21話 懸念
当面の修行の地はツタカキに決まったけど、すぐに出発する理由はない。私たちは表向きは冒険者だからね。
「明々後日から護衛依頼ですからね?それまでは基礎鍛錬を続けますよ」
そう、目的地には片道の護衛依頼を受ける形で移動する。お金を稼げて、目的地に移動もできて、まさに両手掴みだ。それに将来冒険者で身を立てることを希望している者も居るのだからさっさと慣れさせたいわね。
貴族、軍人、冒険者、それぞれの仕事や生活の仕方は大きく異なる。それを身を以て知ってもらうのが一番だ。これは彼らへの教育方針だ。
「気になっていたのですが……父からは目的地があるのであれば基本的に可及速やかに移動すべきと聞きますが……」
「確かに騎士などの軍人はそうあるべきよね。目的地に着くのが遅れて、取り返しのつかない戦局になれば一大事だからね。レテシアの父、ボールトネス子爵の言うことは一理あるわ。でも今は修行の旅で仮の身分は冒険者。違うかしら?」
その人の在り方が変われば動き方も変わる。当にその例を出してくれた。
「冒険者は依頼の報酬や迷宮等で産出される魔物の素材の売却代金で生活しています。ご存知の通り、冒険者はただの平民、それも流れ者に過ぎません。当然貴族の皆さんほどの収入は無いのですよ。だからこそ移動も依頼を受けることで飯の種に変えるのです」
補足してくれたのはアステリアだった。彼女も冒険者と貴族と交流もある聖人院、2つの異なる生活を経験している。その違いは嫌と言うほど理解している筈だ。
基本的に貴族たちは平民の経済事情に疎い傾向がある。彼女の補足はその差を非常に分りやすく説明していた。
「成程、理解しました。下々の平民の逞しさの一端が分かった気がします」
レテシアは今の説明で大いに理解して納得したらしい。
その一方で冒険者を志望する者としてしっかり理解すべきシバス君は真青になっていた。
本当に耐性がないわね。君、本当に冒険者になるつもりなの?態度を改め親の薦めに従って大人しく文官になったらどうよ。今のままじゃ冒険者は無理よ。
とは言え、自由に夢見る貴族の若者はそれなりに現れるし、それを否定するつもりは無い。特に親の躾が厳しい所ほどそうなりやすい。彼が冒険者を希望したのも理解できるけどね。
因みにグレンがハザマハラに向かうのは私達が出発して更に4日後、この移動も護衛依頼を利用したものだ。フリードも孫の教育には一切抜かりが無いわね。
今回、護衛対象となるのはオカサオ市に本拠を置く貿易を本業とするヒラエイト商会の輸送班だ。港で仕入れた交易品を他の街の店舗に輸送すると聞いている。
計画では巡る予定の最後の拠点のあるツタカキ市からの帰り道に道中の産物を買い取るとのことだ。なので当然のように往復依頼も出ている。しかも馬車15台分と言うとんでもない規模で、募集人数は最大30人と凄まじい規模の護衛依頼だった。
「皆は人数も多いし分散させられるだろう。もしかしたら他の冒険者と一緒になるかもしれない。それに対して準備期間3日しかない、はっきり言えば足りないくらいだ。何しろ慣れない土地、慣れない仕事、慣れない人間関係と厄介な要素が多い」
グレンは今回の依頼は教育としては不適格と考えているらしい。とは言え、彼も冒険者としての経験は浅い。自分に置き換えて考えているのが見て取れる。
「グレンの懸念は尤もよ。最低限貴族であることは考慮されないことだけは意識してもらうわ。これが守れないと信頼関係が破綻する」
一番厄介なのは貴族としての意識が抜けていないことだ。周りは貴族か平民かなんて気にしない、一人の冒険者として見られるのだ。それに合わせないと下手すれば殺されることだって考えられる。事故ってことにしてしまえば良いのだから。
つまり彼らのこれからはどれだけ謙虚になれるかで大きく変わってくる。ここでやる気の無い冒険者と見做されなければ良いのだ。
「誰しも最初から完璧に出来るわけじゃない。失敗や先達の教えを重ねて一人前になっていくの。まずは謙虚に学ぶ姿勢を見せれば出来が悪くとも受け入れてもらえるわ」
難しいかもしれないけどやってもらうしか無い。
今後彼ら彼女らが貴族として生活していくことになったとしても平民を知ることは決して無駄にはならない。下々を知らない施政者は領地を破綻させることになるからだ。
ーーーーーーーーーー
出発前夜、私の下にラーシアがやってきた。
どうにも思い詰めている顔だった。
「こんな夜にどうしたの?」
「私宛に手紙が届きました」
差し出された手紙は開封されている。本人が読んだ上で私に知らせる必要がある、そう判断したことが判った。
「見ても良いかしら?」
「えぇ、その上で意見が欲しいの」
意見を求めるか……不穏な気配がするわ……。
場合によってはこちらで対処を考えないといけないわね。
手紙を広げ内容を読んだ。非常に不愉快な内容だった。
まず差出人は彼女の腹違いの兄で次期公爵とされる人物だ。彼自身は第一夫人の母親とは違い、腹違いの妹のことは嫌ってないらしい。それに母親に隠れて彼女と同母の弟の就職の斡旋を行ったこともあるそうで、勤め先の商会で弟が虐められたと知るや殴り込んで弟を庇ったそうだ。
これだけ見れば家族に情の厚い人物に見えなくも無い。
だけど彼の本性は野心家だ。弟を庇ったのも商会を手中に収めるための工作だった疑惑がある。
彼の厄介なところは武力クーデターで家督相続を画策してることだ。妹が他家の子女と共に私に弟子入りした状況を利用することにしたようだった。
要するに私たちの武力で脅すことで父に襲爵を迫る計画だ。因みに目障りな母親を毒殺して病死の扱いにするとあった。
肝心の妹は私の兄であるあのクズ野郎に嫁がせるつもりらしい。どうやら国王に第一種王位継承権保有者の少ない状況の打開策としてアレに対する恩赦を具申するとある。
最終目標は国王の義兄として権力を振るうことだそうだ。
「コレ、どう考えても破綻してるわね」
「それより問題なのは私達を兄の元に案内する為の人員を送るとあることよ」
「手が無いわけじゃないわ」
そう、方法なら幾らでもある。一番楽なのは護衛依頼中か迷宮の中かな。
護衛依頼中なら護衛引抜きは護衛対象に対する敵対行為として扱えるし、迷宮なら事故死ということにしてしまえば良い。どちらにしても余計な真似をする方が愚か者と言う判断になる。手を下すところを見られたところで言い訳も可能だ。
街で仕掛けてくるならば周囲の人を巻き込んで被害者の振りをすれば向こうが悪になる。
何れにしても対処は可能だ。
「対処方はあるからその時になったら指示するわ」
フフフ、私の邪魔をしてタダでは済ませないわ!
いつも理を越える剣姫をお読みいただき誠にありがとうございます。これからも宜しくお願いします。
良ければブックマーク、評価、感想、レビュー等お願いします。




