42話 後退と前進
あまりにも人間臭い魔族を討ち果たした後はすぐに市内への帰還を決断した。
元より偵察を兼ねた強行突破を行った上で魔族相手に一騎討ちまでしていた。魔力量も体力的にも既に限界が見えていた。あまり連戦は出来ない、それは認めざる負えない。
撤退はマジックポーションで魔力回復量を確保しつつ、探知魔法で魔物の動きを探るところから始まった。探知魔法だけならあまり負荷は掛からないのでそれを利用して魔力回復をしつつ、無駄に動かないことで体力の回復を図った。
そこらの雑魚ならある程度殲滅することも可能だろう。しかし強いのが交われば確実に負ける。
「遮蔽物がある程度ある場所だったのは助かったかなぁ。遮蔽物がなければ丸見えで魔物に襲われていただろうし……。はぁ……」
何にせよ、すぐには撤退を始められない。
街まで戻る体力が失われているからだ。
平時であれば戻れただろう、だけど今はスタンピードの最中、敵となる魔物の大群を突破する必要がある。長くはできないけど休息はとらなければならない。生けるものは永遠に動き続けることが出来ない、どこかで息切れを起こすものだから。
疲労した状態で正面突破は非現実的なので帰路は往路とは別にするつもりでいる。既にある程度の方向性は絞ってある。そこを駆け抜ければ味方との合流も遠からず出来るだろう。
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その頃、最前線では……
「あの嬢ちゃんのお蔭でこの戦線は余裕があるな」
「あぁ、とは言え奥まで単騎で突っ込んで帰ってこれんのか?幾ら強いとは言ってもなぁ……」
ジャンヌが切り開いた付近は魔物の数が激減していた、いや、ほぼ粉砕されていた。敵がほぼ居ない状態だ。その結果、彼女の恩恵を受けた部隊は、部隊を分けて他部隊の戦線を横から強襲して魔物を屠ると言う策まで敢行していた。
そんなこんなで眼の前に敵がいなくなったことで他正面への援護がこの部隊の主たる活動になっていた。
しかしそれに疑問を持つ者は少なく無かった。
「なぁ、俺達はあの"道"を通って彼女の支援に行くべきじゃねぇの?」
「道理だな、彼女無しにここまで優勢にはできなかった。恩返しをすべきだと思ったぜ」
「某には指揮官殿の考えがよくわかりませぬ」
誰もが疑義を持ったところで誰かが言った。
「気になることがある。魔物たちの動き、先程より弱ってないか?それに連携もとらなくなった。あまりにも奇妙な感じがする。先程までは凄まじい勢いを見せつけて俺たちと戦ってたのにな」
その言葉に場がざわめいた。
ここにいる全員、仲間に戦闘を引き継いで休憩に入ったばかりなのだ。つまり敵が弱体化したところを見ていたのだ。尤も動きが悪くなっただけでそれ以上のことは分からなかったが……。
「それって……好機じゃねぇの?」
「どういうことだ?」
「魔物の数は大きくは減っていない。だが個々の魔物の能力は強化される前に戻っている上に動きがバラバラになった。つまりスタンピードの影響が弱まってるはずだ」
その推測は皆を沸かせた。
「つまり今なら敵地のド真ん中で踏ん張ってる彼女を助けに行けるってことか?」
「そうだ」
「それに迷宮まで進めればこのスタンピードを終わらせることも……」
「あぁ、暴走した迷宮を抑え込むことも視野に入るな」
スタンピードの大本は何かはその時次第である。魔物であったり魔族であったり、さらには高濃度の魔力が物質化した結晶体がスタンピードの核となった例もある。こうした見える例は叩けばスタンピードが急速に終息に向かう。まぁそんなものがない場合は単純に持久戦となるが……。
だけどどの選択肢を採るにせよ、彼等は重大な問題を見落としている。
そう、彼等は身分上は冒険者である。しかし臨時とは言え軍に居るのだ。軍にいる以上は命令に反する行為は許されていない。命令外の行為を行うには何らかの形で許可を得るか命令を変更してもらう必要があるのだ。
「よし行くか、俺達の武勇を示す時だ」
「あぁ、俺達は冒険者だ」
そして彼等は軍令違反を起こして前線の前、ジャンヌが穿ったところを突撃することにした。
それはあまりにも脳天気過ぎる判断、あまりにも愚かな判断、最悪と言っても良い判断だった。希望と絶望は紙一重、それを彼等は身を以て体験することになる。
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「ちょっとばかり休憩が伸びちゃったけど何とか戦えそうね」
疲労が抜け切ったわけでは無い、でもマトモに戦えないと言うほどでもない。これなら退却するくらいは体力的にも何とかなるだろう。魔力もマジックポーションのお蔭でかなり戻ってきている。
回復してきてるからと言って油断はしない。まだ万全だとは言えないけど、万全の状態まで休めるとは思っていなかったから想定の範囲内には収まっていた。
「まずは今の周辺状況を……よし!問題はなさそうだわ」
少し魔力の消費は増えるけど広域を一気に探知探索を掛けた。結果は大きく上振れ、予定進路の魔物の数は想定していたよりも非常に少なかったのだ。恐らくスタンピードの主たる進軍路から外れていたのだろう。
最悪の事態に陥らず良かったとは言え、まだ敵地にいる。だからこそ焦らず慎重に、警戒心を緩めることなく進む必要がある。
そうして道程の三分の二ぐらい進んだところで人の魔力を確認した。位置は恐らく私が切り開いた道辺りかな。そしてその魔力の揺れや配置から恐らく戦闘状態にあり、人数も少ない上に個々の魔力量も少ないことも判る。
明らかにおかしい。何があったのだろうか?
魔法を使わない人は確かに魔力量は少ない。だけど強くなれば強くなるほど魔法を使わなくても魔力量は多少は増えてくるものなのだ。
つまり実力的に微妙な兵が進軍したということを示しており、ありえないのだ。
見つけてしまった以上は放置はできない。
そこに向かうと、今にも全滅しそうな5人の冒険者の姿が見えた。既に倒れ臥した人も何人か確認できた。
「クソッ!なんでこんなに……」
「泣き言言ってる暇あんのかよ!やられるぞ!」
予想した通り劣勢、それも絶望的状態だ。
そんな中、残ったうちの一人が遂にやられた。
「カハッ……」
「ガサナマッ!」
「おいッ!……うぐ……こっちもやべぇ……」
ついに彼等に限界が来たようだった。
ガサナマと言う男がやられたことで処理能力を越えアッサリ全員がやられてしまった。
魔物はゴブリン系が主体だから強くはないけど数が多い。数に押し流されたのだ。私が援護に入ろうにも距離がありすぎた。
味方がいないのなら遠慮はいらない、派手にやれば良い。まずは大魔法を数発叩き込み、大太刀と小手先の魔法で敵を殲滅する。
敵の殲滅が完了したところで先程まで戦い倒れた者たちのところに向かった。
案の定、ほぼ全員が息絶えていた。たった一人を除いて。
「ハハッ……俺達じゃ届かなかったってわけか」
「何故ここにいるの?そんな命令下ったとは思えないんだけど?」
「いや、独断さ。見ての通り冒険者だからな。自由ってわけだ」
コイツら判ってないわね。どれだけ愚かなことをしでかしたかを……。
「戦時下の軍の指揮下にいる以上は軍命に従う義務があるわ。アンタたちがやったことは明確な犯罪、生きて戻っても処刑だね。冒険者は常に自由ってわけじゃない」
苦しそうな顔をしつつも目を見開いている。どうやらそんなことも知らなかったらしい。
「せめて苦しまないように介錯するわ」
「頼む」
この国では戦場で瀕死の者が苦しまないように合意をとった上で介錯することは合法だ。そもそもコイツの行き着く先はこのまま野垂れ死ぬか処刑かでしか無い。だったらここで苦しまぬように命を絶ってやるのも一つの慈悲だ。
一撃で首を切離し、命の火が途絶えたのを確認してから全員分の遺体をマジックバッグに収納した。遺体が残っているのだ、せめて人がいる場所に返してやりたい。
遺体を片付けた後、私が切り開いた道を辿り街まで帰還した。彼等が奮戦して魔物を倒してくれたお蔭で帰りは楽に戻ることができたのだった。
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