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7話 油断と危機

 バートラル公国に入国して3日が経った。


 私たちは連日、獣道や非主要街道を優先的に通り、森の中をポルルガト帝国に向かって南下していた。


「この道だな」


 地図を見ながらレインが先導してくれるおかげでスムーズに移動することができていた。

 今回のような移動を行う場合では地理のみならず、政治情勢とかも重要になってくる。この点において彼の情報が大きく役に立った。没落しているとは言え、ここまで優秀だと元はそれなりの地位にいた家系だったと想像できる。一般的に貴族は上に行けば行くほど情報収集能力が高くなる傾向にあるからね。


 彼の機転で大きなトラブルに巻き込まれることなく進めている。これには細かな関所を迂回し、時には難所も通りつつ公国側に動きが知られないように策をめぐらしていたことが大きいと思われる。

 とは言え魔物の襲撃とかは防ぎ切ることはできない。倒すのが難しい大物は別として、そこまで強力じゃない魔物は訓練がてらアステリアとレインに任せている。尤も時間配分とかは私とグレンで見極めているけどね。


 だけどここまで高い能力を発揮した彼を見て疑問が浮かんでくる。

 ここまで優秀なら普通の国なら放置はしておかない。特に貴族出身なら確実に囲い込みに出るはずであり、実家が没落していて放置されているのも不自然とすら言える。何しろ私は王太子代行として政治家として評価されていたし、武力の面では抑止力として機能していたところがあった。それもあって結局国に留まってくれと言われていたわけだから彼の立場は不思議でしか無い。


「レイン、一つ聞きたいんだけど?」

「なんだ?」

「それだけの能力を有してて何故国から引き留められなかったの?」

「真なる者は偽りを見せる」


 あぁ、そういうことか。家単位で能力を隠したのか。しかしそれも不自然に見える。本来の貴族の行動からは考えられないような動きをしているからだ。


「まぁうちは中枢の権力闘争に負けて以降、権力闘争からは距離を置く姿勢を貫いているからな。あんなの面倒でしか無い、やってられん」


 ド正論だった。


 彼の家系は政治が好きじゃないのは間違いないわね。それに政治は好きでもなければくだらない権力闘争の連続、とてもじゃないけど精神を無駄にすり減らすことになる。


 これが幸せな生き方とは思えない。少なくとも私はそんな生き方したくはない。権力があって当たり前とでも思わない限りはその生き方が正しいなんて思えないと思う。

 そういう意味では彼の家族と私はある意味近いのかもしれないわね。


「不毛な権力闘争に懲りたのね。あんな碌でも無い世界からは身を遠ざけるのが賢明よ。間違ってないわ」

「流石に爵位返上まではしない方針だけどな」


 爵位返上すら視野に入ってたのか……。


 爵位返上してしまえば一平民に過ぎなくなる。確かに家格や世間体を考えると貴族身分の維持は選択肢としてありかもしれないわね。それにしても没落貴族生活を満喫している貴族家なんて初めて見た。


 そして進むことお昼前になった頃、ソイツは現れた。


「明日には国境の町に着けそうだ」

「このペースなら明日の昼頃か?」


 レインとグレンが今の位置と進行速度から国境までの時間と距離を割り出していた。だけど終りが見えてきたことで気が緩んだのか、二人の顔から緊張感が抜けている。残念だけどまだまだね。


 しかし二人が会話している間に小さな咆哮が聞こえてきた。


 小さい、微かにしか聴こえない、しかし付近に気配は無い、つまり高位の強力な魔物の存在を示唆している。


 魔法による探知を開始した。

 これだけ強力な魔物を放置するわけにはいかない。周囲への環境は勿論、自分たちの身も危険がある。


 探知をしてすぐに敵の所在を確認した。


 これはマズイ。

 非常に強い個体が一体だけなら何とかなる。だけどその周囲には数段劣る程度のそれなりに強い魔物が多数付近に控えていた。


 それだけでも十分過ぎるほど問題なのだけど状況はそれ以上に酷い。なんとその群れの近くには実力が余りにもバラけている群れが4つも彷徨いている。これは大規模な統率された群れであることが分かる。差詰本隊と四個分隊ってところかしらね。


「皆、警戒して」

「ん?何かあったか?」

「ジャンヌさんどうされましたか?」

「非常に強力な個体に率いられた分散組織を持つ大規模な群れが近くにいるわ。このまま進めばぶつかるわよ」


 全員の顔が青くなった。

 一番に立ち直ったのはレインだった。


「具体的な規模と位置は?」


 私は彼の質問に応じ、敵の座標と進行方角を答えた。


 今ここで私たちが取れる選択は二つに一つ、このまま4人で撃破を試みるか、一度退き冒険者ギルドや軍に支援を要請するかだ。


 私個人ならこのくらいの群れなら撃破は十分可能だ。グレンも十分ついていけるだろう。だけどアステリアとレインはついていけないかもしれない。そのリスクは無視できない。


「一旦退きましょう。複数の集団で動いているのなら全ての集団を同時攻撃する必要があるかと思います。街に戻って軍や冒険者ギルドに……」

「それだとレインの努力が水の泡と化す!ここは切り抜けるべきだ!」


 やはりグレンとアステリアの意見が大きく分かれた。グレンは実力があるし、最悪私と二人で駆け抜けることも考えているのだろう。だけどそれは愚策だ。下手に二人に戦死されるとこちらの立場が悪くなる。


 一応「安全に」とまでは言えないものの比較的安全に切り抜ける方法は無くは無い。


 私が大規模魔法を撃ち込み、他のところから合流される前に残党を始末する形で各個撃破する手は確かにある。でもこれはこれでレインの努力が水の泡と化してしまうのであまり望ましい手段ではない。

 大規模魔法は目立つから使いたくないのだ。


 結論を言えば私たちの動きがバレると言う意味ではどちらも変わらないとすら言える。


「仮に切り抜けるとして方法はあるのか?」

「あるはあるわね。だけど目立つわよ?」

「なら切り抜けるだな。どちらにしてもバレる以上は進んだ方が良い。冒険者として実績も残るしな」


 レインも切り抜けることにしたみたいね。彼もどうやら同じ結論に至ったようだ。

 こうなれば道は一つ、切り抜ける。


「仕方がないわね。あまり目立ちたくはないけどやるわよ」


 さて、まずは作戦会議の時間ね。

いつも理を越える剣姫をお読みいただき誠にありがとうございます。これからも宜しくお願いします。

来週月曜日は作者の都合で更新をお休みさせていただきます。

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