戦慄が走る。山では出会わなかった種類だ。


 だが、ユーリカは動じなかった。


「オーガなら、B級が道具を使えば一人で倒せる。けれど、オークと同時に相手するのは厳しいだろうね。ティス。オーガの群れに追いつかれる前に、オークの群れを殲滅してきなさい」


「おい、ユーリカ! そいつは無茶だ、時間が足りねぇ!」


 声を上げるミレアを、ユーリカは視線で制した。

 それは、見るものを青ざめさせる、酷薄な視線だった。


「ティス。きみはオーク一体を苦にせず倒した。それが集団相手となると、どうなるのか。それが今回の訓練の意義だ。時間をかけて孤立させては意味が無い。追い立てられるオークたち数体を、同時に相手してくるんだ」


 食料を得る狩りではない。生きるために決死で進軍してくるオークたちを仕留める。

 それは生存競争だ。しかも一対多の。


 ティスの身体に緊張が走る。

 ユーリカの目が語っていた。


 ――死んできなさい、と。


「ティス。単騎で他の個に打ち勝つ強者がいるとする。その強者を打ち倒すものは何だと思う?」


「……もっと上の強者、ですか?」


 ティスの答えに、尋ねたユーリカは正解ではないと首を振った。

 すっ、と前方を指す。

 その林道の先から、微かに地鳴りのような揺れが迫っている。

 オークの群れだ。

 この揺れの規模だと、数十体はいるだろう。


 凶種(モンスター)の異常繁殖の影響は、この森でも如実に現れていた。


「個で強い強者は、その全力を上回る『数』によって倒される。多勢に無勢と言うだろう、たとえ最強の個人であっても、それを上回る凡人の軍勢に呑み込まれることがある。数というのは、それだけで力なんだ」


 ティスの目から見て、人間種の中で最強と思えるユーリカ。

 しかし、そのユーリカも一人ではない。

 同じく最強の一角として突出し、実力を比肩するミレアが傍にいる。


「きみが強さを目指すなら、いずれは数を相手にすることもある。個の非力は、他人とは違う目的を持つきみがいずれ克服しなければいけないことだ。今日は、それと向き合ってきてもらう」


 ユーリカの表情に優しさや甘さは無い。

 ティスを見守る師ではなく、子を千尋の谷に突き落とす獣の王がそこにいた。


 まるで己の敵を見定めるように、ユーリカは林道の先を見る。

 ティスの求める強さの先にあるもの。


 ただ一人、この世の強者である女性を守ろうと、さらなる強者であろうとあがく男。


 けれども、最強は、無敵ではない。

 その真実を語るように、ユーリカは冷酷な表情で告げた。



「――強者は、数に(ほふ)られる」






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