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竜人ミレア


 三人はその日、山小屋で一泊した。

 寝床が二つしかないので床で寝ると言ったティスを二人が強く引きとめ、ティスは自分のベッドを、小柄なミレアがユーリカと二人で祖父の大きなベッドを使った。


 朝、町に戻る前に祖父の墓に報告をしていくことにした。


 祖父の墓標は、小屋の近くの大樹だ。

 大樹の根元に大きな石を置き、それに碑文を刻んで墓碑としている。 


 祖父の墓に手を合わせ、瞑目する。

 ティスだけでなく、ユーリカとミレアもそれに倣った。


 ――じいちゃん、俺はじいちゃんの教えを守れる男になってみせるよ。


 心の中でユーリカたちのことを報告し、街で生きていくことを改めて決意する。

 と同時に、祖父のことを忘れまいと、その教えを継ぐことを誓った。


 ユーリカとミレアも、粛然と瞑目していた。

 ティスのことを守ると、顔を合わせることの無かったティスの祖父に告げているのだろう。故人の霊を悼み、安堵させるために。


 荷物をまとめ、街に戻るべく三人は山を降り始める。

 得るものの多い帰省だったと三人は話していた。


「ティスが冒険者で名を上げれば、祖父ちゃんのことを知ってる奴と会えるかもな!」


「祖父殿はかなり名のある方だったように思えるからね。上流階級は人数は多いがとても狭い。特徴を語れば知っている人間と出会うかもしれないね」


「そこまで行くには、ユーリカさんとミレアさんみたいに、上り詰めないとだめですね」


 緊張に身を硬くするティスに、ユーリカは軽く笑った。


「私を守れるほどの男になるんだろう? だったら、ギルドのA級なんて通過点さ」


 ティスは意気込み、がんばります、と勢いよく答える。

 山道を熟知しているティスの先導で、獣道を通って山を降りていった。


 全滅したゴブリンの集落跡を抜けると、後は人の通れる道がつながっている。


 ミレアがティスを背負うために、三人で荷物の整理をしていると、ユーリカがふと顔を上げた。

 ミレアも続いて周囲を見渡す。ゴブリンの集落跡に生き物の気配は無い。二人が見ているのは、山道の向こうだった。


「多いな。ティス、敵が来る。警戒を」


「え? は、はい!」


 ティスが荷物を下ろし、剣を抜く。

 やや置いて、山道から、周囲の茂みから、多数の凶種(モンスター)が姿を現した。


 豚の頭に、肥え太った巨大な肉体。オーク。

 直立歩行する大型の山犬。コボルト。


 数は、それぞれ二十に満たないほどだろうか。合わせて三十を超える。

 かなりの数だ。少なくとも野生のはぐれではなく、コボルトを従えたオークの群れ、と判断するのが正しいだろう。


 オークは手に棍棒や錆びた斧を。

 コボルトは大半が素手で、一部は短剣を持っていた。


 武器を持つ十倍以上の敵。気を引き締めねば囲まれる、とティスは剣を握り締める。

 だが、気楽な声がティスの緊張を解かせた。


「あたしがやるよ。ちょうどティスにもらった鉈も試したいしな。二人は荷物でも見ててくれ!」


「そうだね。任せるよ、ミレア」


 ミレアが肩をほぐすように、ぶんぶんと腕を振り回しながら前に出る。

 ティスは呆気に取られ、ユーリカに尋ねた。


「い、いいんですか? さすがにミレアさん一人だと、相手が多すぎるんじゃ……」


「いいから下がってろって、ティス。あたしの格好いいとこ見せてやっからよ!」


 気楽な声で答えたのはユーリカではなく、ミレアだった。

 獲物を見つけたオークとコボルトが、咆哮を上げて攻め寄せてくる。

 ミレアは鞘から鉈を抜き、にやりと笑った。


「行くぜ」


 次の瞬間、コボルト五体の首が飛んでいた。

 長距離を高速で駆け抜ける神速の瞬発力が、目にも留まらぬ移動を可能にしていた。

 ミレアは跳躍し、軌道上に襲い掛かっていたコボルトの首を、構えていた短剣の刃ごと、神鉄の鉈で斬り飛ばしたのだ。

 その後も長距離を一速で跳躍し、敵の群れを線で切り裂いていく。

 まるで、目に見えない巨人の大剣が振るわれているかのように、コボルトの群れがなぎ払われていく。


 くるくると宙を舞い、ミレアは元の場所に戻ってきていた。


「さすが神鉄。よく斬れるし、頑丈だなぁ。心強いぜ」


 呆然とするティスに、ユーリカがこともなげに言う。


「ミレアは身体能力がすべて高いからね。技は使わないんだ。鉈でも拳でも、振るえばそれが一撃必殺の神技となる。あの鉈はミレアの力でも折れないから、ぴったりだね」


「この鉈は雑魚どもにはもったいないな! あたしの爪で相手してやろう!」


 そう言って鉈を鞘に収めるミレア。

 その両手が、変異した。両腕が半ばから鱗のようなものに覆われ、手の甲から獣に似た長く鋭い爪が生えている。


「よく見ておくといい、ティス。あれが亜人最強種、竜人族の持つ『竜爪』だ」


「はーっはっは! 竜を前にして、豚や犬が相手になるかよ!」


 ミレアの姿が消える。

 残ったオークたちは、その豪腕を振るって必死に交戦しようとしていた。

 だが、相手にならない。


 獣よりも雄々しく、咆えるミレアの爪がオークたちを次々と屠っていった。

 振るわれる斧は砕かれ、身体は爪に貫かれ、引き裂かれる。


 人の姿をした竜。

 竜の姿を人に収め、竜の身体を武器として戦う。

 それが、竜人種(ドラグーン)であるミレアの実力だ。


 生物として格の違う災厄を前に、群れを成したオークたちはなす術も無く倒れていった。

 いくらもしない内に、爪についた返り血を振り払いながら、戻ってくる。


 その場に立っていた凶種(モンスター)は、一体も残っていなかった。

 ミレア一人の前に、無数の敵がちり芥のように散っていった。


 A級冒険者。最強の剣士であるユーリカと並ぶ、もう一人の最強。

 その実力を前に、ティスは言葉を失っていた。


「とまぁ、こんな具合だ、ティス。――あたしのこと、恐れてもいいんだぜ?」


「凄いです、ミレアさん!」


 ティスは興奮していた。

 野生の獣をはるかにしのぐ、竜という最強の生物の躍動を前に、ティスの憧れは頂点に達していた。


 確かに、山中でこんな生物と出会えば恐れもするだろう。

 だが、相手はミレアだ。

 涙もろくて自分を助けてくれた、誰よりも人間らしい少女だ。


「怖くなんてないです。格好いいですよ、ミレアさん!」


「へへっ。お前ならそう言ってくれると思ったぜ、ティス」


 鼻先を拭うミレアの表情には、誇らしさと愛しさが滲んでいた。

 知らず、ミレアは頭の横にある自分の角に触れていた。

 輝いた視線を向けられる、本来人から怯えられるべき竜種の力が、今は誇らしい。


「――絶対に追いついて見せます、ミレアさん!」


「おう! 昇って来い、ティス!」



 ティスにとって、もう一つの目標ができた瞬間だった。







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