冒険者を始めよう
試験が終わり、改めて冒険者の説明を受けることになった。
不服そうに唇を尖らせたライムの姿に苦笑しながらも、彼女から話を聞く。
「それでは詳しい説明を行います。冒険者というのは、ギルドの職員ではありません。ギルドとの契約に基づき、市民やその他、他者からの依頼を請け負う自営業種となります」
依頼の内容は多岐に渡る。
獣や凶種などの害獣の討伐。薬草や獣の部位などの素材の採取。
あるいは、それら獣や植物などの生息分布と、その原因の調査など。
また、街に関わる依頼も多い。
街の清掃、資材の運搬やその護衛。
個人相手の武技や護身術の訓練や、衛兵隊の応援など。
商人や商談、街の外に出る隊商の一時的な護衛もある。
ただし、有力な雇い主の場合はギルドを通さず、長期の専属雇用を結ぶ場合が多いので、街中での仕事は間に合わせの日雇い仕事であることが多い。
級の低い冒険者が請け負うことが多く、力仕事が多いので、雇い主・冒険者両方の希望から男性が請け負うことはまず無いと言われた。
他には、男性の場合は、店舗の人員の応援などもある。
ティスの場合は宿屋《銀輪亭》と直接契約を交わしているので、ギルドの仲介も介入も無い。だが、他の人員は、派遣依頼によって一時的な応援に行くことも多いとのこと。
男性の人員派遣は、引き抜きが行われることが多いらしい。
一時応援の依頼を契機に、雇用主が誘ったり、冒険者側が売り込んで、登録料以上の支度金を用意して直接雇用に発展するケースが非常に多いそうだ。
この街の男性の雇用待遇は、平均的に非常に良い。
危険が少なく、仕事が内容も楽な割りに人受けがいいため、給与も高いからだ。
男性で稼げている冒険者がいない理由のほとんどが、稼げる級になる前にもっと待遇のいい一般の勤め先に職を変えるからなのだとか。
中には、最初から転職先へのつながりを目当てに冒険者を目指す男性もいると言う。
女性に勝る男性冒険者も過去には何人もいたが、そういう男性ほど高待遇での引き抜きの声が多く、ギルドには残らなかったのだそうだ。
雇用主としても、直接雇用で同じ実力なら、華やかな男性の方が良いだろう。
また、雇用主や関係者に見初められて結婚し、家庭に収まる場合も多々ある。
実情は稼げる男性が存在しないのではなく、ギルドに留まらない、というのが正しい。
ギルドが冒険者の生活や生死を保障しない以上、引き抜きは道義的に止められない。
「そんなにすぐ辞めちゃうんじゃ、エンデさんが男性の試験に厳しくなるわけですね」
「そうね。私個人としても、あまり男性冒険者に信用は置いてないわ」
ティスの苦笑に、ライムが気難しい顔で答える。
ギルドでも頭の痛い問題なのだろう。
ティスを引き抜かれて遠い場所に行かせたくない、というライムの私情も入っているが。
気を取り直して、ライムは続けた。
「ギルドの等級として、上からA・B・C・D・Eの五つがあります。依頼は難度に応じてギルドが等級分けしてますので、自分の等級以下の依頼しか受けられません。依頼完了を積み重ねると、内規的な得点評価に応じて上の級に昇格することができます」
ティスはまだ成り立てなので、E級からのスタートになる。
ポイントの基準は公開されないらしい。
これは恐らく、昇格には戦闘面での実力が必要になるからで、極端に言えば街の清掃など安全な依頼で稼いだポイントで、危険な高ランク討伐を受けられるようにはできない。というギルド側からの調整が入るためだろう。
ともあれ、たくさんの依頼をこなすのが昇級への近道だ。
ティスとしても欲しいのは稼ぎ口より実力なので、訓練を重ねて依頼をこなせば、そのうち順当に昇級できるだろうとライムが保証した。
これは、担当試験官であるエンデも同意見だったようだ。
「それと、ギルドの施設は基本無料で使えます。……後は、報酬のことくらいかしら?」
「どういう仕組みになってるんです?」
「基本的には、仲介料としてギルドが依頼料の三割をもらってるわ。冒険者の報酬は残りの七割ね。税金はギルドがまとめて払ってるから、市民税以外は必要ありません。市民税だけ、年に金貨一枚をギルドか役所に提出してね」
街に住むなら税金は必要だ。
払い忘れると罰則があるそうなので、ティスは心に深く留め置いた。
「こちらが払う場合は?」
「依頼失敗の場合は、損金の三割を支払っていただきます。と言っても、失敗してると手持ちが無い場合が多いから、ギルドが一時的に立て替えることができるわよ。返済は、ギルドからの依頼を無償労働してもらうことになるかしら」
無償労働を拒否した場合は、最悪、冒険者登録を抹消されて訴えられるそうだ。
とは言え、まともに働いていれば投獄されることも無い。
話を聞いていると、ギルドの利益は三割。損失補償は七割。
かなり損の大きい仕組みに感じた。冒険者側としては、利が大きいわけだが。
「ギルドの登録料が高いわけですね。そんなに不均衡でやっていけるんですか?」
「まぁ、登録料で何とか補填してる面もあるわね。後は、ユーリカたち高ランク冒険者の利益の蓄えとか。その分、冒険者が依頼を達成できるかどうかはこちらにとっても死活問題なの。だから真剣にサポートするし、昇格の審議も厳しいわよ」
過去には、支払いのアンバランスさを利用した詐欺も横行したと言う。
それもあって、ギルドは衛兵隊や領主などとのつながりを密にし、権力を強化してきた。今ではギルド上層部は街の中枢の一角であり、不正を働く輩もいないそうだ。
「さて。それでは最後に、ギルドからの通達を一つ」
「何でしょう?」
真剣な表情のライムに、ティスは居住まいを正した。
ライムはギルド職員として、真摯に告げた。
「死なないでください。依頼を失敗しても、お金は取り返しが効きます。けれど、貴方の命には取り返しが効きません。命が危ないと思ったら、まず逃げて生き延びることを考えてください。――これは、ギルドからの最優先指示となります」
ティスは、その言葉を重く受け止めた。
エンデとの戦いで、その身を犠牲に勝利したティスだからこそ、余計に思う部分もあったのだろう。ライムの表情には、悲痛な願いがこもっていた。
ティスは、深々と頭を下げて謝意を示した。
「肝に銘じます。皆さんを、悲しませることが無いように全力で努力します」
「うん。よろしい」
ライムはにこりとうなずき、残りの処理を済ませた。
ギルド証と、達成記録用のノートを受け取り、これでティスは晴れて冒険者となる。
そして、登録事務の終了を見計らって、ティスの肩を叩く者がいた。
「冒険者登録おめでとう。これでティスも私たちの仲間だね」
「色々教えてやっからな、覚悟しろよ、ティス」
ユーリカとミレアだった。
「ユーリカさん……ミレアさん……はい、お願いします!」
「そういうわけだから、ライム。今日は残りの時間、訓練場を使わせてもらうよ」
「実戦の感覚が残ってるうちに、動きを反復しとかないとな。倒れるまでやろうぜ」
「……え?」
ティスの表情と、見守っていたライムの表情が固まる。
ユーリカとミレアは、爽やかな笑顔でティスの腕を掴んで引きずっていった。
「今日から、依頼が三割に訓練が七割と言ったところかな。体力を作らないとね」
「男が女に張り合うってんだから、まずはその辺の女に勝てるようにしねぇと!」
その足取りは弾んでおり、二人ともうきうきと心から楽しそうに振る舞っていた。
ティスの夢を後押ししている。つもりなのだろう、二人の気持ちとして。
「大丈夫だ、ティス。身体を動かせば、きっと星の輝きが祝福してくれるさ」
「A級冒険者二人の指導だ、なかなか受けられる奴はいねぇよ。良かったな、ティス!」
「あ、あの……!」
この後、めちゃめちゃしごかれた。




