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ユーリカとミレアの人体改造講座



「ティス。動きをよく見るんだ」


 ユーリカの教えは、まず応用から始まった。

 実際に剣を持ち、威力と速度を抑えた上でティスに斬りかかる。

 刃は途中で止められていたが、それでもあっさりとティスの防御をかいくぐる。


 スピードではなく、動きがすべて読まれているような精度だ。


「一部を見ず、全体を見る。これを観の目と言う。相手の予備動作と思考を読み、相手の攻撃を予測して狙いを外すんだ。防御力で劣るなら、相手の攻撃を受けてはいけない」


 武器はその自重から、始点と終点の間で、必ず最適な軌道が決まっている。

 ユーリカの速度は例外としても、並みの女性相手ならば予測は可能だ。


「女性でも『加護』が強化できないものがある。――思考速度だ。相手より早く相手の動きを予測して、判断の速さで相手の動きを上回りなさい。敵が前に出ようと考えたなら、前に出る前にその脚を潰すんだ」


 相手の動きに先んじて、相手の動きの始点を潰す。

 相手の動きを予測して、相手の動きの終点を外す。

 攻撃させない。攻撃を当てさせない。


 力で勝てないなら、速さで勝つ。

 それは身体の速さではない。判断の速さだ。

 相手が攻撃するより早く相手の攻撃をかわし始めていれば、攻撃は当たらない。

 相手が防御するより早く相手に攻撃を仕掛けていれば、防御をかいくぐれる。


 理屈としては単純だ。


「きみは二戦とも相手の知らない技を使い、相手の意表をついて勝った。これからはそうはいかない。実力で勝つのなら、まずは相手より早く動ける頭と身体を作ろうか」


 ティスはユーリカの剣に打ちのめされながらも、納得していた。

 その思想の行き着くところは――相手の動きを制御する、ということだ。


 相手を負けるべく動かせば自ずから勝ち、戦わざるべく動かせば戦わずして勝つ。


 それはティスの学んできた武術にも通じるところがある。

 型稽古では教えられない、実戦の動きの意味をティスは今、身体で学んでいた。


「――もっとも、道のりはまだ遠いけどね」




「おら、もっと早く跳べ! 着地してから跳ぶな。跳んでる最中に、空中で次に跳ぶ方向に重心を移しておくんだよ! そうすりゃ反動だけで次に跳べるだろ!」


 何をやっているかと言えば、反復横とびだ。

 横だけでなく、前後や斜めまで、全方位に跳び跳ねさせられている。


 ミレアの訓練は、足腰の強化に終始した。

 長距離走、短距離全力ダッシュ、反復横とび、それらはティスが動けなくなるまで繰り返された。身体作りのためである。


 武技に頼らないミレアだ。

 戦闘の技術的なことは教えられるべくも無く、身体の動かし方を指導していた。


「やることを考えてから身体の動かし方を決めるな! やることを考えた瞬間にはもう身体が動いてるくらいに動作の間を縮めろ! 自分の身体を全力で使いこなせ!」


 動作の俊敏さの究極は、反射の構築だ。

 ミレアはティスに限界以上の身体の動かし方を強要し、身体に覚えさせていた。


 当然ながら、生物はその身体の仕組み上、思考してから筋肉に命令が伝達されるため、思考速度の方が身体速度よりも断然速い。

 ミレアの要求は、その速度差を無くすことだ。


「いくらすげぇ技持ってても、当たらなきゃ意味無ぇんだ! 髪の毛一筋ほどでも隙を見つけたら、いつでもどんな姿勢からでも叩き込めるように足腰を鍛えろ!」


 意識せずとも身体が動く。

 意識した速度で身体が動く。


 それを可能にするには、どうすればいいか。

 一の命令で一つの動作を行うのではなく、一の命令で三つ先までの動作を行えば良い。

 そうすれば、合間の思考と動作のロスが無くなり、三つ目の命令を下す前に三つの動作を完了させることができる。


 状況に沿って、身体が勝手に動き、思考はその修正をする。それが理想だ。


 それを成し遂げるには、ひたすら身体を動かして反射神経を作るしかない。

 身体に覚えさせる、というのはそういう意味だ。


 武術の反復練習でそのことを身に染みて理解していたティスは、ミレアの要求に答えようと一心に身体を動かし続けた。


「――まぁ、死ぬ気でやってりゃ、そのうち身につくだろ」




 判断の早さ。反応の速さ。

 二人の指導内容は、対極のようでいて、それぞれ密接につながっていた。


 相手を上回る思考の速さを身につけ、それを実現する反応の速さを身につける。

 身体が適切に反射で動けば、相手を観察して思考する余裕が生まれる。


 それは、加護という奇跡を頼みとしない、人間種としての能力限界の向上だった。



*******



「す、すみません……ミレアさん……また負ぶってもらっちゃって……」


「気にすんな! 足腰立たなくなるまでやらせたのは、あたしらだ。宿に負ぶって帰るくらい、なんとも無いさ!」


 ティスはどろどろに疲れ果て、背負われて宿に帰り着いた。

 ぼろきれのようにミレアに背負われ、指一本動かせないほど疲労困憊している。


 このところ、宿の仕事が無い日は毎日こうだ。

 一日おきに、倒れるまでユーリカとミレアに鍛えられている。


「でも……ミレアさん、俺の汗で汚れて……」


「お、お前の汗が汚いもんか! 男の汗は、女からすりゃいい匂いがするもんなんだよ!」


「……ミレア。それは少し変態じみてるよ」


 うるせぇ、とミレアは真っ赤な顔でユーリカを怒鳴った。

 ユーリカは愉快そうに、くっくっと口元を押さえている。


「ミレアさん……ユーリカさん……俺、強くなれますか……?」


 ティスの弱々しいつぶやきに、ミレアは、ふ、と口元を緩めた。


「心配すんな、ティス。お前は、誰より一等強くなれるさ。あたしらが強くしてやる」


「山暮らしで元々足腰は強いし、武術の素地があるからね。飲み込みは悪くないよ」


 二人の言葉に気を緩め、ティスの意識は疲労のまどろみの中に沈んだ。

 やがて、背中で寝息を立て始めたティスの様子にミレアが気づく。


「ありゃ。寝ちまったのか……メシも食ってないのに」


「疲れてるから、仕方ないね。部屋に運んで寝かせてあげよう」


 二人は裏口から入って上階のティスの部屋に上り、ベッドに寝かしつけた。

 部屋を去り際、二人は他愛ない言葉を交わす。


「汗まみれだからな、おっちゃんに頼んで、拭いて着替えさせてもらうか」


「本当は自分がやってあげたいんじゃないかい、ミレア?」


「ぶん殴るぞ」


「旦那さんに清拭と着替えを頼むなら、ついでに食事も頼んで置いておいてもらおう。夜中にお腹をすかして目を覚ますかもしれない……」


 そうして、ティスの部屋のドアは静かに閉じられた。

 夜の優しい暗闇の中で、ティスは安らかな眠りについていた。






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