44話 社
ある日、私が仕える社に一通の密書が届いた。
差出人は西のチバンガ教国の大聖女の一人だそうだ。しかもあの国で保護されてるはずの上級聖人でありながら、何故かこの国に来ているという変わった女性である。
聞けば色々と武に関する逸話をお持ちとのことだが疑問は尽きない。
「お師匠様!あのパステルの英雄から密書が届いたって本当ですか!?」
「ナミ、お前は密書の意味を考えよ」
どこからか届いた密書のことを聞きつけた弟子が飛び込んできた。
この弟子は確かに巫女として非常に優秀だ。
幼くして輝巫女と言う輝かしい存在となり、百年に一人とすら言われた逸材だ。僅か13歳にして巫女として修めるべき学問も一通り修めており、実技である道術も高い水準で習得している。
優秀なことは非常に良いことだ。枠の外まで能力を広げていることに関しては素晴らしいと言うしかない。彼女が修めた中でも芸術や法学に関しては知識を有して損はない分野であり、内容も国内のものに留まらず他国の芸術や法律まで学んでいる。
それに彼女は巫女として使うことはないであろう剣術、体術、魔法なんぞも学んでいる。しかも巫女として使うことの無い武に関する分野に特に熱を入れている。当然国内外の有名な武人についても興味津々だ。今は西から態々やってきたと言うジャンヌとか言う聖人に夢中なのだ。
そう、優秀ではあるが、思考回路があまりにも幼すぎると言うか欲に実直過ぎる。そしてその欲の方向性が危なっかしくて見てられないと各方面から言われている。目をかけてるのは将軍として高名なレイカ姫くらいであろう。
困った弟子を部屋から追い出し密書の封を解いて中身を読んだ。
そこには驚くべきことが書かれていた。
ツタカキに複数の魔族が現れた、と。
これだけでも大問題である。
魔族信仰の民族が住む地との境界であるハザマハラであれば現れてもおかしくはない。実際に過去には敵民族に混じって現れた例が何度かあるからだ。
しかしハザマハラよりだいぶ離れた地域に魔族が現れるなどこれまで無かったことだ。それも複数体ともなれば組織立った行動である。そんなのを許す隙を晒してしまったと証拠であった。
加えて魔族信仰の民族の武の名家出身の人物が魔族化していたともある。
彼女は外国出身故に、その家名に覚えがなかったそうだがこの国ではかなり知られた危険な一族である。
「大物だな、だが倒せたのなら増援は不要なのではないか?」
疑問はそこだ。
締めには『魔族の動きが読めないので増援を出して欲しい』とある。
確かに社に仕える神官や巫女の一部には魔族に対抗する力がある。私もその力を有しており、昔は最前線のハザマハラに展開する軍への支援にも赴いたこともあった。
当然だが魔族の加護を受ける者共と対峙したこともある。流石に魔族本体と遭遇したことはないが、魔族の加護だけでも十分恐ろしいのは身を以て理解しているつもりだ。魔族本体ともなればどの様な被害が出るか想像もつかない。
民のことを考えれば支援人員を出すのが道理であろう。
だが我々は国防の為の組織ではない。無駄に危険を冒す義務は無い。
しかも魔族に対抗しうる力を有する神官・巫女は限られている。
今回のように神出鬼没で現れうる地域に行きたくはないし、部下を向かわせたくもない。戦場に不慣れな者では魔族などの不測事態に対応できず犬死する危険が高いからだ。私自身も今のツタカキはあのハザマハラよりも危険と見ている。
結論は出た。
誠に不甲斐ないが、危険な戦場には対応できない以上、うちからは増援は出せない。
決まればすぐに手紙を書く。
向こうは返事を待ってるはずだ。いや、実際には援軍を待ってると言うべきか。だからこそ早く届けなければならない。こちらの結論を伝える為に。
「急ぎ例の姫将軍に届けよ」
速達で姫将軍に届けさせることにした。今、あの前線で指揮を執るのは彼女のはずだ。彼女に通した方が早かろう。
ーーーーーーーーーー
翌朝、私の机に一通の文が置かれていた。
目を通して驚いた。
「あんのバカ弟子がぁ!」
この文を置いていったのは弟子のナミだった。
どうやら夜のうちに忍び込んでこっそり密書を読んだらしく、ツタカキに行って参りますとあった。
確かに彼女なら戦陣には立てよう、だが彼女ほどの逸材を失う訳にはいかない。その運用は慎重でなければならないのだ!
「誰ぞある!」
急ぎ呼び戻さねばなるまい。
「はっ!ここに」
「ナミを探し出せ!恐らくツタカキに向かってるはずだ!」
まったく、なんでこんなことになったのか……。
いつも理を越える剣姫をお読みいただき誠にありがとうございます。これからも宜しくお願いします。
来週は作者の都合により更新はありません。次回は11/28金曜日となります。
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