お宝なんでも発掘団
目的地はさほどに離れていなかった。
中天から日も傾かないうちに、山小屋へとたどり着く。
外側はさんたんたる有様だった。
畑は害獣に荒らされ放題、家畜の飼育小屋は、放した後に戻ってきたのか、鳥の羽が食い散らかされていた。こちらも獣に狙われたのだろう。
ただ逆に言えば被害はそれだけだった。
「良かった。小屋の中は荒らされてないですね」
野獣は当然、外部の人間も入った形跡は無かった。小屋を出た当時のままだ。
持ち出せなかった備蓄食糧である干物や、乾燥させた薬草も残っている。
食糧庫の床を探ると、床板が外れて中が収納庫になっている。
その収納庫の中から、ティスは布袋に包まれた貨幣を取り出した。
よしんばティスたちより先に誰かがこの小屋を訪れていても、この隠し収納庫までは発見できなかったろう。
「それが、祖父ちゃんの遺産か?」
「はい、ミレアさん。どのくらい残ってるのかな……」
机の上に中身をひっくり返す。
すると、ティスの記憶どおり、三十枚ほどの金貨と、それより少ない銀貨、大銀貨が現れた。銅貨類はない。元々無かったのか、小さく使いやすいお金だったから、どこか別の場所に保管してあるのか。
「おう。立派な額だな、これだけありゃ数年は余裕で暮らしていけるぜ」
「ですね。俺も安心しました、これでお二人にも報酬が払えます」
ともあれ、目的は果たした。
散財はできないが、当面は冒険者を目指す資金に困らない。
「あの……ユーリカさん。初めて街に入ったときのお金、お返しします。ありがとうございました!」
「あれは私が勝手に払ったものだから必要ないよ。とは言え、気持ちを無碍にするのはいけないね。受け取ろう」
ユーリカは、くすりと微笑んでティスから銀貨を受け取った。
ティスは、小屋に残された様々なものを見渡しながら告げる。
「他にも、持ち出せるものがあれば持ち出しちゃいましょうか。せっかくなんで、二人とも好きなものがあれば持って行っちゃってください。もうここで暮らすことも無いと思うので、誰かに荒らされて持ち出される前に」
「そうか? まぁ、墓参りに帰るのに困らない程度、街で役立つものを持っていくか」
「変わったものが多いね。……これは何に使うんだろう?」
ユーリカが拾い上げたのは、小さな木の棒を組み合わせて紐で縛ったものだ。
弓のついたコマのような形をしている。
「火起こしをするライターですね。こうやって回すと、底の棒がこすれて火が着けやすいんです」
「へぇ、これは便利だ。あとで作り方を教えて欲しいね」
「干し肉に乾燥した香草に、香辛料……こっちは食いものばっかだなぁ」
「後で軽い食事を作りましょうか。この辺の水は沸かさなくても飲めますよ」
途中の沢で汲んだ水を入れた水筒に、口をつけるティス。
生水だが、土や木の葉、砂利にろ過されて澄んだ天然水となっている。
「ハサミと、火バサミ、ノコギリに……これは何だい? 短剣かな?」
「スコップです。土を掘り返すときに便利ですよ。畑仕事に使うんです」
ふむ、とユーリカはスコップを持ち帰るものに取り分けた。持ち出せないが、隣には大型の円匙もある。武器としても有用だと感じたのか物珍しげに眺めている。
「おっ、鉈発見。ずいぶん綺麗だな?」
「じっちゃんの使ってた鉈ですね。軽くて錆びないし、よく切れますよ。持ち出そうかとも考えたんですけど……剣があるし、荷物になるかなと」
手にとってしげしげと鉈を眺めていたミレアだが、やがてその顔色が変わった。
ユーリカを呼び止め、鉈を手渡す。
「ユーリカ。この鉈見てくれ」
「うん? ……ふむ。神鉄に見えるね」
「だよな」
お互いに神妙な顔つきでうなずき合っている。
ティスは首をかしげ、二人に尋ねた。
「良いものなんですか?」
「神鉄というのは、鋼よりもはるかに硬く、軽い希少金属だ。魔術的な特性を持っていると言われている。これで作った武具は、冒険者は元より、王都の上級騎士でも誉れとする超一級品だよ。神々の鋼とも呼ばれている」
さらりと口にしたユーリカの説明に、ティスは瞠目した。
昔から何気なく使っていた日用品の鉈が、まさかそんな貴重品だったとは。
柄から刀身を外したミレアが、しげしげと眺めながらつぶやく。
「ダメだな、紋章が削られてやがる。……ティス。お前の祖父ちゃん、正体はわからねぇが、かなりの人物だぞ。こんなん下賜品か財宝に決まってる、上級貴族や王族とつながりがあってもおかしくねぇ」
「小屋の中には、祖父殿の身分がわかるものは何も無いね……不自然なほど。どうやら、身分を捨てて隠遁してた方、というのが正しいかな?」
二人の分析に、ティスは唖然とした。
財宝である神鉄の刃物を誇ることも無く日用使いにする人物だ。権威に頓着が無いほど高位の人物か、あるいは無神経な人だったのか。
おそらくは前者だろう。只者ではない、と二人は結論付けた。
ティスはしばらく考え、そしてミレアに言った。
「ミレアさん。その鉈、もらってくれませんか?」
「は!? ティス、お前、何言ってんだ!? 神鉄は、武具としても最強だし、売れば一財産になるぞ!?」
「じっちゃんは、道具は使うもんだって言ってました。そんなに凄いものなら、普通の鉈としては使えないし……俺とユーリカさんは剣があるけど、ミレアさんは素手じゃないですか」
慌てふためくミレアの手をとり、神鉄の鉈を握らせる。
「これなら、俺が使うには短いけど、格闘で戦うミレアさんにも扱いやすいと思うんです。どうか、武器としてもらってくれませんか? 飾らずに使ってくれれば、じっちゃんも喜ぶと思うんです」
「そ、そこまで言うなら受け取るけどよ……いいのか。本当に?」
ティスは革細工の棚を探し、鉈を納める鞘とベルトを探した。
ミレアの腰の後ろに、紐で結び付けて固定する。
ミレアはお気に入りの服を買ってもらった子どものように、自分の腰の後ろを眺めながらくるりと回った。
「あ、あたしが神鉄持ちかぁ。……へへ、どうだ、ユーリカ! ティスからもらった武器だぞ。いいだろ!」
「うん、うらやましいね。かと言って、感極まってティスを襲わないようにね」
「誰が襲うか! そこまで見境なくねぇよ!」
火を噴きそうな勢いで噛み付くミレア。なぜだか手は自分の胸元を押さえている。
その後も小屋の資材の整理は続けられた。
香辛料の類は山の木の実や草花を加工して自作したものだが、街に持っていけば珍しがられるだろうとのこと。女将さんや旦那さんへの手土産とした。
ユーリカが着目していたのは、厨房の様子だ。
煉瓦の石釜や、かまどで使っていた鍋など、ユーリカには馴染みのない形のものが多かった。取っ手の着いた薄い平鍋などは、街では見たことが無いものだ。
明らかに、文化の系統が違う。
ユーリカはティスの祖父に興味を抱いていた。と言っても、ティスの証言も含めて手がかりが無い以上、探れないことでもあるのだが。
「あ、これは持って行きましょう。圧力鍋」
「これは鍋かい? やけに重いけれど」
「中身を硬く密閉して、蒸気を閉じ込めて調理をするんです。扱いを間違えると危ないんですけど、肉なんかが短い時間ですごく柔らかくなるんですよ」
「へぇ……蒸気を? 密閉する? それで、なぜ肉が柔らかくなるんだろうね……圧力を調理に使う……少し、何かが見えてきた気がする」
ユーリカがぶつぶつと思索に入る。
――この技術は、本当にこの世界に存在するのか?
そのつぶやきは、整理を続けるティスとミレアには届かなかった。
ユーリカもそこから先に思い至ることができず、考えを打ち切った。
ティスの祖父の正体。そして、その教えを受けたティスの存在。
今は考えるだけ益体もないことだと、ユーリカは一人、首を振る。
「ティス! 街に帰ったら、まずは冒険者登録だな!」
「はい! がんばります!」
のん気に拳を握り締めるティスとミレアの様子に、ユーリカはふと微笑を漏らした。
まずは目の前の後輩を、鍛えることにでも専念しようか。
この子を見守るのは、ずいぶんと面白そうだ。
ティスは、自分を待ち受けるユーリカのしごきを、今は想像もしていなかった。




