28話 王太子代理
魔物の襲撃事件から約1ヶ月、騎士団と冒険者ギルドによる調査の結果報告がなされた。
結果はかなり不味い状況だった。
王都を中心とするグレイシア地方の自然魔力濃度が上がってきてることが報告された。
自然魔力濃度が高いと当然高位の魔物が寄り付きやすくなるし、自然発生する魔物の数や強さも増大する。さらに調べてみれば発生する魔物の種類も多様化、強力な種族も多数と頭を抱えたくなるような状況だった。
事態が事態故に王立研究学術院も調査に加わった。当然原因を究明する必要があったからだ。
魔物の異常発生は既に多くの場所に被害を及ぼしていた。商隊が襲撃された、農地が荒らされた、といった事件がボチボチ起こり始めていた。
さらに運の悪いことに王国南部に領地を持つバルタルン伯爵が領地に向かう途中、王都近郊で魔物の群れの襲撃にあってしまった。何とか退治はしたものの、少なからず負傷者を出してしまった為、伝令を領地に派遣して王都に戻ることになった。この事件は貴族社会でも大きな話題になっていた。彼が襲撃された影響は大きく、貴族たちも大きな危機感を募らせた。
因みにバルタルン伯爵の一行を襲ったのはバーストダークスネークという蛇の魔物で、この魔物もこれまで王都周辺では見かけなかった魔物だった。
諸外国からの公使たちも困惑していた。幸い国王の指針は受け入れられた為、国として他国から咎められることは無かったが、外政卿のソンムスティ侯爵だけは先の国務卿会合の発言が漏れてしまい、公使たちから非難の嵐に晒されていた。一部の公使たちはそうした情勢を見て本来外政卿を通すべき話から彼を無視して宰相や軍務卿に直接取り次ぐものも出てきた。そしてその噂は瞬く間に貴族社会に流れソンムスティ侯爵を外政卿の地位から降ろそうとする動きも出てきた。この一件でソンムスティ侯爵は一気に窮地に立たされたのだった。
こうした状況の中、私はお父様に呼び出された。
「状況は理解しているな?」
「はい、王都周辺の自然魔力濃度が異常に高く、危険な魔物が多く発生するようになったと聞いております」
「その認識で良い。お前にはマイラスーンの代わりとして国務卿会合に出席してもらう。要するに王太子代理だな。あのバカに何かあった時はお前が王太子だ」
「え?なんで私ですか?弟のローランでは駄目なのですか?」
「あの子はお前ほど優秀ではない。まぁお前が飛び抜け過ぎてるのも事実だがな」
どうやら逃げられないらしい、私としては非常に不都合な話だった。
王太子の地位なんてあったら出奔しにくくなるじゃない!
でもお父様の判断は国王としては間違ってはいない、当然、国王は優秀であれば優秀であるほど良いからね。あのクズの極みたるマイラスーンはその点は論外だったから廃嫡が視野に入ってるのは理解してるし、お父様の血を引く子の中で私がダントツで優秀なのは事実だけどね。それでも男性がいるなら男性が継ぐべきという意見も少なくないのも事実、どちらにしろ苦渋の決断だろうね。
一応、国務卿会合も情報収集程度に参加するのもありと言えばありなんだけどね。仕方無い、参加するか…。
「はぁ…分かったわ…参加すれば良いんでしょ?」
「随分と投げやりだな…そんなに次期国王たる王太子になるのが嫌か?」
「嫌ですよ。国王や王太子は個人の感情を殺し国の為に身を捧げ続けなきゃならない。私はそんなのはやりたくない、王位継承権すら要らないと思ってるのに…」
「ほう?王位継承権すら要らないと言い出すとはな、意外だった。だが王族の責務を真の意味で理解してるのは流石だな。だからこそお前にならこの国を託される」
ヤバイ…お父様は本気だ…何とかしないと本当に跡を継がされかねないじゃない!
露骨に嫌そうな顔をしても無駄だった。
「嫌そうな顔をしてもそれは許さぬ、王族の責務だからな。王族に産まれた以上は責務を果たさねばならん。今日からお前は王太子候補として王太子府で仕事をしろ、これは王命だ」
「はい?正気ですか?」
「正気だ、お前を放置しておくとフラフラ逃げられかねん。だから首輪をつけておく、それとこの件を知ればマイラスーンは必ずや問題を起こすだろう、仮に問題を起こしてくれれば廃嫡の良い機会になる」
どうやら本当に逃がすつもりはないらしい、仕方無いのでこちらでローランを鍛えよう。そうすれば出奔の影響くらいはなんとか抑え込める、と言うか抑え込むしかないじゃない!
「どうしても私に跡を継がせたいと…」
「うむ、そのつもりでいよ」
完全に逃げ道を断たれてしまった。
こうして私は王太子府へと足を運んだ。
そこで目にしたのは想定を超えた地獄だった。
「何よこれ!あのクズ野郎、全っ然仕事してないじゃないの!」
放置された書類が山のように積み上がっていた。
これはアイツの廃嫡には同意する。アイツには絶対無理だ…。
なんで半年前の書類が決済されてないの?もう意味がわからない。代理である以上、私が進めなきゃならない、私は徹夜を覚悟した。そして王太子府の役人を全員呼出し、整列させた。
「今日はこれが片付くまで寝れると思うな!あのクズ野郎を止められなかったお前たちにも責任がある。覚悟しろ!」
活発なだけのお姫様だと思っていた王女がこんな言葉遣いで切れ散らかすと思っていなかった彼らは震え上がっていた。元高位冒険者を舐めんな!
「何故半年前の書類が決済されてない!何故重要な書類が放置されている!お前達にやる気は無いのか!あのクズ野郎を引き摺り出してでもやらせるべきだったんじゃないのか!?」
「恐れながら殿下、そんな事をすればマイラスーン殿下に何をされるか判りません」
「ならばお父様に言うべきでしょ!職務怠慢よ!職務怠慢!」
考えが甘っちょろすぎる!何よこれ?
ここまで酷いなんて思わなったわ…。
どうやらあこクズ野郎に従わざる終えずクズ野郎の下らない政治工作に付き合わされていたらしい。
「取り敢えず一つ一つ片付けていくわ!今日は寝られると思うなよ!」
そうして決済の片付けこと、部屋の清掃が始まった。古い書類と重要性の高過ぎる書類から確認と処理を進めていく。がむしゃらやっても仕方ないので優先順位を付けるしか無かった…。
夜になり私の侍女が「おやすみの時間です」と呼びに来たけど従わなかった。無論周りの官僚たちは救われたような顔をしていたが私は赦さなかった。侍女も当然のように扱き使った。侍女たちは「おやめください」と必死だったけど私はこう返してやった。
「これを見て王太子代理として放置するわけにはいかない。だから今日は休む暇はないわ、あなたたちも手伝いなさい!」
侍女たちも完全に顔色を失っていた。
指示が降りてしまった以上、彼女たちも手伝わざるおえない、こうして地獄の徹夜の執務が始まった。
翌朝にはかなりの分量が片付いていた。
徹夜してでも終われないことからもあのクズ野郎のヤバさがよく理解できる。
翌朝、死にそうな目で朝食の場に出てきたのを見てお父様からもお母様からもしこたま怒られた。
そんな無理して終わらせるものじゃない、体を大事にしろと…。
いつも理を越える剣姫をお読みいただき誠にありがとうございます。これからも宜しくお願いします。
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