10話 フリードの思惑
「ふーむ……」
ポルルガト帝国の国境の町にはフリードも来ていた。彼はここまでの流れを聞いて顔を顰めていた。
「公国があのまま下がると思うか?」
「まぁ帝国や教国と揉めるでしょうね」
「いや、お前のことは公国も口を出せまい。何しろあの国とは関わりがない」
まぁそうでしょうね。国際国境規定上、彼らは私の出国を止めることはできないはずだった。
それを実力行使までして出国させないどころか徴兵しようとすらしていた。なので私が反撃しても正当防衛とすら言える状態だった。まぁ検問所をぶっ壊したのは過剰ではあるけれど、それでもこちらの正当性は揺るがない。
「問題はレインだな。公国の貴族籍が残ってしまっている可能性が高い。残っている場合、出国禁止としても問題が無いはずだ。まぁ国からの事前通達が無い故、判断に迷うところではあるが……」
「つまり俺は送り返される可能性があるってわけか……」
「だがその可能性を潰す手はあるぞ。まぁ手間がかかる上に時間も無駄にかかるがな……」
貴族籍残してるのであれば確かに問題は問題だね……。とは言え、レインもなんで公国の貴族籍を残していたのだろうか?貴族の地位に拘らないのであれば教国に行く際に破棄してしまえば良かったのにと思わざる終えない。
だけどフリードの言いたいことは何となく理解できた。レインを亡命させるつもりだ。
「儂はフルケン侯爵家に伝手がある。フルケン侯爵に承認してもらえば良かろう」
確かにグレイシア王国では領地持ちの侯爵・公爵に亡命の受け入れ権限を認めている。王国に直接出す必要がない。
「政争で余裕の無いフルケン侯爵家はそれを認めるのかしらね?」
「認めるだろうな。信心深い一族故、聖人を見捨てることはあるまい。あまり知られていないのは政治的都合からあまり信心深いことは表沙汰にはしていないからだ」
知らなかった……。まさか王族にすら隠し通してみせるとは……。
とは言え、グレイシア王国の貴族社会では教会に対する感情は良くない。かつて受けた政治的干渉を快く思っていないのだ。それもあってか教会は疎まれる傾向にある。
貴族社会での政教分離の進行は平民社会にも影響を与え、信心深い者は少ない傾向にある無論私もその一人だったりする。残歴転生なんかに遭わなければ教会なんて無視していただろう。
「フルケン侯爵家の信仰の話はさておき、レインを亡命させるつもりなら急ぎ公国から距離を離した方が良いわ。それで海路は使えるかしら?」
「儂が話を通してみせよう。何、港湾監視所も儂が出れば顔を立てるだろう」
貴族当主や先代当主ならではのやり方だった。身分を捨てる前だったら彼以上の威力を出せたけど今は無理な手口だわ。
ここまで話が進んだところで決心がついたらしかった。
「前ドリビア子爵、お手数おかけしますが亡命の支援をお願いしたく存じます」
「良かろう、ではすぐに向かうとしよう。ジャンヌや、例のブツは向こうで厳重に保管しておる。向こうで渡す」
「わかったわ」
レインが決心した為、急ぎ出発する流れとなった。急ぎ港町に向かうにあたり、彼自身はフリードの指示で黒ローブで全身を覆い誰か解りにくくされていた。
ーーーーーーーーーー
ポルルガト帝国に入国した翌々日、港湾都市であり帝都であるモータル市に辿り着いた。
塩害対策の施された白い建屋ばかりで美しい街だった。
「まずはフルケン侯爵家傘下のマネケン商会に向かうぞ。例のブツを保管しているのはその商会の支店だ。信仰心と忠誠心のある本店職員が管理しているはずだ」
「貴方にそう評されるなら問題はなさそうね」
どうやらフルケン侯爵家も本気らしい。店員如きにそこまで気を使ってる時点でもうおかしいと言って良いわね。
「フリード卿、マネケン商会に着いた後はどの様に動かれる予定ですか?」
「アステリアと言ったか、まだ青いな。行けば分かる。旅路が思い通りにいくとは限らぬ」
海路は予期せぬ事象で止まることが多々ある。海路を使う以上はそれを織り込んで日程を立てねばならない。どうやらアステリアはそれを知らなかったらしい。まぁ内陸だけしか経験のない冒険者は少なくないから仕方がないけど……。
定期船とは言え、天候などの条件次第では運行が止まることも考えられる。それに海に住む魔物も問題になる。私も昔遭遇したことがあるけどアレは厄介だ。船に上がらなければ弓や魔法で戦うしか無いからね。
船の上に上がってきたなら叩き斬れるんだけどね……。
着いた先はマネケン商会の事務所だった。海運業と宿泊業を主力事業とする商会だったらしく、店舗と事務所は別にした方が効率的らしい。
「うむ、儂だ」
「フリード卿、おかえりなさいませ。後ろにおられる方々が例の……」
「そうだ、部屋の準備を頼む。それと定期船の運行状況も知りたい」
「かしこまりました」
どうやらフリードが全て手配してくれるらしいわね。手際が良過ぎる。
彼の好意に甘えるとして彼は何を考えてるのかしらね?
「ジャンヌ、すまんが話がある」
「分かったわ」
話がある、つまりカンナ鉱製の刀だけでは無いと言うわけね。
着いた先は事務所の地下の一室、まぁ密談するには持って来いの部屋だった。
「まずは中を見てみるが良かろう」
「えぇ、そうさせてもらうわ」
渡された箱の中に収められていたのは依頼していた刀だった。
抜けば暗い地下室の中でも分かるほど美しい光沢の刀身と強い聖気がまず目についた。まず間違いなくカンナ鉱製の代物だ。
少し振ってみれば嫌でも理解した。カンナ鉱は特殊な、神秘的な金属であることを。
「手に吸い付く様な感覚……。長年使い古して尚、壊れない頑強な武器に匹敵する感触……。これが本当の意味でのカンナ鉱の武器なのね」
「ほう?」
「武器自体が使い手を選ぶ、いや、特定の個人に使われる為だけに存在する代物と言った方が妥当かしら?恐らく私以外ではこの刀の真価は引き出せない。私がこの剣の真価を引き出せなかったように」
そうして見せたのはカンナ鉱製の剣だった。既に私も一振り借りていた。だけど私はこれを使用していなかった。どうにも剣から拒否感を感じるのだ。まるで「本来の使用者ではない」と剣が言っているかのように……
「それは初めて知った。世には思わぬ神秘があるものだ」
その言葉には同意するしか無かった。
「さて、話は変わる。お主に一つ仕事を頼みたいと思っていてな」
「仕事?」
彼の献身には頭が下がる思いだ。断るわけにもいかない。
「儂はな、関係のある貴族諸家から武人・軍人志望の小童どもの指導を頼まれておってな」
つまり連中の面倒を見ろと……
「とは言え、儂も歳だ。面倒見るのも辛くなってきてな……。故にあやつらを旅に同行させてほしい。武を鍛えるには実戦経験に勝るものは無いのもある。あぁ親御さんたちには長期間に渡ることに関しては同意をもらっておるし、奴らにも説明は済んでいる。そこは安心してもらって大丈夫だ」
人数が増えるとそれだけ調整は難しくなる。しかもこの旅で敵となるのは魔族や魔族信仰の民族だ。本音を言えば足手纏いになるので受け入れたくない。けれど彼には借りがあるので受け入れるしか無い。
「何人かしら?」
「4人だ」
4人か……負荷は少なくないわね。
最低限のフォローくらいはできるかなぁ……。
「分かったわ、受け入れるわ。そいつらは今はどこに?」
「フルケン侯爵領の領都に集合しておるはずだ」
準備の早いことで。こっちとしては無駄な時間を減らせれるからありがたい。こちらも何しろ彼らの為の対策を講じる必要があるからね。
「阿呆を抜かせばシバいて構わん。許可はとってある。遠慮は要らんからビシバシ鍛えてくれと仰せだ」
「へぇ、それなら徹底的に鍛えてやらないとね。最低でも足手纏にはならないくらいにはね」
「と言うわけで4人のこと、頼むぞ」
密談はこれで終わりだった。
いつも理を越える剣姫をお読みいただき誠にありがとうございます。
来週並びに再来週は作者の仕事の都合で休載させていただきます。次回は6月16日(月)となります。ご容赦ください。
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