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2話 ボルバリ山脈(上)

 グランリアを出発した私は西に向かって歩みを進めた。チバンガ教国は王国の北西に位置する盆地に建てられた宗教国家である。

 グランリアは王国北東部の街なので遠いと言えば遠い。本来なら片道の護衛依頼を受けつつ向かいたいところ。


 だけど既に公爵に見つかってしまっている。なので下手に依頼を受けると追跡される可能性もあるから慎重になる必要がある。それに手配されてしまうだろうから各貴族領の領都は避ける必要が出てきてしまった。

 もう……本当に面倒極まりない……。


 ひとまずバリネット伯爵領の隣のボールトネス子爵領を経由することにした。ボールトネス子爵領とバリネット伯爵領との間にはボルバリ山脈があるため、直接的な道はなかったはず、山越えになるけどやるしかない。


 覚悟を決めてボルバリ山脈に向かった。

 しかしそこはかなりヤバイ場所だった。


「これは……酷いわね……」


 なるほど、これは避けられるわけだ、と思わずには居られなかった。前世の私ですら逃げ出すレベルでこれは酷い。探知できる範囲だけでも魔物の数は多いし、強い魔物が多い。これは修行の場所としては最適かもしれないわね……。もはや超高難易度の迷宮と言われても納得がいくレベルだわ。


 ふと気がつけば近くにデビルマンティスの群れまでいる。

 デビルマンティスは人の丈ほどの大きさを持つ虫の魔物である。虫の魔物故に炎が苦手と思いきや炎が通じないという初見殺しな魔物なのよね。しかも素でも強く、Bランク以上の冒険者でも一対一で倒せるとは限らない強さを持っている。

 私は簡単に勝つ自信はあるけど群れは面倒だからやりたくは……なかった……。


 なんとその群れは興奮して人を襲っていた。こんな場所にいる以上、自業自得と言えばそれまでだけど見過ごすわけにはいかない。興奮状態の魔物は次々敵を探す性質がある。襲われてる人が殺られると次の標的は恐らく私になるから退治しておいた方が安全に先に進める。


 私は気配を消して忍び寄った。どうやら12匹いるらしい。まぁ余裕ね。

 直ぐ側まで寄ったところで背後から飛び掛かった。


「せいっ!」


 まずは一匹!


 仲間をやられたことに気が付いた別の個体が私を目掛けて腕の鎌を振るってきた。この鎌が鋭くて危険なのよね。


「おい!俺だけでやれる!」


 どうやら襲われていた人が私に気がついたらしい、と言うか私のこと気にしてる余裕あんの?本当に一人でやれると思ってるの?死ぬわよ?

 そして案の定、死角から飛んできた鎌の一撃を避けきれず負傷していた。未熟でおバカだね。


 私は鎌を避けるとそのまま鎌になってる腕を斬り落とし、斬らなかった方の半身を凍らせた。

 コイツは一定までの寒さに強いけど凍るほどの冷たさには勝てない、だから凍らせるのは効果が高いのよね。


 私も2体駆除してるけどまだ10匹近く残っている。仕方がないので一気にカタを付けにいくことにした。

 グラウンドフリージングと呼ばれる地面を凍らせる魔法で足元を凍らせた。そうしてしまえばデビルマンティスの機動力は簡単に奪えてる。どんなに強い魔物でも一歩も動けなければどうにでもなる。問題は……


「わっ!足が凍っちまって動けねぇ!」

「はいはい、アンタが間抜けなのはよくわかったわ。ちょっと待ってなさい」


 足元が凍って動けない魔物など数がいても大したことはないのですぐ片付いた。

 そして魔法で解除してあげると……


「酷くないか?」


 …………は?


「逆に問いたいわ、アンタ何したの?何をしたらデビルマンティスが興奮状態になるわけ?」


 逆に問うてやったら憤った顔をしてきた。

 これはお説教だね。


 私は軽く相手を睨みつけつつハッキリと言ってやった。


「そもそもデビルマンティスは興奮しにくい魔物のはずよ、それが興奮してるなんて普通はありえない。それに興奮した魔物はやたらめったら周囲の生物を攻撃するの。その危険性は理解してるのかしら?それとね、基本的には興奮状態の魔物は最優先対象なのよ。死なない為にも『狙われる前に倒せ』は常識、乱戦で油断しているアンタの方が問題よ」

「なんだそりゃ?」


 どうやら知らないらしい、困惑気味のようね。

 仕方がない、教えるしかないか……。


「デビルマンティスの生態を考えればそもそも興奮している事自体が異常よ。そして興奮した魔物は周囲の生物をひたすら襲い続けるわ。殺したらドンドン次を殺しに行く恐ろしい状態なの。それに標的を定めたらその標的に向かって進路を変えることはない。だから『狙われる前に倒せ』なのよ。冒険者の間では常識よ」

「知らんな……俺もこないだ冒険者になったばかりだがそんな話聞いたことねぇぞ?」

「講習会や先輩たちから何も聞いてないの?」

「いや、聞いてない。そもそもうちの登録したギルドでは講習会なんてやって無かったぞ?」


 正直頭が痛くなってきた……。

 最低限のことを教えずにどうしてその職を全うできるのか?


 そのギルド支部には監査が必要だわ。正しい知識の拡散もギルドの仕事の1つ、それが行われていないと言う事実を知ってしまった以上動くしかない。何しろ防げるはずの被害を拡散することになる、許される話では無い。


「とりあえず別の街に行きなさい。アンタの所属先は信用できないわ。話を戻すけどデビルマンティスに何をしたの?いや、自覚が無いならアレとぶつかる前に何をしてたか答えて」

「いや、あのデビルマンティスに何かした覚えはない。そうだな、腐ったポーションを焚火で焼却処理してたら奴らが寄ってきてしまったってわけさ。変なことはしてねぇだろ?」

「論外っ!腐ったポーションの処理費用が高いのは分かる。でもあんなもん焼いたらその煙で魔物が寄ってくるわよ!腐ったポーションは高くてもちゃんとしたところで処理してもらうか錬金術を覚えるかしなさい!」


 自覚の無いところが本当に怖いわね……。まさかそんな危険行為に及んでいたなんて思わなかったわ……。

 取り敢えず何をすべきか分かったので速攻終わらせる。幾ら通り道に過ぎないとは言えこんな状態を放置しておく訳にはいかない。


「焚火の位置は何処かしら?後始末をしないとマズイわよ」

「あぁ……こっちだ!」


 案内させた先はもっと酷い状態になっていた。

いつも理を越える剣姫をお読みいただき誠にありがとうございます。これからも宜しくお願いします。

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