29話 作戦開始前日
今回の作戦に関する契約書を交わした後、少しだけ雑談を交えてから指揮所から下がった。
流石に完全に話をしないのは人間関係構築に悪影響が出る。特に今回は不本意ながらも軍の人とも深く関わらなくてはならないのでしっかり関係を築いておく必要がある。まぁ軍への入隊なんてしたくないから限度は設けるけどね。
「それにしても比較的安全な場所に居られるのは有難いですわね」
「この国の騎士の動きを見られるのも大きいと思います。国に帰って騎士になったときの下地に出来ますから」
貴族組にとっては都合が良かったみたいね。まぁ戦死のリスクは大きく下げられるし、色々と学ぶ事も多いはずだ。だけど軍側の人材取込戦略に巻き込まれないように気をつけないといけないことには気がついてないらしい。
「軍の精鋭と行動か……」
「こちらは少人数な分だけ一人一人しっかり見られます。目をつけられないようにしなければなりません」
「それもあるが精鋭だったら普通は前線に配置すべきであろう。勧誘ならそれに合わせた者が配置されるべきだ。上は何を考えてるんだ?」
「判りませんね。警戒するに越したことは無いでしょう」
聖人組は徹底的に警戒してるわね。流石は経験者層と言うべきか。
アステリアは聖女になる前は冒険者であり、この手の経験は普通にあるらしい。そしてこの手の勧誘に旨味が少ないことが多いと言うのも理解しているようだった。乗らないのも当然と言えば当然か。
レインは賢明で生き残りを賭けた弱小没落貴族として生きていく中で身につけた知恵と勘でおかしい事に気がついたのだろう。実際、経験と家族間で蓄積された知識に裏付けされた彼の勘はよく当たる。
「警戒するなって方が無理よね。一応だけど『余計な事はするな』と警告はしておいたわ。まぁ青い顔してたくらいだし信用は無いけどね」
この手の脅しを堂々行うのは本来なら愚の骨頂なんだけど、私がやると洒落にならない威力を発揮する。だって大魔法で簡単に吹き飛ばせれるからね。尤も指揮所の連中の態度ではどこまで効果があるかは不明だけど。
「まぁその脅しもやらないよりはマシか。どっちにしても勧誘やら裏切りはどれだけ警戒してもし足り無いな。一番の勧誘標的はアンタだろうし」
「そうなのよね。連中が『仲間が居なくなればこっちに下るだろう』なんて考える可能性もあるし。そうなったらリーマリド公爵と教国に密書を送るだけだね。そうすれば一気に国際問題化で連中は立場を失うよ」
「それもそうだな」
流石に友好国であるチバンガ教国との関係を悪化させ、他国の公爵令嬢を害しまでしたら大問題では済まなくなる。あまり明かす訳にはいかないと言うのもあるけど、連中がそこまで知らないからこうなってるんだけどね……。
ーーーーーーーーーー
その夜は宴となった。
明日からは激戦の地に踏み込む事となる。当然のことながら、ここにいる全員が生きて帰れると誰も思っていない。スタンピード討伐で全軍生還は基本的には不可能だと言われている。前線で戦う兵士や冒険者の中に戦死者が出ることは避けられないと誰もが覚悟しているのだ。
死ぬ前の最後の宴、誰もが人生最後の楽しみとばかりに宴を楽しんでいた。
尤も魔物が街に集中せず、こちらに来ていたら宴どころでは無かったんだけど。
そして私たちは明日から共に行動する軍の精鋭たちとの顔合わせを宴で行っていた。
軍の目的は酔わせて同志感を打ち出し勧誘するつもりなのだろう。宴の場で顔合わせと言うのが赤羅様に過ぎて、貴族組ですら何かあると警戒した程だった。
「明日からは一緒に頼むぞ、ジャンヌ殿よ」
軍側の代表は言の葉こそおおらかな軍人らしく聞こえるけど、私以外はどうでも良い様に聞こえる。それに顔には不吉な笑みが浮かんでいた。しかもその目線は特に女子に集中しているわね。精鋭と呼ばれるだけあって彼らは確かに強そうには見える。でもどうやら頭が良いわけではないようね。
「えぇ、それぞれの背をしっかりと守って行きたいものですね。それと、私たちは全員が教国の聖人もしくはグレイシア王国貴族の子息令嬢ですのでよろしくお願いしますね」
取り敢えず不穏な顔と挨拶を利用して脅しをかけておいた。要するに「余計な事はするなよ?余計なことをしたら潰すぞ」と言ってやったのだ。貴族らしくぼかしたのは敢えてやったことだ。さぁ気づくかな?
「お前も容赦ねえなぁ……」
レインが苦笑いしながら話しかけてくる。追い打ちをかけたつもりなのだろうか。
「関係のない人間が喋るな。お前は去れ、そしてジャンヌ殿に二度と近づくな!これは命令だ」
あ、コイツ分かってないわね。
こちらも容赦はいらないわね。
「あら、人かと思ったら猿だったのね。猿には護衛は無理よね。失礼したわ」
「な、なんだとぉ!?」
「おのれぇ!我々を侮辱するか!」
煽るように決別を伝えたら面白いようにギャーギャー騒ぎ出したわね。ホントおバカさんだわ。
悪い意味で騒いだ結果、当然のように注目を浴びる結果となった。しかし彼らは頭に血が上ってるせいか、それに気がついていない。
「皆、去るわよ。お猿さんたちの相手なんてしてても仕方がないしね」
「もういい!捕らえろ!ジャンヌ以外は殺そうが何をしようが構わん!」
私が背を向けた瞬間これかよ。
まぁ想定の内とは言えお粗末過ぎる。
攻撃を受けるわけにもいかないので結界で精鋭部隊とやらの攻撃を弾きつつ、聖気を放出して攻撃準備を行った。
皆は私が結界を張ったことを理解したらしく、落ち着きを保っていた。
しかし聖気を感知できる聖人の二人は青い顔をしていた。
「お、おいっ!それはちょっとやりすぎだろ!」
「こんな輩に聖気を使うべきではありません!落ち着きを!」
二人は慌てて諌めてくるけど連中に加減は不要よね。皆の実力では連中にはまだ勝てない以上は私が出る必要があるし、それも一気に蹂躙しなければ皆が害されてしまう。
連中が精鋭部隊と言うのは武力だけ見れば間違い存在であることには変わりはない。頭は終わってるけど……。
「な、何をしているんだ!」
騒ぎを聞きつけた司令官が慌ててこっちにやってきた。
既に連中は抜刀済、それに対して私は結界を張っでいるだけ、彼にはそう映っただろう。真っ先にお猿さんだらけの軍の精鋭部隊を叱り飛ばしていた。
その後私も司令官に詳細を報告した結果、司令官が真青になり連中は追加のお説教を受けていた。
「軍は武力だけあれば良い組織じゃゃねぇって話、前にもしたよなぁ?貴族に手を出すとは基本禁止と習わんかったのか?死にてぇのか?一歩間違えれば戦争に繋がってたんだぞ!」
他国が絡む案件だったことを知らず、もう一歩で取返しのつかなくなるところだった。そのことに上層部は気がついたようだった。
まぁ多少強引でも勧誘してこいと命令を下したのは司令官たちだけど、まさかここまでやらかすとは思ってなかったらしい。邪険するどころか排除まで行くとはつゆ程も思ってなかっただとか。いや、責任取れや。
軍が護衛に用意した部隊は配置場所を前線に変更され、私達の元には別の部隊が配置された。この部隊は問題を起こした部隊よりは実力は高くはないとは言え、高潔で任務には忠実だそうで信頼できる部隊らしい。
騎士志望の二人にはこっちの方が良かったかもしれない。騎士は力だけではダメだからね。
いつも理を越える剣姫をお読みいただき誠にありがとうございます。これからも宜しくお願いします。
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