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今日から踏み出す第一歩


 オークとコボルトの討伐部位を剥ぎ取る。

 オークの肉は賞味期限が短いが、高級品だ。だが、荷物が多く、採集依頼を受けてもいないので捨て置くことにした。

 これだけの獣の死骸があると、普通は疫病が懸念されるところだが、凶種(モンスター)の死骸は風化が早い。腐り切ると疫病をもたらす間もなく土に還る。


 山と積まれたオークたちを見ながら、ユーリカが立ち尽くしていた。


「どうした、ユーリカ?」


「いや……凶種の数が増えているような気がしてね。集落を作っていたゴブリンたちと言い、思い過ごしだといいのだけれど」


 討伐部位を荷袋の中に入れて、三人は帰路に着いた。

 ティスはミレアに背負われ、ユーリカがティスと分担して荷物を背負う。

 荷物で増えた荷重をものともせず、ミレアとユーリカは街まで走った。



*******



 街に着いたのは、昼過ぎだった。

 昼食客の引けた《銀輪亭》で荷物を置き、女将に帰着の報告と手土産の受け渡しを済ませる。

 昨日出発して翌日帰ってくるという強行軍な日程に、女将も旦那も驚いていたが、山小屋の周囲にあるのは自然だけだ。

 長逗留してもやることがない、とティスたち三人は苦笑した。


 旦那の作る昼食を済ませて一休みした後、三人はギルドに赴くことにした。

 護衛完了の報告と、オークたちの討伐部位の換金と――


 ティスの、冒険者登録のためだ。




「よーす、ライム! 相変わらずお前の受付には人が並んでねーな!」  


「お客様、お帰りはあちらとなっております」



 開口一番茶化したミレアに、ギルド受付嬢のライムは冷静に出口を促した。

 即座に「帰れ」と言われたミレアは、口元ににやにやと笑みを浮かべながら背後を指す。


「おやおやぁ、帰っちゃってもいーのかな? 今日はティスも一緒だぜ」

「ティスくん! お帰りなさいっ!」


 仕事中にも関わらず、ライムの表情が喜びに崩れる。

 カウンターに歩み寄るティスに、ライムは自分の頬に手を添えて、でれでれの表情を見せていた。


「ただいま戻りました、ライムさん。と言っても一日だけなんですけど」


「昨夜は食堂に行っても会えないと思ったら、寂しかったわ。今日からまた料理番に復帰するの?」


「旦那さんの腕が治ったので、これからは補欠で週の半分だけ勤めることになりました。またよろしくお願いしますね、ライムさん」


 もちろんよ、と大きくうなずくライム。

 そのやり取りを聞いて、周りの女性職員や女冒険者たちもギラリと目を光らせた。

 ティスの食堂勤務の続投を望んでいた者は、ギルドにも意外と多かったようだ。


「ライム。とりあえず、支払いの手続きをお願いしてもいいかな?」


「あら、ごめんなさい、ユーリカ。つい。――それでは、こちらの書類にサインをお願いします。依頼の仲介料はすでにいただいてますので、後は報酬ですね。お二人の了解を得ていますので、後払いで直接の受け渡し、という形でよろしいですか?」


「はい、それでお願いします、ライムさん」


 ティスはライムに指導されながら、完了証明書にサインをしていく。

 財布にしている皮袋から金貨一枚を取り出し、ライムに大銀貨五枚ずつに分割してもらって、ユーリカとミレアに支払った。


 A級の護衛ということで、報酬は高額だ。

 二人の厚意で割り引いてもらっているが、通常は金貨数枚は取られるらしい。

 ティスとしては移動まで世話になり、日程が縮まったので否やも無いのだが。

 本来は支払保障的な意味を込めて、報酬も前払いでギルドに預けるのが常だ。けれど、今回は請け負った二人がライムに事情を話して、後払いという形で処理してもらった。


 ユーリカとミレアが受領証にサインし、護衛の依頼は完了となる。


 その後は、ユーリカとミレアが途中で会った凶種(モンスター)の群れのことを報告し、討伐部位を追加で換金する手続きを行った。


 討伐部位を確認して報酬を手渡したライムが、物憂げなため息を吐く。


「どーした、ライム?」


「いや、ここだけの話なんだけどね? 最近、凶種(モンスター)との遭遇報告が増えてるのよ。おかげで、護衛や採取が失敗することが多くて。怪我人も……」


 その話を聞き、ユーリカが表情をしかめた。


「やはりね。ライム、繁殖期でもないのに凶種が増えている、というのは良くないことじゃないかい?」


「そうね。ギルド長に報告するけど……もしかしたら、ギルドから冒険者に調査依頼を出すかも。二人も、一応気に留めておいてね。いよいよのときは声がかかるから」


 わかった、とユーリカとミレアは神妙な表情でうなずいた。


「さて、ティス。待たせたな、後はお前の用事だけだぞ」

「あ、は、はい!」


 ティスは意気込んで、カウンターに歩み出た。

 皮袋から金貨を一枚取り出し、受付のライムに提示する。



「ライムさん。俺の、冒険者登録をお願いします」


 その一言に、ライムは目を見開き、息を呑んだ。

 まさか、男性が、宿の食堂という暮らしの糧を得て、それでも不安定な冒険者になることを希望するとは思わなかったのだ。

 周りの職員や冒険者たちも、ギョッとした表情でティスを見つめている。


「……男性の冒険者で、稼げている人はいないわよ?」


「稼げるか稼げないかじゃありません。俺は、強くなりたいんです」


「……危険よ? とても。死んでもギルドに責任を求めないという保証書を書いてもらうことになるわ。それでも?」


「覚悟の上です」


 ティスは決然と答え、その身を案じるライムの目を見据えた。

 思い浮かべるのは、傍に立つ二人のことだ。

 冒険者A級。ギルド、いや人間社会の強者の最高峰。

 その実力を目にした今、その言葉は口にするのに、途方も無い重みを増していた。


 はるか、遠い高みに手を伸ばすために。


 憧れに背を押され、ティスは断固たる決意の元に、その言葉を口にした。



「俺は、女性を、お二人を守れるほど強い男になりたいんです」



 その表情を、ライムはじっと見つめていた。

 女としてだけではない。冒険者の命を預かるギルド職員としてだ。

 やがて本気を見て取ったのか、ライムは神妙にうなずいた。


「わかりました。では、登録書類はこちらになりますので、ご記入ください」


 周りが非難の悲鳴をあげる中、ライムが書類を差し出す。

 そして、感情を込めない事務的な声で続けた。


「――そして、希望者には基礎的な能力を計るため、実戦試験を受けていただきます。冒険者は危険な職業です。依頼の達成能力を持たない人間を認定するわけにはまいりません」


 彼女の言うことは、ギルド側としてもっともな話だった。

 たとえば護衛依頼の場合、任務遂行の能力が無い者が請け負った場合は、冒険者本人に留まらず、依頼者の命まで危険に晒す可能性がある。


「今回は常駐するB級の冒険者が、試験官として担当いたします。実戦をしていただいて、その試験官が能力に不足を認めた場合、登録申請は却下されます。その場合でも登録料は戻りませんが……それでも、よろしいですか?」


 ティスは、迷わなかった。


「お願いします!」


 ゆるぎない決意を前に、ライムはしぶしぶと書類に記入した。

 試験の準備を確認するために、断りを入れてカウンターを離れる。


 ライムの姿が消えたのを見計らって、ユーリカがティスの肩を叩いた。


「ティス。きみに、冒険者になるための最初の課題をあげよう」


「はい、何でしょう!」


 ユーリカは、真面目な表情で告げた。

 さも当然だと言わんばかりの声音で。




「試験官を倒すように。――善戦じゃダメだ。実戦で、B級冒険者を倒しなさい」






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