25話 騎士マイケルは振り回される
俺はマイケル、王国騎士団に所属する騎士である。
俺はバリネット伯爵領出身の庶民だったが、騎士に憧れて王都にやってきた。最初は騎士団には入れず王国常備軍の兵卒として入隊した。
基本貴族出身者しか騎士団には入れないが平民出身でも騎士になる道は存在する。
頭一つ飛び抜けた実力を身につけ、何度も任務に赴き戦功をを立ててようやく騎士団の選考を受けることができる。そしてその門は極めて狭き門だった。
俺はまず実力をつけるために限界を超えて訓練をした。血反吐を吐いてでも訓練を続けた。騎士の地位を持つ上司からは「騎士団入隊前に死ぬぞ」と呆れられた。呆れられはしたが周りの目は比較的好意的だった。
「アイツ何時でも訓練してるよな」
「尊敬するぜ」
「僕もああなりたいよ」
強くなることで己の価値を証明した。皆が認めてくれた。それが何よりも嬉しかった。
そうやって王国常備軍の中でも実力で頭角を現した俺は実績を積む為に東奔西走した。ある時は山賊の砦に乱入し山賊を蹴散らし、ある時は害獣退治のために山狩をして、国境紛争ともならば先鋒部隊に志願し、戦い生き残り続けた。
そうやって過ごしてるうちに俺の噂は王国常備軍から騎士団まで広がっていた。
無論良い噂もたくさんあった。
「また彼が山賊を潰したらしいぞ」
「マイケルが居て良かったよ」
「そのうち騎士団行けるんじゃないか?」
チヤホヤされる一方で妬む者、悪い噂を流す者、嫌う者もいた。
ある貴族出身者たちはこんな会話をしててた。
「礼儀作法もなってない平民のくせに騎士団目指すとか本当〜?」
「本当に頭どうかしてる。怪我でもして同情してほしいだけじゃない?」
「如何にも卑しい平民らしい発想だと思うよ」
奴等からすれば平民出身の常備軍の軍人からの騎士は目障りだろう。
常備軍からの昇進で枠が減るわけだし貴族の中には平民を馬鹿にする者もいる。まぁ俺自身も当時は礼儀作法とかは貴族目線だと問題しかなかったのも事実だが…。
平民出身でも似たような悪印象を持ってる者はいたが貴族出身者よりは圧倒的に少なかった。
そんなある日、反逆した貴族の討伐で俺の部隊は出陣した。
しかしその戦役では騎士団から出された部隊は早々に逃げ出した。反逆者によって買収されていたのだ。騎士になる貴族出身者はそこまで裕福なわけでもなく、家督を継げるわけでもない。肉体労働の少ない文官は倍率が高く、必然的に質の低い貴族の子供が入ってくることになる。
その弊害が買収という悲劇につながった。
残ったのは僅かな騎士団のメンバーと常備軍を中核とする兵士達、士気は大きく下がった。
流石に残った騎士団のメンバーは高潔な者が多く士気は異様に高かったが、一部の徴兵された兵士達は今にも逃げ出しそうな状況だった。
俺は死ぬ気で戦った。ここで逃げたりしようものなら騎士への道は閉ざされる。
あのアホかと言われた地獄の訓練はここで真価を発揮した。誰よりも果敢に戦い、誰よりも敵を斬り伏せ、誰よりも多くの戦果を挙げた。これには残っていた騎士団のメンバーから絶賛された。その中には昇進の推薦を申し出てくれた侯爵令息もいた。
この戦いは多くの犠牲、多くの逃亡者を出しながらも反逆者は滅することができた。
無論逃げ出した騎士団の連中も反逆者として討伐した。連中は山に密かに作られた隠れ屋敷に籠もってたからすぐ見つかった。
王都に戻ったら常備軍の司令部に呼び出された。
話を聞けば俺を騎士団に推薦することになっていた。反逆者として討伐された逃亡者たちの席を埋めるためだったらしい。急ぎ礼儀作法をはじめとする各種教養の勉強をさせられ何とかやってけるようになったところで、騎士団に栄転した。実績と推薦を理由に試験も無しになった。しかも待遇は騎士である。
騎士団の階級は上から高騎士(幹部)、騎士、従騎士、見習い騎士である。良くても従騎士で始まるのが通例だ。本来ありえない出世だった。
そして騎士になって2年が経った。
俺は多くの任務をこなし、騎士団内部でもそこそこの地位についていた。
いつもの様に山賊の掃討の任務をこなして帰還すると陛下に呼び出された。
「よく来たな、お前に任務がある。アリシアの手紙をある者に届けよ」
「ある者ですか?」
「詳しくはバリネット伯爵から話がある。休暇はすまんが取消しだ」
は…?
任務に出る前から…1ヶ月も前から予定していた休暇が取消し…?
俺は不敬なのを忘れてこの世の終わりのような表情をしてしまった。
「まぁ休暇は取消しだがお前にとってはマシな結果だぞ。この任務がなくとも休暇は取消しだった上に故郷に行けるのだから」
マシって何だよ…マシってさぁ…。
「戦争が始まってしまったということでしょうか?」
「戦争が始まったわけではない、危険な上位種の魔物の棲息域の変化した可能性が指摘されその調査が行われておる。今回の任務がなければそちらに投入されておったぞ」
うわ~…確かにマシな話だな…。
俺がいない間になんてことになってるんだ!
「分かりました。では失礼します」
すぐにでもバリネット伯爵の下に足を運ぶ。まだ屋敷に帰られてないそうだから一刻でも早い方が良い。
面会の許可はすぐに得られた。
「よく来たな。騎士マイケル」
「お初にお目にかかります。バリネット伯爵」
「話は陛下から聞いたな?明日、王都を発つ当家の連絡員とともに我が領に向かってもらう。王女殿下の使いとしてある職人への依頼状を携えてな」
「はっ!」
「故郷に帰れると言っても楽な任務だとは思わぬ方が良いだろうけどな。あぁ、道中のことではない、職人のことだ」
…?どういうことだ?職人が余程の曲者なのか?
「疑問があるようだな。まぁ知らぬ以上は無理はあるまい。その職人の名はヤツスナと言う。腕は良いのだがやたらプライドが高くてへそ曲がりでな、当家も御用工房の打診が門前払いをされてて困っているのだよ。王女の名を出そうと一筋縄で済むとは思うなよ?」
成る程、噂の人物なら確かに曲者だ。
「ヤツスナ…?鍛冶屋シュウソウですか?」
「ほう、知っていたのか…」
やはりあのお方だったか…。伝説の武器鍛冶の後継者であり、それに驕る無く己の技量で名を轟かせる武器専門の鍛冶師だった。
「バリネット伯爵領に縁ある冒険者や軍人ならば一度は憧れる名匠です。私も騎士団で出世したならば彼の作を所有したいと夢見たものです」
「評判が良い、と聞いていたがそれ程とはな。知らなかった」
「彼の作品を得るのは容易ではありません。故に彼の作品は幻の逸品とまで言われるのです」
「その響きに価値を見出したか…。まるで芸術家だな」
「でなければ憧れはしないでしょう」
「それもそうか」
伯爵は納得された様子だった。
俺はその場を辞して寮の部屋に帰った。
翌日、俺はアリシア殿下から依頼状を受取り伯爵の連絡員と共にパルメルン市に向かった。
しかしこれが後に俺を歴史の転換点に巻き込んでいった。
次回は5月20日(月)19:30です。




