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38話

「眼の前を片付けたら後退するよ!もう少しの辛抱だ、踏ん張りな!」


 各部隊を周って敵の足止めを行い、部隊を後退させていくと言う作業を続けていた。


 そうしているうちに事実上の全体の指揮を任せられる事態に陥った。まぁ私はそれなりの軍勢の指揮も出来るから実務上は良いんだけどさぁ……。軍の指揮官たちは不甲斐ないとは思わないのかな?


 しかし私がここまで軍の指揮統制に長けている時点でおかしいと思う者は少なくは無かった。


「個人の武力は異質な天才で無理矢理納得することは出来る。出来るんだけどよぉ……。なんであの歳で軍の指揮が出来てるんだよ!」

「どこかの軍閥貴族とか?」

「だとしてもありえねぇ。小さな部隊の指揮ならまだしも全体の状況を把握して各部隊を掌握し指揮する。はっきり言って異常だ」

「それに指揮権奪われてる指揮官も正直不甲斐ねぇよなぁ」


 皆おかしいとは思いつつも私の指揮に従ってくれる。今は私の身分なんぞより敵を排除することである。理解しているようで何よりだ。


 私が示した作戦は特定の地点の付近まで下がって迎撃体制を再構築することだった。結果的にほとんどの部隊が後退することになる。司令部の命には反するけど潰走するよりはマシだと言う判断だ。


 この判断はほとんどの指揮官に受け容れられた。


「すみません、ジャンヌ殿。貴女がいなければ壊滅していたことでしょう。不甲斐ないばかりです」

「理解してんならちゃんとしな!」


 戦況が悪く、不甲斐ない指揮官のせいで私もかなりイライラしている。なので普段の丁寧な口調が乱れて前世の口調になっている。

 だけど今に限って言えばそこまで悪いことではない。軍の兵士や冒険者などの武人ってちょっとガサツなくらいの態度の方が親しみ易いところがあるからだ。それで有能なら尚良し。


「私の部隊が最後、なんですよね?」

「あぁ、そうだよ。片っ端から氷漬けにしてやったから時間はある。これなら迎撃体制の再構築くらいはアンタたちでも出来るんだろ?出来ないなんて言うんじゃないわよ!」

「えぇ、それくらいはしなければなりません。しかし貴女はどうされるつもりで?」

「指揮所に戻って司令官と面会してくるつもりさ。今後の戦略を考える必要がある。そうなると私一人で決断するわけにはいかない。……そろそろ敵さんは打ち止めだな、後は任せたよ」


 指揮権を指揮官に戻し、城内へと向かう。


 その道中では私の口調やら身分やらを問われたけど黙殺した。アステリアとレインだけは呆れた目線を向けてきたけど。


 指揮所に戻るなりすぐに司令官に軍議に呼び出された。


「前線で何が起きてて君が何をしたのかは把握済みだ」


 まぁそうでしょうね。と言うか文句あるの?あの場で壊滅するよりはマシでしょ?


「戦況上致し方無いし、判断もある程度適切だったとは思う。こちらから出してた命に反して部隊を動かしたことに関しては、寧ろよくあの判断を下してくれたと思ってるくらいだ」


 ほう、やっぱり文句はあるのね?


「だが、こちらに連絡しなかったこと、そして替えの効かない要たる魔道士である君自身が死と隣合わせとなる危険な白兵戦を行ったこと、この2点に関してはこちらとしては容認し難いな」


 ため息しか出ない。


 そもそも崩壊寸前の現場にそんな余裕があるわけがない。そのことをコイツらは理解しているのだろうか?

 いや、していないだろうな。


 確かに伝令を出さなかったのはこちらの落ち度ではある。それは認めざる負えない。少なくとも余裕ができた段階で指揮所に伝令を派遣させるべきだった。何故なら全体の指揮を執るべき指揮所は状況を理解できていないのは危険だからだ。現状を誤認したまま指揮を執るなど愚の骨頂と言える。

 現場のことを考えれば情状酌量の余地はあるとは思うけど。


 そして白兵戦については追求する方が問題とすら言える。


 そもそも私の剣術の腕はかなり高い、それは関わってきた者の多くが認める事実だ。大魔法が目立つが、本職が剣士であることも周知の事実である。下手な魔物如きに後れを取るような存在じゃないことくらいは分かる筈だ。

 それに崩壊寸前なら魔道士を護る余裕はないはずであり、これに関しては根本から現場の状況を理解してないことが窺える。


「確かに伝令を出すように指揮官に言わなかったのはこちらに非がありましょう。ですが白兵戦に関しては文句を言われる筋合はありません。崩壊寸前の状況では魔道士や弓士であろうと近接戦に持ち込まれます。ともかく最前線は一切余裕はありませんでした。戦線を崩壊させるくらいなら実力のある私が前衛に出て支援する方が合理的でした。そのことは理解してください」

「作戦の要が失われることの方が問題だ」

「戦線が崩壊すれば要も何もありませんよ。戦線が崩壊すれば全てが瓦解して軍は壊滅、そのままこの街は陥落するでしょうね。そうなれば私個人の力で止めきれるものではありません」


 作戦の大枠を重視し過ぎているのか、それとも私の勧誘を諦めていないのか、あまりにも認識が甘い様に見える。


「現状に対する認識が甘いですよ、軍の指揮を執る上では致命的です。これは根本から考え直さなくてはなりませんね」

「何ッ!」

「我等を愚弄するつもりか!」


 少し厳しいことを言えばキレだした。プライドは高くても柔軟性が無さ過ぎる。

 本当に使えない。


「あらあら、何の騒ぎでして?」


 一発触発になりかけたところで一人の女性が入ってきた。


 入ってきたのは見覚えのある女性だった。と言うかこの国の姫将軍だった。


 姫将軍に気がついた公爵軍を中心とする先遣部隊の幹部は一斉に頭を下げた。


「あら、アリシア姫ではありませんか。ごきげんよう。ツセツ公爵の屋敷以来ですわね」


 その挨拶をぶつけてくるとは何を考えてる?この姫将軍は……。


「ん?アリシア姫?レイカ様、話が読めぬのですがこの娘のことをご存知なのですか?」

「曾祖父様の領地でお会いしたばかりでしてよ。最初に気がついた曾祖父様に教えてもらうまで気がつけませんでしたわ。それより貴方がたは曾祖父様から何も伺ってなくて?」


 あのツセツ公爵、歳が歳だと思っていたら姫将軍の曾祖父だったんだ。

 と言うか私と彼女以外の者たちが真っ青になってるし。


「いえ何も……」

「つまり本人が名乗ったジャンヌの名を信じ込んでいたと言うわけですね」

「いえ、偽名ではありませんよ。私は聖女です。チバンガ教国に確認されてはどうですか?」

「あら、グレイシア王国の公式声明はと聞き及んでおりますわよ」


 本当に食えない姫だわ。


「この際、彼女の身分は後にしましょう。現時点の戦況を報告しなさい」


 実務能力は低くは無さそうね。

いつも理を越える剣姫をお読みいただき誠にありがとうございます。これからも宜しくお願いします。

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