アイテムマスターへの道
「シャルロットと一緒に? まぁ、構いませんけど……」
翌朝、ティスはシャルロットと一緒に依頼を探しに来ていた。
ティスと同行ということで、シャルロットは上機嫌だ。
従者のコノート三姉妹に休暇を言い渡して、ティスと二人きりになれるよう画策したのだが、あっさりとバレて大揉めに揉めた末、主人権限で押し通してやってきたと言う経緯がある。
が、それはティスのあずかり知らぬことであった。
いつも四人で行動しているはずのシャルロットの、意図が透けて見えたため、仕事中ながらライムの視線も冷ややかである。
「今日はティスくんが受けられるのは、街中の依頼しかありませんよ?」
「えっ、何でですの!? 野外で二人で仕事できると思いましたのに!」
「やっぱりね……最近、凶種の異常発生が見られるので、大事を取ってE級の冒険者には野外の調査や採取を薦めないように指示が下りたんです」
ライムの説明に当てが外れ、がっくりと肩を落とすシャルロット。
街中での依頼は小間使いのような仕事が多い。指示も依頼元の責任者が下すことが多いため、先輩として指導する内容は少ないという事情があった。
そんな落胆に気づきもせず、ティスはぺらぺらと依頼書の束をめくる。
「あっ、これが良いです。商店の店卸しの応援! まだ知らないアイテムのことを覚えられそうなので。午前中で、早く終わって訓練にも行けそうですし」
「ああ、それはアイテムをよく知ってて整理が上手な補助職に来て欲しい、って言われてたけど……C級のシャルロットがいるなら大丈夫かしら。シャルロット、アイテムや商品の知識はあるわよね?」
「もちろん。これでも貴族ですので、勉強は得意でしてよ。タリタたち従者にアイテムの種類や使い方を覚えさせたのも、わたくしの指導の賜物ですもの」
「本当ですか!? じゃあ、色々教えてください、シャルロットさん!」
視線に期待を込めてシャルロットの手を握るティス。
彼女は、顔を赤くしながら、これは見せ場だと内心で張り切った。
「もちろんですわ、手取り足取り、ぜんぶ教えてあげましてよ!」
でれでれと緩むその表情に、変なことを教えないだろうか、と危惧するライムがいた。
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「なんや、坊主やないか。話が違うやん!」
やはりと言うか、商会の主は女性だった。
ぴんぴんと跳ねた栗毛に、眼鏡をかけた若い女だ。歳は二十前後というところだろう。
赴いた店舗は街中の標準的な店舗だったが、商品の種類はとても豊富だった。
店中に所狭しと商品棚が並べられ、倉庫に積み上げられた木箱の数も多い。
どうやら王都で有名な大手商会の系列店らしく、つい最近、店主の一族の彼女がこの街に派遣されてきたらしい。
「えらい別嬪さんが来たもんやとは思うけど、店卸しは力もいるで。男のあんたで大丈夫かいな?」
「大丈夫です、鍛えてますから! それに、商品の種類はこちらのシャルロットさんに教えていただけることになってます!」
ティスは隣に立つシャルロットを手で示した。
「C級のシャルロットですわ。今日はこの子の指導役として参りましたの」
「C級かいな! そら頼もしいわ、けど報酬はギルドに預けた額しか出さへんで?」
「構いませんわ。わたくしもE級の依頼と承知して来ておりますもの」
シャルロットがうなずくと、女店主は上機嫌になって、ばしばしと彼女の肩を叩いた。
「うちはこの店の店主のトネリコ・ナルカスや! 王都有数のナルカス商会の三女やで。今日はあんじょうよろしゅう頼むわ!」
「E級のティス・クラットです。よろしくお願いします」
「ティス? はて、なんや最近耳にしたことあるような、無いような……」
眉間に指を当て、首をかしげるトネリコ。
しかし、仕事が優先と判断したのか、そうそうに「ま、ええわ」と切り上げた。
シャルロットの級の信頼もあって、倉庫に移動して商品の説明を受ける。
木箱にはそれぞれ商品の名を記した紙が張られ、混同することは無いように思えた。
だいたいの商品配置を確認し、木箱を種類別に分けて棚に商品を配置する。
それが本日の主な仕事だ。
商品配置表の写しを一枚渡され、さっそく仕事に取り掛かることになった。
「――シャルロットさん。C級ってどのくらい凄いんですか?」
「そうですわね、この都市はだいたい五万人くらいの人が住んでいるんですけど、その中で冒険者は数千人いると言われてますわ。冒険者の平均がD級より少し上、と言えばわかりますかしら」
五段階あるギルドの等級だが、その数は決して均等ではない。
一番多いのがティスたち駆け出しのE級。
次いで多いのが一つ上のD級。この級が、市民の認識する一般的な冒険者である。
B級は主に監督役として重要な依頼を受けたり、大規模な依頼で他の冒険者を率いる、隊長格としての仕事を求められる場合が多い。
ギルドに委託されて務めている者も多く、冒険者の中でも上役的な立場である。
「わたくしたちC級は、実際に一般的な依頼を受ける冒険者の中では上位、と言った位置づけですわね。B級のように偉いわけではないんですけど、現場指揮者のような扱いですかしら」
その分、B級冒険者の応援や、受付からの指名依頼なども多く、一番忙しい級なのだと言う。上の指示を受け、下の面倒を見ることも要求される、実働的な立場だ。
「ユーリカさんたちA級は?」
「彼女たちは特別ですわ。A級はこの巨大な交易都市に七人しかいませんの。数々の特権を持っていて、自分たちの互助組織を作ることも許されている、まさに冒険者の頂点ですわ」
シャルロットの説明に、ティスは目を見開いた。
実力でははるか雲の上だと思っていたが、立場的にもとんでもない位置にいる二人だったらしい。
と、同時に、自分との初対面でそんなユーリカたちを挑発していたシャルロットの胆力も大したものだと思う。いつかシャルロット自信もA級になるだろうという、無双の自信の表れかもしれないが。
「まぁ。A級らしい活動をせずに、普通にギルドに顔を出して依頼を受けて、後は悠々自適に暮らしている変わり者なんて、あの二人くらいのものですわ」
他のA級は自分の組織を立ち上げ、その運営に忙しいらしい。
ギルドにはまったく顔を出さないのが常なのだとか。
そんな二人に拾われ、指導を受けている自分は幸運だと、ティスは二人との出会いを噛み締めた。
話をしている間にも、二人は手を動かす。
店内に配置する前に、まずは無数の木箱を整理して分別するのが先だった。
シャルロットが種類と内容を教え、ティスに指示を出していく。
勉強のため、主に動くのはティスだ。
「それは回復薬。怪我を治す薬ですわね。薬草の汁に魔術をかけて付与して作りますわ。高価だから気をつけてくださいまし」
「魔術?」
「『加護』の力を自身の強化に使わず、特殊な異能を発揮する女性もいますの。――それは解毒薬。解毒薬は種類が多いので、混ぜちゃダメですわよ」
「はい!」
「それは麻痺消し。血行を促進して、身体の麻痺を取りますの。興奮作用がありますから、多用すると鼻血が出たりしますわ。そっちは魔石――」
シャルロットの指示に従って、アイテムの種類を覚えていくティス。
持ち前の集中力を生かして、終わる頃にはいっぱしの冒険者と言えるほどの知識を身につけていた。
もちろん、その裏にはシャルロット先生の復習が何度も行われていたわけだが。
ティスに付きっ切りで教えていたシャルロットの表情は、終始緩みっぱなしだった。




