15話 失意の国王
すみません、予約するの忘れていました……。
「サラ嬢の失態、続くヘンリーの交渉失敗。まぁヘンリーの失敗は致し方無い、流石にチバンカとバルテシアの二正面戦争は保たなかった」
「確かに教国の聖人覚醒の儀における使節派遣と工作活動は失敗に終わりました。我々は少々教国を侮り過ぎていたようです。何とかバルテシアとの戦争には勝てましたがアリシア殿下の武名の重さを再認識させられました。しかしアリシア殿下の足跡を掴めたことは不幸中の幸いでした」
「そうだな、偽名が判っただけでも進展と思わねばな」
グレイシア王国国王ガイストと宰相マンのルディー公爵は苦い顔をしながらその展望について話をしていた。
ジャンヌは偽名である
グレイシア王国はブルハクプス公爵が王都に帰還して早々にこの声明を発表した。これは彼女の存在が王国政府にとって極めて重要であることを世間に公開したようなものであった。それでも彼女を逃すわけにはいかなくなっていたのだ。
他国が獲得に乗り出す危険は既に承知の上で出された声明でもあった。この時既に最大の仮想敵国となったバルテシア王国に先に真実に気づかれてしまったと言う実情もあった。
結果的にバルテシア王国と再度戦争をする羽目になってしまった。
この一件で轟くアリシアの武名は一種の抑止力として機能していたことを証明した。そしてそれがなくなったことで周辺諸国との外交関係に変化が生じていた。
簡単に言えば侮られるようになったのだ。
無論彼女がいなくてもグレイシア王国は一定の強さを誇る国だ。ある意味元通りと言えば元通りではあった。
しかし諸国からすれば圧力が緩んだのは事実であり、チャンスでもあった。
「まったくバルテシアは困ったものだ。あの戦争のせいで余計舐めれることになった。ボルテシア領で追い返すことはできたが我が娘の不在を確信されてしまった。諸国にあの娘さえ居なければどうにでもなると思われるのは腹立たしい」
バルテシアは追い返しても諸外国との小競り合いは増えている。特に東の国境は常に緊張状態にある。国として出兵してくる訳では無いにしろ、隣接する領地の貴族がチマチマと攻撃してくるのだ。無論全面衝突に発展させ領土を切り取るのが狙いである。
現段階では現地で敵軍を追い返し、外交交渉でで相手国に敗戦を認めさせ、賠償金を取ることには成功していた。因みにバルテシア王国とは完全に外交関係も破綻しており交渉も何もあったものじゃない状態にある。とは言うもののバルテシア側が疲弊しており小競り合いは起きてなかったりする。
「とは言え妙案があるわけでもありますまい。幸いと言うべきか業腹と言うべきか、彼女の残した策が功を成し王国としては安定しております。舐められぬよう着実に国力の増強を行うべきかと」
マリア・フォン・フラジミアの王太子府への登用、そしてそこから発展した女性官僚の登用、これらは優秀な人材発掘に高く貢献していた。これが無ければ今頃王国政府は首が回らなくなっていたはずだった。
「陛下、アリシア殿下の捜索は一度打ち切られた方が良いかと存じます。殿下がチバンカ教国から出国した今、もはや居場所を突き止めるのは不可能かと。幸いローラン殿下は愚物ではない、準備が整い次第王太子にすべきかと」
「あの娘を手放すのは戦略的損失が余りにも大き過ぎる。あの武力が敵国に渡る可能性を考えれば捜索の手は緩めるわけにはいかぬのだ」
国王も元は使命の旅から戻ってきてから王太子に就けさせるつもりだった。しかしバルテシアとの戦争で示した武威は想定を越えており、逃すわけにはいかなくなってしまったのだ。
彼女の戦場における強みはその魔法的能力とされている。戦場での使用が非現実的と思われていた上級魔法をガンガン使用して敵を殲滅する。これは戦場を一変させるだけの威力があり、諸国では「彼女が居たら逃げろ」と言われる程である。バルテシアで彼女が「流炎の虐殺者」と呼ばれているのはその実績と恨みからだった。
「嘆いていても仕方があるまい。今ある手札で何とかせねばならぬことには変わりはない。それを為すのが我らの役目だろう」
「ヘンリーか……」
ここで姿を現したのは王弟のブルハクプス公爵だった。
「今後のことを考えればワルスワネット殿下の婚約破棄も考えねばなりますまい。少なくともローラン殿下が10歳になるまでは輿入れさせるわけにはいきませぬな。兄上の身に何かあった場合のことを考慮すべきでしょう」
「ウォーカス王国との関係にヒビが入る。流石に北まで敵に回す可能性は排除すべきであろう。そるに少なくともお前がいる」
「王弟殿下、流石にそれは考慮すべきではないでしょう。そんなことをすればあの愚か者のバスカル王子が調子にのる可能性があります。それこそ厄介です」
ウォーカス王国は北東の隣国に当たる国だ。ここは第一王女とウォーカス王国の王太子の間で婚約が結ばれているので今回の件で動じることは無かった。舐めてる国が多い今、友好的な隣国との関係にヒビを入れるわけにはいかない。
それに予定では輿入れは近々行われる予定でもあった。
しかしブルハクプス公爵の考えも一理ある。
グレイシア王国に於いては王位継承権は第一種から第三種まで規定されている。この内、最も優先されるのが第一種であり歴代国王の子供が該当する。現段階における第一種王位継承権保有者は第一王女ワルスワネット、王弟ブルハクプス公爵(王族としての位階はロズベルト王第二王子)、第二王子ローラン、そして絶賛出奔中のアリシア(ジャンヌ)の4人である。とは言うものの年齢制限や行方不明により4人のうち実質的には前者2人だけである。しかも他国に嫁ぎに行った王族は王位継承権を失うと言う制約があるので万が一を考えると第一王女を輿入れさせるのは躊躇うところはある。
「それにな、ワルスワネットは王位に就けるつもりで育てたわけではない。他国の王族や有力貴族に嫁がせるつもりで育てたのだ。王位に就けさせたところでマトモに政務ができるとは思えん。その点アリシアはバケモノだったな……」
「幾ら残歴転生していてもあの優秀さは飛び抜けていました。私とて何度王子だったらと思ったことか……」
3人揃ってため息を吐いた。
「それに貴族たちの動きも滅茶苦茶だ。致命的なほど揺らぐことはないだろうが注視する必要はあるだろう。教会もだが……」
状況は芳しくない。
フルケン侯爵や前ドリビア子爵と言った有力貴族の一部が何故か領地に帰ったり妙な活動を始めたりしている。少なくとも国に害する動きではないが王都に残って国を支えて欲しいところではあった。
「ここで話していても仕方あるまい。認めたくはないがアリシアの捜索は最小限にして貴族たちの引き締めと諸国への諜報を行うべきだな。被害は抑えねばならん。流石に何度も敗北すれば諸国も黙るだろう」
「その方向で調整します」
「貴族の引き締めは私が行おう。兄上は政務に集中してもらいたい」
「良いだろう。ではフルケン侯爵には早期に王都に戻るよう命を下すのでそちらの対応を頼む。それとソンムスティ侯爵には外政卿を降りてもらおう。アヤツはもはや信用されていない。マトモに職務は行えぬだろう」
矢継早に指針が決まっていく。
揺らいだ国を建て直すのに永遠と愚痴を言ってる暇はない。
その後、徐々に落着きを取り戻していくグレイシア王国を見て他国は侮るのを辞めた、いや、侮っていた事を自覚した。
そして一時の平穏を甘受することになる。
いつも理を越える剣姫をお読みいただき誠にありがとうございます。これからも宜しくお願いします。
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