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お嬢様は心配性



すみません、昨夜は耐え切れなくて休んでました。






 昼にはまだ早い時刻の出来事である。


「ティス、どういうことですの!?」

「あれ、シャルロットさん? おかえりなさい?」


 宿の仕事をしていると、久方ぶりにシャルロットが食堂に姿を現した。

 彼女は取るものもとりあえず駆けつけた、という風に肩で息をしながら、ティスに駆け寄る。

 そして、勢いよくその両肩を掴んだ。


「――ぴぎゃっ!?」

「ティス!?」


 ティスは愉快な奇声を上げて、その場にへたり込んだ。

 涙目にくず折れたティスに、慌てていたシャルロットも思わずうろたえる。


「ど、どうしたんですの!? わたくし、そんなに強く掴んでいませんわよ!?」


「き、筋肉痛なんです……」


 ティスは運んでいた食材の麻袋を取り落とし、自分の肩を抱きかかえるように震えた。

 事情を説明したのは、食堂で暇をもてあましていたユーリカだった。


「特訓の後遺症でね。最近ずっと、全身酷使してて筋肉痛なんだよ。若いっていいね」

「ユーリカ! わたくしが調査に出かけてる間に、ティスに何をしましたの!?」

「ちょっと人類の限界に挑戦しただけさ」


 茶のカップをソーサーに置き、しれっと答える

 ひょうひょうと答えているが、その内容は端的に言って地獄である。

 一日休んでは叩きのめされ、一日休んでは体力を搾り取られ、もはや鍛冶場で鍛えられる灼鉄の方がまだマシな扱いではないかと思えるほど、二人にしごかれていた。


「そ、それよりシャルロットさん。どうしたんです? そんなに血相変えて」

「そうですわ! ティス、貴方――」


 シャルロットはティスを痛ましそうに眉尻を落としながら、尋ねた。



「――冒険者登録試験で裸に剥かれて、純潔を失ったというのは本当ですの?」



 ぶふぉ、とテーブルでユーリカが茶を噴いていた。


「ななな、何言ってるんですか! 俺はそんなことされてませんよ!?」

「でも! エンデ試験官に聞いたら、『責任は取るつもりだ……』って仰ってて!」

「エンデさんが大げさなだけです! やましいことはしてません!」


 女将と旦那の性教育のおかげで、シャルロットの言葉の意味は理解できた。

 が、とんでもない風評被害である。


「興奮したエンデ試験官が我を見失って、ティスの純潔を散らしたとライムさんが!」

「勝負したエンデさんが意識を失って、人命救助しただけです! ライムさぁん!?」


 ティスは懸命に事情を話し、シャルロットの誤解を解いた。

 恐らくは受付でのライムの言葉が足りなかったのだろう。

 いつの間にか暴行事件の被害者に仕立て上げられている。


 詳細な説明を聞き、シャルロットはホッと胸を撫で下ろした。


「そ、そうだったんですの……そんな方法が」

「じっちゃんから教わった技術なんですけど、あまり知られてないみたいですね」


 祖父の知識や技術は、一般的に広まっていないものが多い。

 あらためて何者だったんだろうかと疑問が浮かぶ。


 しかし、シャルロットとしては別のことが問題なようだった。


「その……ティスは、何とも思ってませんの? 異性と口づけすることを……」


「たまたま必要な相手が女性だっただけです。同じ状況なら、男女関係ありません」


 それに、とティスはシャルロットを安心させるようにおどけて言った。


「好きな女性に捧げるくちびるは、まだ残ってますから」


 唇に指を当てて片目を閉じるその仕草に、シャルロットは顔を赤くした。

 ぽつり、とつぶやきが漏れる。


「……わたくしも、呼吸が止まりそうですわ……」


 がたり、とテーブルから席を立つ音が聞こえた。


「なら、ティス。次は私がやってみよう。ちょうどやり方を知りたいと思ってたんだ」

「お呼びじゃありませんわよ、ユーリカぁぁぁ!」


 お前じゃねぇよ、と毒づいて、シャルロットはティスに抱きついた。

 勢いに任せたどさくさ紛れの接触である。

 なお、その衝撃に、ティスの全身に痛みが走ったのは言うまでもない。


「大切なティスが無事で本当に安心しましたわ……急いで帰ってきた甲斐がありました」

「シャルロットさん、痛い! 痛いですッ! 筋肉痛がッ!」

「あら、ごめんなさいまし」


 悲鳴を上げられ、シャルロットはそそくさと身体を離した。

 次は筋肉痛の無いときに押してみよう、と決意したのは内緒である。


「やれやれ、無闇に男性の身体に触ると嫌われても知らないよ。……それで、シャルロットは何の調査に行ってたんだい?」


「近郊の農村を襲った、ゴブリンの調査ですの。かなりの数が群れてたので、討伐するのに時間がかかってしまいましたわ」


 全部で百匹以上は倒したかしら。

 シャルロットは記憶の数を数えながらそう言った。

 その情報に、ユーリカの眉根が微かに寄る。


「多いね。普通、野良のゴブリンは数匹でしか行動してないはずだ」


「わたくしたちもそう思ってましたわ。ですから、調査だけでなく討伐に踏み切ったんですけど……次から次へと押し寄せてきて。近くに繁殖地は無かったから、どこから来たのかわかりませんでしたの」


 告げるその表情に、緩みは無い。

 ユーリカも同じく真剣な表情をしていた。

 二人の間に何事か共通する考えが浮かんでいるように思えたが、ティスにはその内容はわからなかった。


「ともあれ、お帰りなさい、シャルロットさん。お連れの三姉妹の皆さんは、ご一緒じゃないんですか?」


「あの三人には換金や報酬の受け取りを任せてますわ。もうすぐ帰ってくると思いますわよ。パーティですもの」


「パーティ?」


 小首をかしげるティス。

 ユーリカが横から説明した。


「複数人が対象の依頼の場合、同じ級の仲間(パーティ)で受けることができるんだ。事務処理が代行できたりする。冒険者は、そのために普段から親しい仲間と組んでいる場合が多い。……私とミレアもそうだね」


「ライムさんから聞いてませんの?」


 ティスはふるふると首を振った。

 ユーリカが軽く笑って指摘する。


単独(ソロ)での登録だと最初は説明されないよ。見知らぬ仲で事務処理が代行できると、報酬を渡さなかったりする金銭トラブルが発生するからね」


「そうなんでしたの。わたくしたちは、最初から四人で登録しましたものね」


「パーティは《クラン》と違って、普通はギルド側から斡旋したりする場合が多いね。性格や得物、依頼達成率なんかをギルドが見て、トラブルが起きなさそうな相手を薦めるんだ。ティスは真面目だから、そのうち誰かの相手に薦められるんじゃないかな」


 なるほど、とティスはうなずいた。


「じゃあ、ぼくがお二人と組んだりすることもできるんですか?」


「残念ながら、それは無理だね。私たちA級は、D級以下の依頼を受けられないんだ。駆け出し冒険者の仕事がなくなってしまうからね。だから、件数が少なくて休暇が多いと」


「わたくしはティスと組めますわよ。ティス、わたくしたちのパーティに入りませんこと!?」


 目を輝かせて身を乗り出してくるシャルロット。

 その襟首を、ユーリカが掴んだ。


「ティスに余計な女を近づけるとミレアが怒るからね」

「まったく、過保護な……そう言えば、そのミレアはどうしましたの?」

「まだ寝てるよ。最近、汗だくのティスを背負うことが多かったからね。おおかた、昨夜はいい加減に耐えかねたんじゃないかな。あははは」

「あの女が一番信用できませんわ――ッ!」


 何の話か分からずに、怒り出すシャルロットにティスは目を瞬かせた。

 シャルロットは、女はケダモノですわ、と自分を棚に上げて憤慨しながら、ユーリカの拘束を解く。


「ティス! あんな女のことは放っておいて、わたくしと組みましょう! C級として、貴方の仕事を見てあげますわ!」


「え、でも……俺と組むってことは、E級の依頼ですよ? 報酬も少ないんですけど、良いんですか?」


「下の級の冒険者を指導することは推奨されてますの! わたくしたちC級は、上位の級と違って一番動き回る級ですから! これもわたくしたちの仕事ですわ!」


 遠慮するティスを押し切るように、シャルロットは言い寄った。

 ティスはちらりとユーリカを見る。彼女は、やれやれと諦めたように手を挙げて肩をすくめていた。これも経験になる、と黙認しているのだろう。


 やがて、ティスがおずおずとうなずくと、シャルロットは喝采を挙げた。



「これで、ティスと二人きりになれますわ!」



 心の声が、思い切り外に漏れ出ていた。







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